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第37章:ようやくファンタジーらしくなってきた?(変異)

 初夏に入り日が長くなったとはいえ、夕方も6時を過ぎれば太陽が沈むのは早い。周囲は急速に、闇の濃度が増していく。


「すっかり暗くなってきたな」


「ええ、”逢魔(おうま)(とき)”、ね」


「……今、わざわざその表現つかう必要あった?」


 奥杜(おくもり)(かえで)相槌(あいづち)に、俺はいささかゲンナリした気分になった。一般の人間が使えば単なる比喩表現でしかないだろうが、俺たちはこの世界に"魔"が実在することを知っている。それを踏まえれば、何とも不吉な言い様ではないか。


「これだからユートーセーは、いちいち難しい言葉を使いたがるんだから。そーゆーの、結構イヤミだよ?」


「そ、そんなつもりじゃないわ! 私はただ……」


 光琉(ひかる)に指摘されて奥杜があわてるが、それは単なるレットーセーの()()()だから流していいぞ。


 ふと、昼間のやり取りを思い出す。奥杜が現在は"退魔"の組織に所属していることを告げられ、俺もそこに加わってほしいと勧誘を受けたのだった。


 光琉の乱入によりあの時は有耶無耶になったが、ゲーセンで合流後も奥杜がそのことに全く触れないのが奇妙と言えば奇妙である。"逢魔が時"などという言葉を口にしたのもひょっとしてその話を切り出す前振りだろうか、と密かに身がまえたのだが、奥杜当人にそんなつもりはなさそうだった。忘れているということもないだろうが……


「ねえ、ところであなた達の家ってどの辺りにあるの?」


 かわりに、突然そんなことを尋ねてくる。


 俺が自宅がある地区名を告げると奥杜は少し考えるそぶりを見せたが、すぐに前方を指さした。


「……そっちの方へ行くんだったら、この公園を通らない? 近道になるわよ」


 奥杜が指さした先には、ここら辺一体では有名な広い公園があった。柵の向こうに鬱蒼(うっそう)と樹木が繁り、中には運動場などもそなわっている。俺も光琉も時々この公園内を通過することはあるが、たしかに自宅までの近道にはなる。


 県道に面した入り口からはコンクリートの一本道が園内へとのびているが、すでに数メートル先の視界もおぼつかない。俺は眉をひそめたが、奥杜はまるで意に介した様子も見せずに公園の入り口をくぐった。光琉も平気な顔で後につづく。こうなれば俺も2人に(なら)うしかない。


「うあ、真っ暗だね!」


 公園に足を踏み入れるなり光琉が声を上げたが、決して大袈裟な反応ではない。一本道の両側はちょっとした林になっており、突き出した枝葉が頭上を覆っている。さっきまでいた歩道よりもはるかに明度が低く、別世界に迷いこんだかのようだ。すぐ先を行く奥杜や隣を歩く光琉が、今にも闇に溶けてしまいそうな錯覚におそわれる。


 何だか、イヤな感じだ。


 暗闇は"魔"の領分なのだ。前世の性分で、自然と肌がひりついてくる。


 公園に入って以降、奥杜は無言だった。俺も口数が少なくなり、傍らの光琉だけが通常運転で必要以上に舌を回転させていた。


 やがて一本道が、噴水のある広場に差しかかった。広場の隅はアスファルトが途切れ、砂場や遊具が並んだ子供たちが遊べるスペースとなっている。


 「待て、誰かいるみたいだぞ」


 噴水の近くに、何者かの気配を感じたのだ。我ながら、ややナーヴァスになっていたかもしれない。とっさに光琉と奥杜をうながし、通路脇の林の中に身を隠した。幹の隙間から様子をうかがうと……


 噴水の端に一対の男女が腰かけ、ベタベタしている最中だった。


 ガクッとひざが折れる。杞憂(きゆう)にも程がある、緊張した自分が恥ずかしいだろうが! まあ気まずくて噴水の側を通れないので、ある意味魔族以上に厄介な相手ではあるが。


 まだ宵の口だというのに、男女両名はどんどんヒートアップしていくようだった。会社帰りの同僚同士なのだろうか、2人ともスーツ姿である。男は女の唇に吸いついたかと思うと、そのまま女を押したおす。女は女で男の背中に両手を回す。男の手が女の襟元へと向かい……


「え、なに、ウソ、このまま始めちゃうの!?」


 耳元で好奇心の(かたまり)のような声が響く。光琉が俺の肩ごしに、噴水前の情事を喰い入るように見つめている。暗がりでもわかるほど頬を上気させ、今にも「ワクワク」という擬音文字が浮かんできかねない。


 俺は即座に自分の掌で妹の両眼を(おお)った。


「ちょ、にいちゃん何すんの、見えないでしょ!」


「見えなくて結構、お前にはああいうものはまだ早い!!」


 考えてみれば光琉はメルティアとして、前世ではああいった行為はすでにサリス、つまり前世の俺と経験済みである(なるべく思い出さないようにしていたが、改めて意識するとやっぱり気まずい!!)。その記憶も取りもどしているはずだ。今更隠す意味もないのかもしれないがそこはそこ、兄の立場としてやはりまだ中学生である妹の視界に、あのような光景を入れるわけにはいかない。教育上よろしくないではないか。


「い、一体何を考えているのかしら。こんな早い時間から、それも野外であんなことをするなんて非常識にも程があるわ!(ごくり)」


 一方の奥杜は、時と場所を弁えない男女への憤りを口にする……なんだ、最後の"ごくり"って?


