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第65章:隠し事をされるのは愉快ではない、けどね(自重)

「あんた、"疾風(しっぷう)の魔女"やな」


 竜崎(りゅうざき)星良(せいら)奥杜(おくもり)に声をかけた。やはりと言うべきか、カーシャのことも知っているらしい。


「まさかあんたまで出てくるとはなあ。魔王様を討った勇者パーティの半数が、既にこの学園にそろっていたわけや。中々どえらい事態やないか、これは?」


 気さくに話しかけているようだが、俺や光琉(ひかる)の時のようにスキンシップをはかる気配はない。サリス、メルティアに比べると、カーシャに対してはいく分隔意があるようだ。


「……私こそおどろいたわ。まさか星竜姫(せいりゅうき)がこちらの世界にいるなんてね、それも人間に転生して」


 他方、奥杜の竜崎に対する態度は目に見えて非友好的だった。言葉を返しながらも胸の前で両手を構えている。いつでも象印(しょういん)を結べる――つまり魔法を発動できる態勢をとっているのだ。


「何や、えらい剣呑(けんのん)やなあ。あんたは前世でもうちを警戒しとった。サリスはんがうちら魔王様に味方した竜人(ドラゴニア)族をかくまうことに、最後まで反対しとったと聞いたで」


「当たり前でしょう、魔王軍の幹部だった女をどう信用しろというのよ! それにあなたたちをかくまえば、サリスの立場が悪くなるのは目に見えていた。実際……」


 奥杜は唇をかんだ。


「そのことがサリスとメルティアが叛逆(はんぎゃく)者、背教(はいきょう)者の汚名を着せられる端緒(たんしょ)となったのよ。「勇者サリスは魔王軍に(くみ)した竜人族を囲っている、これこそ後々人類に叛逆し、自らが新たな魔王となって地上に君臨せんと野心を抱いている証である!」と、もっともらしい理屈をつけられてね」


 奥杜の言葉に、内心俺は少なからぬ衝撃を受けていた。間の抜けた話だがおのれが前世で叛逆者と呼ばれるようになった原因について、記憶がすっぽり抜け落ちていたのだ。


 だがなるほど、たしかに人類を統治する者たちの眼には、サリスの行動が容易ならざるものに映っても不思議はない。


「あなたたちを保護したことで、サリスは彼の名声を忌々しく思っている連中に格好の口実を与えてしまったのよ。それからサリスたちは人類に(あだ)なす敵として世界(フェイデア)中から追われ、とうとうその生命(いのち)まで落とすことに……」


「そうか、その頃はうちもとっくに死んどったからよう知らんかったけど、やっぱりサリスはんもメルティアはんも非業の最期をむかえてたんやな」


 竜崎は沈痛な表情を浮かべ、俺に向き直った。


「うちらを匿ったら2人にも迷惑をかけるかもしれんと、気にはしとったんや。それでもうちに従い魔王様の元で戦ってくれた同胞たちを救うには他に方法がないと思い、好意に甘えてしもうた。ほんま、申し訳ないことをしたわ」


 真摯(しんし)に頭を下げられたが、俺としては何と言っていいのかわからない。その一連の流れについて、まるで覚えていないのだから。


「ヴィンゼガルドさんたちのせいじゃないわよ」


 突如、光琉が口を開いた。その翡翠色(エメラルドグリーン)の瞳は、真っ直ぐ奥杜に向けられている。


「それを言ったら彼女たちを保護するよう、迷っていたサリスさまの背中を押したのはあたし――メルティアだし、何よりあれはサリスさまが心の底で望んでいたことだった。それにあのことがなくとも、遠からず同じ結果を招いていたはずよ。魔王を討伐した功績があり、かつ人魔(じんま)戦役が終わっても聖剣を保持したままのあたしやサリスさまが、聖庁も帝国も邪魔で仕方なかったでしょうからね。どうとでも理屈をこねて、"人類の敵"に仕立て上げたことでしょう」


