第一章 1「蘇ったけど空腹と別腹」
ーーーわかった。
そう意識の光が戻る寸前聞こえた気がした。
あれ?死んだよな。ここは天国?・・・いや、違うと思い直す。
何せここは真っ暗なのだ、図書館で読んだ本の中の天国はこんな陰気な雰囲気ではなかったと思いだす。
混乱する頭で冷静さを装う。とりあえず胸に手を当て、心臓が脈打つ音を感じる。とてもうるさい鼓動に生きている事を実感する。
胸から手を離し、足先から頭の先まで線をなぞるように確かめる。
そして、しっかり体はついている事に安堵を覚える。それと同時に自分が全裸だと言う事に気づいた。
徐々に、うるさかった鼓動が落ち着いてくるのを感じるとようやく周りの状況が少しわかってきた。
真っ暗な空間で何かの台のようなものの上に乗っている。
少しずつ目が慣れていき、薄ら周りが見えるようになってきた・・・
「何だこれ、、、、」
思わずそう呟いた、自分が乗せられた台の真上の天井におびただしく描かれた人のような何かを見て思わず出た言葉だった。
その絵を見て気づいた。この人のような何かが村か街を襲っていた、その中で逆三角形の建物から一人の王様?のような人物がその人のような何かを倒そうと動いている絵だった。
「何かの物語かな」
と口からこぼれたが考えても仕方がないと思い至る。
そして、何かの台を降りて部屋を散策する。服がないと落ち着かないからそれっぽいものを探したら、凄いゴージャスなマントのようなものが飾られていた。
「これって、、、さっきの」
さっき見た絵の王様みたいなのが着ているやつと似てると思ったが、構わずそれを羽織り部屋を出た。
しばらく歩いて何か音がする事に気づいた。少し遠くから何かうめき声のような音が響いている。
妙な胸騒ぎがあったが考えれなかった。なぜなら、命を吸われそうなほどの空腹感に襲われていたからだ。
よく考えれば、餓死したのだから当然といえば当然だと妙に納得した。
「何か食べ物・・・」
そう呟くと、うめき声のような音のほうへ足が動いた。すると上に続く階段があったので、誘われる様に駆け上がった。
階段を駆け上がるにつれうめき声のような音が大きく近くなっていく。
ずいぶん駆け上がったときに気づいた、その音は一つではない。おびただしい数の音が重なりあっていると。
そしてようやく上のフロア?についた時には息は切れ切れだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、、、、ふぅー。」
真っ暗な部屋を呼吸を整えながら静かに見渡す。
奥の方で何かが大量にうごめいている。
その時トシヤは直感した。このうごめいているのがうめき声の正体だと。
そう思った瞬間何かが飛びかかってきた!!!
ーーーうぉぉぉおおおおお!!!!!!
慌ててカエルのように飛び退き避けた。その時何かが、足にぶつかったが気にしてられなかった。
「なななな、何だこいつ!!!!人みたいだけど、なんかグロい!!」
学校にも行ってないトシヤにとって暇つぶしに行ってた図書館で見た本が情報源なのだが、この生命体を見たことはなかった。
そんな危機的状況の中、呑気な音が辺り一面に鳴り響く。
ーーーぐぅううう〜。
トシヤのお腹の音だ。その音が危機的状況の中ある思考を引き出した。
「こいつ、食べれるのかな?」
おおよそ、一般的な現代の日本人なら考えもつかないだろうその生命体?を食べようなどとは。
ーーーブォーン
その時、何かの起動音のような音が頭の中に響いた。
「ゾンビ???」
トシヤは知る由もないその名前を口にしていた。
なぜなら、襲いかかってくる生命体の上にそう書かれていたのだった。
トシヤはゾンビを食べれるか考えたことでその能力に気づいたのだった。
直線的に襲いかかってくる『ゾンビ』をかわしながら、上に書かれている文字を無意識に強く意識していた。
すると、先ほどまで『ゾンビ』としか書かれていなかった文字の横に説明書きのようなものが浮かび上がった。
ーーー名称ゾンビ 個体名なしLv2
分類。ゾンビ類ゾンビ目
人が腐敗したような見た目をしているが、自然エネルギーが人に近づこうとした姿。防衛のため臭い匂いと毒を所有している。
力は弱いがその分、数が多い。
人類を危機的状況に追い込んでいる。人類の敵。
(可食可能:とても美味)
色々書いてあったが、トシヤが襲いかかるゾンビをかわしながら目に入ってきたのは最後に書かれていた(可食可能:とても美味)という部分だけだった。
「食べれるし、美味しいの!?!!!!!」
そう口走るとさっき足に当たった何かの元へ飛びついてかなり重い何かを出たらめに振り回した。
すると、直線的に襲ってくるゾンビの頭にクリーンヒットした。
ーーーボガーン!!!