「あ、あの口の動き方、間違いなく舌を入れているわ! なんてはしたない……今頃あの女、「火照(ほて)った身体に噴水の飛沫(しぶき)が気持ちいい……❤️」とか夢見心地で考えているんでしょうね。きゃ、ブラウスの胸元のボタンをはずし終えた男の手が、そのまま衣類の下の人肌へt(ry」


「やめろやめろ、何実況してんのッ!? この小説がR18になっちまうだろうが!!」


 誰よりも風紀委員が興味津々じゃねえか!!


 ……先刻から思っていたことだが、どうも奥杜楓はいわゆる"ムッツリさん"の()があるようだ。俺と光琉が兄妹だとわかった時も暴走気味に妄想を膨らませていたし(まあ光琉が要らん燃料を投下したせいでもあるが)、放課後俺たちを尾行する際も俺たち兄妹がいかがわしい施設へ行くものと勝手に決めつけていた節がある(心外だ!)。口では非難しながらも、発想がすぐそっちの方面に向かうらしい。


 そういう性分に気づくと、やはり”色欲の魔女(カーシャ)”の生まれ変わりだなあと妙に納得してしまう。正反対の人格へと育ったように見えても、前世の業はなかなか振り払えないということか。他人事(ひとごと)ではないな……


 いずれにせよ、通路の先であんなことをされていては、俺たちとしても出ていくに出ていけない。下手に動けば枝葉にこすれる音で、向こうに気づかれかねない。前世で勇者パーティを組んでいた3人が樹の陰で身動きもとれず、出歯亀(でばがめ)みたいな真似をせねばならない羽目に陥ってしまった。これほど不本意な状況はない、息が荒い女子2人はどうだかしらないが。


 こうなると野外で堂々と営みにふけるバカップルの図々しさが、段々忌まわしくなってきた。先ほどは駅前で俺と光琉も白い眼を向けられたものだが、ここまで節操なしではなかったぞ!……多分。


「いっそ本当に、魔物でもあらわれてくれねえかなあ」


 一瞬、勇者にあるまじき考えが頭をよぎる。その願いが天に通じたわけでもないだろうが、変化は唐突だった。


 まず俺の”魔覚”が未知の魔力を捉え、肌があわ立った。次の瞬間、夢中で行為をつづける男女2人の後方で、轟音と共に噴水周囲の水面が盛りあがる。水中から何者かが出現したのだ。その体表を水が流れ落ちると、目撃者に生理的嫌悪を抱かせるに十分な外見があらわになった。


 全体の輪郭は一見して人間のようだったが、その頭部には髪も耳も鼻もなかった。かろうじて2つの目と1つの口に見えなくもない空洞が、顔の部分に穿(うが)たれているだけだ。何も着用しておらず、水が滴る身体は薄闇の中でも黒く浮き出ている。その頭も胴も手足も、皮膚と筋肉の代わりに土によって構成されているのだ。


「まさか、土僕(ゴーレム)!?」


 反射的にその名が口を突いて出た。そうだ、あれは土僕――ゴーレムだ。前世で幾度も戦ったことがある。魔術によって土塊(つちくれ)の身体をあたえられ、術者の命じるままに動く造られた魔物(そう、フェイデアでは魔物の一種と認識されていた)。意思も感情も持たない、擬似生命体の兵士……そんなものが現世の日本にあらわれたのだ。


 轟音におどろいて咄嗟(とっさ)に身をはなした男女だったが、水面に足をつけて直立する土僕(ゴーレム)に目を向けると、両者ともそのまま固まってしまった。網膜に焼きついた異形を、彼らの理性では処理しきれなかったらしい。


「"風刃(ふうじん)"!」


 奥杜が右手の人差し指と中指で空を切ると、風鳴り音と共に無形の刃が生じる。刃は直進し、自失する男女の間をすり抜け、異形の影を切り裂いた。真っ二つにされた土の身体が水中に崩れ落ちる。


「何してるのあなたたち、はやく逃げなさい。これで終わりじゃないわよ!!」


 切迫した声で奥杜がさけぶ。服をはだけたままの男女は我に帰ると同時に恐慌をきたし、悲鳴をあげながら広場から駆け去っていった。おそらくまるで状況は把握できていないだろうが、ともかくもこの場から退避してくれたわけである。


 俺は奥杜の迅速な措置に感心した。さすが現世でも魔物と戦ってきただけあって、居合わせた一般人への対応も手慣れたものだ。


 奥杜が警告したとおり、事態はこれで終息とはいかなかった。再び水面が跳ね上がり、土僕が姿をあらわす。"風刃"によって二つに引き裂かれた土塊の身体がまるで何か見えざる力に支えられるようにして別々に起き上がると、水上で互いの断面を合わせて再び()()()()()()()復元する。


「くそ、やっぱりか」


 土僕を相手にする時、厄介なのがこの再生能力だ。斬っても砕いても、土の身体は術者の思いのままに復元される。ダメージを与えるのが困難な敵なのだ。


 噴水広場のアスファルトの地面が何箇所も隆起し、亀裂から次々と土僕(ゴーレム)たちが這い出してきた。それらは直立すると、一様にこちらへと(うつろ)なまなざしを向けている。広場だけでなく俺たちの後方――林内の地面からも土の魔物たちは出現し、気がつけば完全に囲まれてしまった。


 ……急にファンタジーっぽい展開になるんじゃないよ、まったく。

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― 新着の感想 ―
[一言]  おおっと急にゴーレムが来たので(r  あの人たちが動きはじめたのかな?  まさか自然発生する様なものでもなし。  ‥‥‥そっちの方が尚更厄介か。
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