 静かに、とうとうと、諭すように語りかける。こういう時、目の前にいる金髪の美少女をアホの妹として見るべきか、女神の代理人たる聖女と捉えるべきか、判断に困る。


「……わかったわよ。その件に関しては、もう持ち出さないわ」


 その威厳に似た何かに当てられたのか、奥杜も渋々といった様子ながら一旦(ほこ)をおさめる意思を示した。両手の構えも解く。


「おおきに。そう言うてもらえると、随分救われる思いがするわ。やっぱり生まれ変わっても聖女さまは聖女さまやなあ、慈愛に満ちた高潔な心根は前世のまんまや」


 竜崎は感嘆の表情で光琉を見つめている。「慈愛に満ちた」……? 「高潔」……? 普段のアホ妹を知らないからこそ出てくるボキャブラリーだなあ。一面だけを見てその人間を判断してはいけない、という好例だろう。


 竜崎が再び奥杜に話しかける。


「前世のあんたが魔王軍に与していたうちらを信用できんかったのは無理ないことやけど……この現世ではそう警戒することはないで。今のうちらは正真正銘、人間なんやからな」


「どうかしら。前世の"力"は保持したままなんでしょ? ここに来る途中でも、禍々(まがまが)しい魔力の波動を感じたけど」


 奥杜は依然、竜崎たちへの疑念を捨て去ったわけではないらしい。


「慎重やなあ。なら何か、うちらがこの"力"を使って何か悪さを企んどるとでも言うんか、あんたは」


「そうでないという保証はないわ」


「一体何を企んどる言うんや。具体例をあげてもらわんと分からんわ」


「せ、世界征服、とか……?」


 俺はあやうくズッコケそうになった。世界征服って……今どき漫画やアニメの世界でも、んなこと企んでる悪役(ヒール)さんには中々お目にかかれんぞ。


「世界征服! ええなそれ、面白そうやないの」


 と思ったら、(かげ)の総番が食いついてきた!


「何ならあんたらも協力せんか? ここにいる面子が本気出して半年も頑張れば、世界は無理でもどっかの国ひとつくらいなら手中にできるかもしれんで」


「やりませんやりません」


 頭を扇風機状態にして拒否する俺。一方、俺の隣では光琉の瞳が夢見るような輝きを放ち始めた。


「世界征服かあ……いいなあそれ、面白そう」


「おいコラ、自称聖女!」


 お前だけはそこに興味示しちゃいかんだろうが! メルティアを崇めるフェイデアの住民が知ったら泣くぞ?


「もちろん冗談や。本気にせんといてな」


 あまり物騒な冗談を振るのは控えてもらいたい。ただでさえ"魔王"なんて不本意なあだ名をつけられてしまっているのに、ますます誤解が深まってしまうではないか。あと残念そうに唇をとがらせてるんじゃあない、我が妹よ。


「今更そんな面倒なこと企むかいな。第一、今のうちはあんたと同じ立場やで、()()()はん」


「どうして私の名前を……同じ立場ですって?」


「地球に転生して今この場所におるっちゅうことは、あんたも女神エウレネに使命を託されたクチやろ? サリスはんとメルティアはん、2人の力になるゆう使命を」


 奥杜は一瞬言葉を失った、ように見えた。


「え、エウレネ様が現世での2人の協力者に、あなたを選んだというの!? なぜ竜人の、それも魔王軍の幹部まで務めたあなたを……」


「さあ、光の女神さまにどんな深謀があるのか、うち如きにははかれんわ。ただうちは告げられただけや。転生前、魂の状態で天界におるときにな」


 竜崎は瞬間、記憶をさぐるように視線を宙に彷徨(さまよ)わせる。それから舞台女優さながらに、朗々(ろうろう)とハスキーな声を張りあげた。


「「さまよえる竜人の子よ、(なんじ)は地球に人の子として生まれ変わり再びサリス、そしてメルティアと巡り合う宿命(さだめ)。フェイデア侵攻を断念した邪神の(しもべ)たちは次なる矛先を地球に定め、その時サリスたちの新たな闘いが幕を開けることになるであろう。汝は人の身に宿した竜人の力もて、勇者と聖女を輔弼(ほひつ)する片翼となれ。さすれば汝の罪はあがなわれ、魂は浄化されん」……こんな感じやったかな?」


 まーた女神のキャラが変わってやがる。今度は怪しい宗教家みたいな言い回しになってんじゃねえか!