今まで聞いたことのない種類の打音が空間に響いた。
「倒せた???、やった!!!こいつ意外と弱いぞ」
勝利を喜ぶとすぐに倒したゾンビの元に近づくと獣のようにヨダレをボタボタと滴らせた。
「どこが一番美味しいんだろ?腕?脚?お腹?えーい!分かんない!いただきまーす!」
大きく口をあけ腕にかみつこうと声をあげたその時、暗闇の奥から大量のゾンビが一斉に飛びかかってトシヤを一瞬のうちに覆い隠してしまった。
先ほどの打音に集まってきたのである。
こうなってしまってはいくら弱いゾンビといえど、”今”のトシヤに勝ち目は無かった。はずだった。
おびただしい数のゾンビのうごめく山から謎の光が溢れてきた。するとそこには、
「うまぁぁぁぁぁあああああいいいいいいいぃぃぃ」
この状況に似つかわしくない雄叫びをあげるトシヤの姿である。
謎の光がトシヤを包んでいるのだがどういう訳かゾンビに噛み付かれても無傷なのである。
余りの美味しさに、我を忘れて残りのゾンビを食べ進める。もちろんゾンビに襲われているのだがお構いなしである。
「うまい何だこれ。こんな美味しいものがこの世にあったなんて、、、」
そううっとり悦に浸るトシヤだがはたから見たらそんな事言える状況ではないのである。
しかし、襲われながら謎の光に守られつつ、ついに丸々一匹ゾンビを食べ切ってしまったのである。
「あーお腹いっぱい、、、じゃない!??あんなに食べたのに全然まだ食べれそうだぞ!」
トシヤは自分がこんなに食べれることに驚いていた。当然である、餓死したほど何も食べない生活を送っていたのだ、胃も縮んでいるはずなのである。
「そうか、今までお腹いっぱい食べたことなかっただけで実はこんなに食べれたのか!」
と、的外れながらに納得する。
「よーし、まだまだ食べるぞー!!!」
無邪気に”何か”を振り回すとまとわりついているゾンビを一掃出来てしまった。
「あれ?さっきより軽いような、、、」
先ほどまであんなに重かった”何か”が軽く感じたのである。
そう思いながらも、まだまだ襲いくるゾンビを薙ぎ払っていく。
しばらくして、だいぶゾンビも少なくなってきた頃に自分を纏っていた光が消えたことにトシヤは気づいた。
「あれ?消えてる、、、何だったんだろう。」
そう謎の光について考えていると、右肩につままれたぐらいの痛みを感じた。
ーーー痛っ!!!
