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第59章:油断? これは余裕というもん……なのかなあ(胡乱)

 竜人(ドラゴニア)


 それは異世界フェイデアに生息する、亜人(デミン)の一種族だ。文字通り竜とよく似た外見上の特徴を有し、人間をはるかに凌ぐ身体能力を誇り、内には膨大な魔力を秘めている。一説には太古の竜(エンシェントドラゴン)の血を引くとも言われ、他の亜人とは一線を画する上位種と人間たちからは勝手に目されていた。竜人たちにとってはいい迷惑だったかもしれないが。


 中には例外もあるが、亜人は基本的には魔の眷属である。魔王が再臨した折は、竜人の多くも魔軍に協力して人類と殺し合いを演じた。俺=サリスも、いく度か剣を振るって直接戦ったことがある。亜人ということで魔軍内の地位は決して高くなかったようだが、種族としての手強さは魔人(デモン)に引けを取らないものだったと記憶している。


 指抜きグローブ男が変容した姿は、まさにその竜人を彷彿(ほうふつ)とさせるものだったのだ。


「……いや、どこか違うか」


 前世の記憶にある竜人は全身がはっきり浮き出た硬い鱗に覆われ、肌の色も濃緑や褐色など人間のそれとはかけ離れたものだった。背中からは無骨な翼も生やしていた。あれらの姿に比べれば、目の前の男はあまりに()()()()()


 俺のつぶやきは独り言だったが、意外にも男から返答があった。


「当たり前だ、今の俺はれっきとした人間だ。ただ前世が竜人だった、それだけの話だ」


「竜人が人間に生まれ変わったのか!?」


 動物や神が人間に転生する。地球でもフェイデアでも、民話や伝承でよく聞く話だ。だが実際にそんなことがあり得るとは、にわかには信じがたい……まあそんなことを言ったら、転生自体が非現実的な事象ではあるのだが。


「だが人間となった今でもこの竜人形態(モード)になれば、多少は前世の能力(ちから)を使うことができるぞ。こんな風にな!」


 男は俺と距離をとったままで、凶悪な牙が生えた口を大きく開いた。口内から魔気が流れ出て、男の眼前で球形を成すように収斂(しゅうれん)していく。やがて球状の魔気が(あか)く輝きはじめ、瞬く間にその色合いは濃度を増し……灼熱の火球へと変貌をとげた!


 フェイデアの人間たちが”火玉(かぎょく)”と呼んでいる、最も基礎的な火炎系の攻撃魔法だ。


「かあっ!」と男が咆哮(ほうこう)するや、火球が高速で俺へと飛来してきた。あわてて横にステップし、ぎりぎりでかわす。火球は俺の後方の地面に着弾した。轟音とともに土が深くえぐられる。生じた穴の(ふち)は黒く焦げ、いく筋かの煙をあげていた。


 基礎的な魔法でも、使い手の魔力と習熟度次第で恐るべき威力を発揮するのは、”輝玉(こうぎょく)”などと同じだ。地面に穿(うが)たれた穴の深さは、男が火炎魔法の術者としても並外れた力量を有していることを示す、何よりの証左だった。


 回避できたことに胸をなで下ろす間もなく、"魔覚(まかく)"が新たな危機を告げる。再び男の方を振り向いた時には、すでに開かれた口の前に二発目の”火玉”が完成していた。


「くそ、連射ありかよ!」


 魔の眷属である亜人は人間と違い、魔法発動に際して術式を必要としない。種族や個体によって差はあるが、魔法の扱いに長けた者なら無言で、予備動作なく、おそらく意思の力だけで強力な攻撃魔法を放ってくる。その点をふまえれば、なるほど今男が行使しているのは「竜人の力」と呼んで間違いないようだ。


 二発目を放ったかと思えばたちまち三発目の火球が、三発目の直後にはもう四発目が、次々と男が開いた口の前で生成されていく。こちらは遠距離から絶え間ない砲撃を浴びせられているようなものだ。華麗とは言えないまでも素早くかつ無駄のないステップを続けて、回避に専念するしかない。


