表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/82

断章-赫い終焉(後)

「ここにいたか、叛逆者(はんぎゃくしゃ)サリス!」


 身体や衣服の各所を(すす)とこげで黒く汚したその人影は、憎しみにあふれた声でそうさけんだ。


 黒く汚れてはいるが、秀麗(しゅうれい)面立(おもだ)ちの若い男である。輝くような銀髪を持ち、同じく銀色の、胸に複雑な意匠(いしょう)をこらした甲冑(かっちゅう)を身につけ、背中には青いマントを羽織(はお)っている。右手には抜身(ぬきみ)長剣(ちょうけん)が握られていた。


 いかにも”由緒(ゆいしょ)正しい貴族の家柄を持つ騎士”という印象を与える外見である。そして、実態もその印象どおりだった。


 その銀髪の男も、俺の記憶によみがえっている。”白銀の騎士”エルナート――まんまの異名だな――、レーヴィ大公国が誇る神聖騎士団の総長を若年ながらにして務める傑出(けっしゅつ)した聖騎士、そして”機関”が認定した十二勇者中の序列7位でもある。この時は、サリスを追う討伐隊に従事していた。


 温厚で公平、騎士の鏡のような美青年として、世に名をはせている男である。だが今、そのエルナートの顔面は、割れんばかりの嗜虐(しぎゃく)の笑みでみにくく(ゆが)んでいる。


「散々てこずらせてくれたが、貴様といえどもはや力を使い果たし聖剣も顕現(けんげん)できまい。悪運尽きたぞ、今こそ冥府(めいふ)へと旅立つがいい!」


 エルナートはサリスに向けて空いていた左手をかざすと、素早く呪文を詠唱(えいしょう)しはじめた。途端、左の(てのひら)に青白い光が凝縮(ぎょうしゅく)し、輝く球体となる。


 神聖魔法”輝玉(こうぎょく)”。


 己の体内に存在する魔力を掌に集積し、光る熱球に変えて敵に放つ攻撃魔法。神聖魔法の中では基本の部類の術式だが、使用するものの魔力が高ければ高いほどその威力は増す。神聖騎士団の長を務めるエルナートの魔力を持ってすれば、その一撃で高位の魔人を霧散させることも可能だろう。


 エルナートの手から光球が放たれ、こちらめがけて襲ってくる。サリスはメルティアを抱えるようにして横へ飛び、災禍(さいか)を逃れる。サリス自身はそれをくらったところで問題があるとも思えなかったが、メルティアに直撃したら一命に関わっただろう。次の瞬間、光球は後方のエウレネ像に直撃し、一瞬の燃焼の後、像はチリと化した。


 神聖騎士団の総長が、自分たちが奉じる女神の像を破壊したのだが、エルナートにそれを気にするそぶりはない。いや、そのこと自体に気づいていないようだった。憎しみに(にご)った眼は、ひたすらサリスを追っていた。


「俺は元々貴様が怪しいと思っていた。魔法も一切使えぬ下賤(げせん)の分際が、我ら勇者の一員に選定されるだけでもあり得ぬことだというのに、よりにもよって魔王討伐の(めい)が貴様ごときにくだろうとは。十二勇者中、序列最下位の貴様に! どんな策略を(ろう)したか知らぬが、貴様が魔王を滅ぼし英雄よ救世主よともてはやされる間も、俺の眼はだませなんだぞ。貴様はいつか人類に(あだ)なすに違いない、狡猾(こうかつ)で危険なネズミだと疑わぬ日は一日としてありはしなかった。そしてとうとう馬脚(ばきゃく)をあらわし、今こうして、惨めな叛逆者として死んでいく! すべて俺にはわかっていたのだ。悪魔めが、最期はこの俺が直々(じきじき)に、正義の剣で滅してくれるわ!」


「おやめなさい」


 その時、サリスを背にして立ちはだかり、エルナートの長広舌(ちょうこうぜつ)を封じた影があった。言うまでもなく、メルティアだった。


「せ……聖女さ、ま?」


 エルナートは今初めてメルティアの存在に気づいたかのように、(ほう)けた表情になる。そして慌てて、彼女に手を差し伸べた。


「よ……よくぞご無事でいてくださいました。さあ、そんな叛逆者のもとを離れ、すぐにこちらへお越しください。サリスに人類への叛意があろうと、それに聖女様がいささかも関わっておらぬこと、このエルナートはよく存じております。私に任せてくだされば、一命に代えて聖女様のお命と尊厳はお守りいたします。さあ、どうぞこちらへ……」