そう声をあげて右肩を見ると、ゾンビが噛み付いていたのである。
「あれ?さっきまで何にも感じてなかったのに」
そう疑問をボヤきながら肩のゾンビを軽々吹き飛ばす。
戦い始めてから1時間ぐらい経った頃だろうか、ようやく全てのゾンビを倒したのかゾンビは出てこなくなった。
「やっと終わった。あれ?」
終わったことに安堵しつつ、ある違和感がトシヤに残っていた。
「こんなに動いたのに疲れてない!!!」
そうなのである、1時間もの間ずっとゾンビを倒し続けていたのに全く疲労感を感じていなかったのである。
「いつもお腹空いてたから体力なかったのかな!まいっか」
またしても的外れに納得する。階段を登るのすら息を切らしていた人間がご飯を食べただけで1時間も激しく動いて、息も切らさないことなどあり得ないのである。
「よーし、食べるぞー!!!こんなに食べ切れるかな?」
そういうとトシヤは何と、ゆうに100を超えるゾンビを食べ切ってしまったのである。するとトシヤの体に変化が生じていた。
「あーー美味しかった!!!あれ???また何か光ってるし、何か体ゴツくなった気がしなくもない・・・。」
その光は1分ほど続いたらまた消えた。トシヤは餓死した時とさほど変わらない姿で蘇ったのだが、ゾンビを食べてから浮き出ていたあばらが、ガッチリとした筋肉に覆われていたのである。
「あんなに動いてご飯も食べたから筋肉がついたのかな!」
と、やはり的外れなトシヤ。そう簡単に筋肉はつかないのである。
「あれ?こんなに食べたのにまだ食べれる気がするな。」
トシヤはゾンビを食べながら気づいていた。どんなに食べてもある程度お腹が膨れてからそこからお腹が膨れないことに。
空腹感はないが満腹ではない。ずっと食べれる感じ。
「でも、これで美味しいものいっぱい食べれる!やったー」
何とも、楽観的な思考である。おおよそ、人間の出来ることではないのに、、、。
そんなことを考えながら、ゾンビについて考え始めた。
あの天井に描かれていたおびただしい人みたいなの絵はおそらくゾンビの事かな。
あんな古いものに描かれてるってことは、昔からいるって事だよね。
もしかして、今もあんな感じでどこかが襲われてたりするのかな。
そういえば、何かゾンビの説明に人類の敵とか書いてたような。でも全部は思い出せない。
「あれってどうやって見るんだろ??変な音がした気がするけど。。。」
初めて、トシヤは自分の能力に意識を向けた。
ゾンビを食べ尽くしてから、あれは見えなくなった。
「ずっと見える訳じゃないのか、、、あの時何か考えた気がするんだけどなぁ」
そうやってうーんと頭を悩ませながら一つのことが頭をよぎった。
「甘いもの食べたい」
さっきあれだけゾンビを食べたにもかかわらず、『別腹』が発動したのである。
お腹いっぱい食べた記憶がないトシヤにとって初めての感覚だった。
そうして、自分の能力の発動条件を考えるのもそこそこに食べ物を探し出した。
と言っても、甘いものなどこんなところで見つかるはずもなく、あるものが目に入った。
「これ食べれるかな?」
それはゾンビを倒すのに使った”何か”である
ーーーブォーン
例の謎の音が聞こえた。
するとそこには『松明』と描かれていた。
ーーー名称松明
分類マジックアイテム
暗闇などで長時間明かりを灯すのに使う
予め魔力が込められており、いつでも火が付けられる。
持ち手の下の部分を手のひらで叩くと発動する。
持続可能時間72時間。魔力を注ぐと再使用可能。
(可食不可)
「何だ、食べられないのか」
とあからさまにがっかりするが、この能力について分かった。
食べられるかどうか考えると対象に対しての情報が出てくるらしい。
これでぼんやりとしか見えてなかった”ここ”をしっかり進めるようになるのである。
「これで、ゾンビを焼いたらどんな味がするんだろう」
やはりトシヤは的外れだった。
「こうかな?えいっ!」
そういうと辺り一面を太陽のような明るさが広がった。
「凄い、、、」
思わず、トシヤは明かりに照らされた世界に言葉を漏らしていた。