 ひとつかわすごとに火球は大地を焼き穿(うが)ち、砂煙をあげていく。反撃したくとも、半竜人(?)と化した男に近づくこともできない。俺は再び防戦一方に追いこまれていた。


 身体にくらうのはもちろん、手に持った元モップの()に当たるのもNGだ。木製の棒切れは火球がかすめただけでも、たちまち燃えあがり灰と化すことだろう。擬似的とはいえ"剣"を失ったら、剣士としての感覚まで霧散する。それは即ゲームオーバーを意味する。


「……妙だな」


 飛来する火球をかわし続けながら、ふと違和感をおぼえる。


 さっきから半竜人男(便宜上こう呼ぶことにする)が放つ"火玉"は、何発も地面に着弾している。なぜ着弾する? 俺と男の距離ははなれていると言ってもせいぜい数メートル。金属製の砲弾ではないのだ、ほとんど重量を持たない火球が重力に負けてこの程度で落下するはずがない。


 今は無風に近く、空気抵抗もあって無きが如しだ。"火玉"は最も基本的な攻撃魔法のひとつ、この環境下なら魔法を覚えたての初級魔導士でも優に(地球の単位で)数十メートルは飛ばせるだろう。まして地面をあれだけ深くえぐる威力を出せる術者が、飛距離のみ初心者にも及ばないなど、ちょっとありそうもない。


 となれば、敵が意図的に俺の足元を狙って"火玉"を放っているとしか思えなくなる。だが、何のために? 周囲の樹や建物が炎上して、人目を引くのを忌避(きひ)しているのか。あるいはまず俺の足にダメージを与え、動きを封じようという魂胆だろうか。それにしても……


「ふん、こんなものか。細工は粒々(りゅうりゅう)、といったところだな」


 ふいに火球の乱発を止めた男が、大きく開いた口を一旦閉じると今度は小さく動かして、そんなことをつぶやく。砂ぼこりと焦げくさい煙が立ちこめる中で、俺も一旦足を止める。細工だと、何を言っている?


「終わりだ、勇者サリス」


「あのなあ、今の俺は勇者なんかじゃないとさっきも……」


「貴様は罠にかかったのだ、周りをよく見てみろ!」


 男の言葉にうながされるように、反射的に周囲に眼を配った。


 俺がこの場に到着してからの変化といえば、火球によって地面にいくつもの穴が穿たれたくらいのものである。それこそ俺の前にも、右にも、左にも、後ろにも。


「!?」


 全身の神経を電流が駆け抜けた。火球が生み出した穴は、俺の四方に、万遍なくほぼ均等に、()()()()()()()()()()()()散在していた。これは偶然か? いや!


 ”魔覚”を研ぎ澄ませる。ひとつひとつの穴から、魔力反応が伝わってきた。まだ魔気が拡散していない。まずい、一刻もはやくこの包囲網から抜け出さなければ。


「もう遅い。出てこい、蛇ども!」


 男が叫びながら、右手を勢いよく振り上げる。


 直後、”火玉”によって穿たれたすべての穴が、上空に向けて勢いよく炎の柱を吐き出した。噴出した炎はすぐに収縮し、細長い棒状に固まったかと思えば、やがてうねうねと動き始めた。さながら()のように。


 地面に埋没した火球は、消滅していなかったのだ。いわば伏兵として潜伏していた。まぬけな獲物が乱戦の中でそれに気づかぬ内にいくつもの伏兵が地中に送りこまれ、やがて十分な数がそろうや一斉に蛇へと変化し、獲物の包囲を完成させ退路を断ったというわけだ。


 もちろんこれらの炎の動きがすべて、術者である半竜人男の画策どおりであることは疑う余地がない。竜人に変化した直後から、ここまでの戦闘プランを立てていたのだろう。現世での戦闘経験が浅い俺は、まんまと思惑に嵌ってしまったことになる。