 どうも神の威厳を示そうと、無理して慣れない口調でしゃべろうとした魂胆が透けて見えるな……昨日の朝は光琉が聖女っぽい口をきこうとして敬語に四苦八苦していたし、あの女神にしてこの聖女あり、か?


 とはいえ、その内容自体は奥杜が告げられたこととほぼ酷似していた。奥杜が女神に授かった使命を軽々と他人に吹聴(ふいちょう)するはずがないし、適当にでっち上げてたまたま内容が重なったなどとは余計に考えられない。竜崎が本当のことを言っていると、どうやら信じるしかないようだ。


「まあ魂が浄化されるかどうかはどうでもよかったんやけどな、これはうちにも願ったりの申し出だったわ。来世でとはいえ、サリスはんに恩を返すことができるんやからな」


 視界の隅で、小吉(こよし)(ほむら)が苦々しげに眉をしかめるのがわかった。先刻竜崎にたしなめられていなければ、「あんな奴(=サリス)に恩を感じる必要などありません!!」と叫びたかったに違いない。


「これでうちの現在の立場が理解してもらえたやろ。さて、そこで我が同志の魔女はんにひとつ聞きたいことかあるんやが」


「同志って、私はまだ……」


「あんたは、前世のうちらのことをおぼえとるんやな? 大戦後の顛末(てんまつ)や、その最期も含めて」


 竜崎にそう()かれて、奥杜は虚をつかれたように眼を点にした。


「……ええ、おぼえているわよ。当たり前でしょう」


「ところが、そう当たり前の話でもなさそうなんや。何せ肝心の恩人が、うちらを助けたことを忘れとるときた」


 竜崎がまたしても揶揄(やゆ)するような一瞥(いちべつ)を俺に投げかけてきた。これは相当、根に持たれているな……


「俺は昨日の朝、自分が前世で勇者だったことを思い出したばかりなんでね。まだ随分、記憶に(もや)がかかってるんですよ。もう少し時間が経ったら、よりはっきり思い出せるかもしれませんが」


 俺が言い訳がましく釈明すると、今度は奥杜にキッとにらまれた。


天代(あましろ)くん、迂闊(うかつ)に情報を与えないで! この人たちはまだ、」


「大丈夫だ」


 竜崎の言い分をすべて鵜呑(うの)みにするわけではないが、少なくとも今現在こちらに敵意がないことは確信できる。それに、仮に敵だったとしても、この程度の情報だったら与えても差し支えないだろう。


「なるほど、前世の記憶を取りもどしたばかりか……メルティアはん、いや、光琉ちゃんの方はどうなんや?」


 やはりというか、すでに光琉の名前も調べ上げていたようだ。


「光琉が思い出したのも昨日ですよ。俺とほぼ同じタイミング、かな?」


 俺が応えると、竜崎は右手をあごに当てて何やら考えこみ始めた。


「ほぼ同時、か……にも関わらず記憶の明晰(めいせき)さには大分差があるようやな。光琉ちゃんはうちらのことをしっかりおぼえとるのに、真人(まさと)はんは中途半端な認識しかない。これはちと奇妙やないか?」


 前世について俺より光琉の方がはっきりとした記憶を有していることについては、(しゃく)ではあるが「そういうものなんだろう」と思ってこれまで流してきた。だが竜崎は、その点に引っ掛かりを感じたらしい。


「そもそもうっかり忘れるにしては、事が大きすぎるで。自分が生命(いのち)を落とした遠因やないか、うちらを助けた一件は」


「記憶に何らかの制限がかけられている、と考えるべきでしょうね。それも意図的に」


 竜崎の疑問に応えたのは奥杜だった。女子ソフトキャプテンは、意外そうに我がクラスの風化委員の様子をうかがう。


「何や、うちと口きいてくれるんか。仲間と認めてもらえたゆうことでええんかな?」


「……完全に信用したわけじゃないわ。ただこの件に関しては、私も昨日から気にはなっていたの」


 そう言うと、なぜか奥杜は呆れたようなまなざしを俺に向けてくる。今日この場所において、女性陣からこの(たぐい)の視線を投げかけられたのは何度目だろうか。皆、ちょっと俺にきびしすぎない?