「黙りなさい」


 (りん)とした声が、堂内に響き渡る。エルナートは一瞬びくっと身体を震わせ、固まった。


「私はまごうことなきこの御方の妻です。そしてサリス様は悪魔などではなく、魔王を討ち人類を救った、まぎれもない英雄。無論、人類への叛意など微塵(みじん)もありません。その方を口汚く(ののし)(おとし)めるあなたこそ、心に魔を宿していると知りなさい。ましてその反感は私怨(しえん)ありき、サリス様に大任を奪われた嫉視(しっし)から発したものではありませんか。聖騎士として、己を恥じるべきです」


「せ、聖女様はその男にたぶらかされているのです! そもそも下賤の者に聖剣を与えたことからして、おそれながら気の迷いだったと…」


「気の迷い? サリス様以外に、”聖煌剣(せいこうけん)”を自在に扱えた勇者がどこにいたというのですか。あなたも一度試して、数秒も手につかなかったではありませんか。世迷言(よまいごと)も大概になさい!」


 メルティアは怒っていた。自分たちの境遇も忘れ、ただサリスが侮辱されたことに対して怒っていた。


 白銀の騎士の顔色が、どす黒く染まった。


 レーヴィ大公国の神聖騎士団は光の女神エウレネを信仰する宗教騎士団である。女神の代理人たる聖女も無論崇拝の対象で、特にエルナートは先ほどからの態度でも明らかなように、私的にもエウレネへ賛美の念を(いだ)いていた。


 しかしこのとき、彼の中で崇拝も憧憬(しょうけい)も反転し、醜悪な変貌(へんぼう)()げたらしかった。


「おのれぇサリス、かくまで聖女様を篭絡(ろうらく)したか……」


 怨嗟(えんさ)の具現化した声が口から瘴気(しょうき)のように漏れ出た。うん、完全に逆恨みである。


「もはや、最早あなたは聖女様ではない。そこの悪魔めに誘惑され、堕落したのだ。魂を闇に染め、娼婦にも劣るいやしきものになりさがったのだ。この売女(ばいた)め! せめてこれ以上、その哀れな様を衆目に(さら)さぬよう、わたしの手で(ほうむ)ってくれる。あなたはサリスもろとも、ここで果てるしかないのだ。そしてせめて、その呪われた魂が冥府で解放され、再び光り輝かんことを……」


 まるで逆ギレしたストーカーのごとく勝手なことをまくしたてながら、それまで憧れていた聖女に殺意を向けるエルナート。思考の極端さが怖い。こいつを”騎士の鏡”とか評したやつ、誰だよ……


 エルナートの暗い瞋恚(しんい)は、だが、サリスの激情をも誘発した。大切な聖女を”売女”と(ののし)り殺意を向けてくる、そんな男を黙認できるほど、彼は寛容(かんよう)ではなかった。


「もう一度言ってみやがれ、人形野郎! 着飾(きかざ)った法皇(ほうおう)の犬めがッ!!」


 傭兵時代の粗雑(そざつ)な口調に戻りながら、サリスは満身に力をこめて立ち上がろうとした。すでに精魂尽きていたが、なお怒りで身体の奥底に沈殿(ちんでん)したなけなしの余力(よりょく)までも絞り出そうとしたのだ。白銀の騎士を(にら)みつけながら、聖剣の(つか)を握った右手に意志の力を集中せんとし……


 破局は唐突におとずれた。


 頭上で(にぶ)い音が断続的に響いたかと思うと、火にくるまれた(はり)が崩れ、彼とメルティアの頭上に振りかかってきた。つい先ほどエルナートの放った”輝玉”が神殿に衝撃を与え、ただでさえ(もろ)くなっていた梁の崩落(ほうらく)を誘発したらしかった。


「メルティア!」


 とっさのこととて、満身創痍(まんしんそうい)のサリスにはもはや避ける余裕はなかった。ましてや(かたわ)らのメルティアを見捨てられる彼ではない。動けず固まっていたメルティアを押し倒し、そのまま(おお)いかぶさるようにして、聖女の身を己の身を(てい)して保護した。それが、精一杯だった。


 直後、背中に()けるような衝撃がのしかかってきて、視界が暗転し……



 俺の前世の記憶は、ここで途絶(とだ)えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] エルナートはメルティアのことを敬愛してたんでしょうね……だから余計にサリスとのことが許せなかったんだろうな(;´・ω・)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