 卑怯、とは言うまい。これは対等(フェア)な戦いの中で交わされる駆け引きの範疇(はんちゅう)だ。見抜けなかった(おのれ)の迂闊を悔やむしかない。


「さあ蛇ども、絡めとれ。何なら勢いあまって嚙み殺しても、一向に構わんぞ!」


 男は紐状の炎を「蛇」と呼び続けているが、これはフェイデアの人間界でも”炎蛇(えんだ)”と呼ばれる魔法だった。このあたりのセンスは、人間も竜人も大差ないということか……などと悠長に考えている場合ではないな。


 四方を取り囲んでいた炎の"蛇"たちが、猛然とおそいかかってきた。俺も捕まるまいと必死で動きまわるが、とてもかわしきれる数ではない。制服の端々(はしばし)を蛇がかすめていき、焦げくささが増していく。


 地中に埋まった火球の状態を維持し、はなれた場所から別の魔法に切り替える――それもほぼ全ての火球を同時に――などという芸当は、並の魔導士にはとても真似できない高等技術だ。こいつは外見から受ける印象どおりの力押しタイプではない、奥杜と同じ、魔法を変幻自在に操って戦う技巧派タイプなのだ。


 先入観を持って戦いに臨むなど、何たる失態か! 前世のサリスの叱責、あるいは嘲笑が聞こえてくるようだった。


 とうとう蛇の一匹が俺の左腕をとらえた。巻きつかれ動きがにぶったところで、他の蛇どもも右腕、右脚、左脚と次々に絡んでくる。4匹の蛇に四肢を左右に引っ張るように拘束された俺は、身動きが取れなくなってしまった。いわゆる「くっころ」状態というやつ……か?


「ふん、手こずらせやがって。これでもうちょこまか動くこともできんだろう」


「くそ、てめえ、男をこんな風に拘束して楽しいか、そういう趣味か!?」


「? 何わけのわからんことをわめいてやがる」


 爬虫類(はちゅうるい)の瞳が、心底から「何言ってんだこいつ」と思っていると分かる純粋な輝きを宿してこちらを見つめてくる。やめろ、そんな眼で見るな、俺がものすごく(けが)れたヤツみたいじゃねえか!


 昨日、今後は光琉(ひかる)が妙なドラマを観すぎないよう注意していかねばと秘かに決意したものだが、どうも妹のことばかり言えんようだなあ。俺もネット等現世の情報媒体にやや毒されすぎているのかもしれない、多少は自戒せんと脳みそが作者並になってしまうぞ。


 ……なんてことを考えている場合でもねえな。おい、戦闘に集中しろ。


「死を目前にして正気を失ったか、無様なヤツめ。ならば貴様の名誉を救ってやる。引導をわたして、世迷言(よまいごと)もほざけなくしてやるぞ!」


 そう、今はいわゆる「大ピンチ」というやつなのだ。にも関わらず、どうもさっきからやたら雑念が頭をよぎる。自分でも不思議だが、今ひとつ深刻になりきれないというか。心のどこかが、依然余裕をたもっているのか?


 男は新たな火球を放ってくることも、炎の蛇を俺に向かって伸ばしてくることもなかった。そんな必要もなかったのだ。俺の両手両脚を拘束している4本の蛇が、次第に赫い輝きを増していく。より濃く、深い色合いへと変じていく。


 炎の温度が上がっているのだ! 男は4本の蛇の熱を高めることで、このまま俺を焼き殺す魂胆らしい。蛇に巻きつかれた制服の(そで)(すそ)が燃えあがり、まばゆい炎が全身を侵食していく。


「この時を待ちわびたぞ、前世のうらみは現世の俺が晴らす!」


「そんな『◯ッコロ大魔王のかたきはピッ◯ロ大魔王が〜』、みたいな……」


「やかましい、死ね!」


「え、やべ……ぐあああああああああ!!!」


 蛇たちの輝きは、とうとう熔岩を思わせる真紅にまで達した。


 俺の絶叫が、周囲に響きわたった。

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