余りにもあんまりな非日常
最近、というと少し語弊があるがそう言うのが最も意味合いとして正しいのだから最近と言う他ない。
“異世界転生”というものが、ジャンルが、急激に膨れ上がり、人気を博し、落ち着きを見せつつも隆盛から衰えずにいる。
レパートリーこそ、陳腐なものから確りした造りのものまで一種多様だが、共通しているのは、現世とは異なる社会で、現代とは異なる文明で、剣と魔法と怪物の跋扈する御伽噺のような世界を旅するというものだ。そこには確かに夢がある。退屈な日常、訪れない才能、決して明るくない将来、そんな灰色の世界を飛び越えて鮮やかな平原を旅する事が出来たなら、そんな妄想の経験が、程度の差こそあれど誰だって一度はある筈だ。
そこに虫がどうとか、生活様式がどうとか無粋な疑念を挟む輩もいるが、夢を見ているだけなのだから、少なくとも俺だけは許されたい。
滴る魔物の涎、体を撫であげる竜の鼻息、鞘口から香る鉄と鋼、現実味のない空想ではどれも輝いて見える。そこでは苦痛の体験すら輝かしい経験に思える。
だからきっと、苦言を呈する者たちを含め、誰もが共有する“異世界転生”というものは、決してこのような、荒れ果てた荒野に岩肌が露出し、ゲル状の死骸から黄土色のガスが噴き出し、6つの眼球が飛び出た四つ首の烏が一際高い丘の上で触手に絡まれ翼と嘴が引き千切られて嫌な色の液体を飛び散らせるような、こんなおどろおどろしいものではない筈だ。
ひどく乾いた喉から、まだ掠れた悲鳴が続いていた。
何分、何十分?あるいは、何時間かもしれない。数秒と経ってない筈の全力疾走は、どこかも分からない場所から見知らぬどこかへと辿り着いた。
息が上がっている。脚は疲労に震え、膝は恐怖に笑っている。なにか、神のような何かから与えられる超能力のような贈り物は微塵も期待できそうにない。
視界は赤黒い煙のようなものに曇っていて、聴覚は遠くから聞こえる金切音のような叫びに押しつぶされている。吸った空気に混じる血の気とそれ以外の異臭に今にも吐きそうな程だ。
ずっと頭で同じ言葉を繰り返している。
何故、俺は今ここにいる
どうして、俺は今ここにいる
なんで、俺は今ここにいる
目と鼻と耳と、感覚の全てに死を感じる。それはすぐそこにある死体か、ずっと匂う死臭か、遠くの断末魔か、どれもが恐ろしく、悍しい。
きっとどこかに文明のある土地がある筈で、ここが一際おかしなだけで、きっと─────そんな希望に意味はなく、白昼夢のような幻覚であることを願っても、眼前に広がるストレスが緩和される事はないのだと走ることに疲れへたり込んだまま呆然と考えていた。