「誰かと討論して仮説を立てたいと思っていたのだけど、肝心の本人が全く気にしてないんだものね……正直、持て余していたのよ」


「なるほど、それで一時的な相談相手にうちを選んでくれたわけやな。光栄やわ」


 何にせよ、コミュニケーションの糸口が見つかったのは結構なことだ。


「けど討論言うても、あんたの中ではもうある程度仮説とやらができてるんやないか? おそらく、うちが考えてるんと同じものが」


 奥杜は無言を()って、肯定の意を示した。


「サリスはんの記憶には手が加えられている。そしてそんな真似をしたんは、」


「"光の女神"エウレネ、で間違いないでしょうね」


「それしか考えられんわな。他にできる者がいたとも思えんし。では女神はんが、記憶を一部封印した動機は?」


「断言はできないけど、おそらく天代くんが()()()()を思い出さないようにするためだと思うわ」


 奥杜と竜崎の会話はツーカーで進んでいるように見える。お前ら、実は気が合うんじゃないか?……いや、そんなことより。


 女神が俺の記憶に封印をかけた? 2人が導きだした結論に、俺は驚愕(きょうがく)せずにはいられなかった。しかもその理由についても、奥杜には見当がついているようなのだ。


 ……急に息苦しさをおぼえた。何だ、俺はまだ何か、前世の自分に関する重大なことを、思い出せないままでいるのか?


「サリスがあなたたち竜人を保護した記憶が残れば、なし崩し的にその動機の根元、何故そんなことをしたのかまで思い出してしまうかもしれない。エウレネ様はその点の記憶だけは、取り除いておきたかったんじゃないかしら。天代くんの心が受け止めきれるかわからないし、最悪サリスの()()()が暴走して……」


「ダメ!」


 突如光琉が大声をあげ、推論をとうとうと述べる奥杜を制した。先ほどの聖女然とした(たたず)まいなどかなぐり捨てた、切羽(せっぱ)詰まった様子だった。


「それ以上はダメ。思い出しちゃうかも……しれないから……」


 光琉が俺を見つめてきた。その真剣で(うれ)いをはらんだ眼差(まなざ)しに、思わずどきりとしてしまう。


「光琉さん、でも、それは」


「わかってる、自分が無理を言ってるって。多分あたしたちがどう頑張っても、遠からずにいちゃんは思い出すことになると思う。サリスさまとして闘う以上、あの記憶は避けて通れないから……でも今はダメ、もう少しにいちゃんに時間をあげて。こころの準備をさせてあげなきゃ!」


 光琉の切々とした訴えに、奥杜も竜崎も口をつぐんだ。


 妹が俺に対して、何かを隠しているのはもはや疑いようがない。もちろん気にはなったし、「おい、俺だけ仲間はずれかよ」くらいの軽口を叩く権利は俺にもあるはずだった。だが俺は、そうしなかった。


 普段アホばかりやっている妹にここまで真剣な顔をされてしまっては、茶化す気にもなれないものだ。何より(まだよく飲み込めていないのだが)俺に隠し事をするのは、俺を(おもんぱか)ってのことらしいではないか。俺のためを思えばこそ、光琉は心を砕いてくれているのだ。


 であれば、その気持ちを無碍(むげ)にするわけにはいかない。聖女が今はまだ俺に告げるべきではないと判断したからには、ひとまず好奇心を抑えるべきだろう。遠からず知ることになる、とも言っていることだし。


「……そうやな、今はこの話は、ここまでにしとこか」


 竜崎が話をまとめるようにそう言うと、光琉は安堵(あんど)の表情を浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  うーんあの軽薄な女神様がやることだし、「この世界に迫る危機に対処せよ」とかのシリアス系ではないような気がする。  すっげぇくだらないか、逆に人命を蔑ろにするレベルのシリアスな問題か。
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