第34章:どう考えても小悪党ムーヴです、本当にありがとうございました(慨嘆)
※今回、性懲りもなくまたまた格ゲー回となってしまいました。
繰り返しになりますが筆者は格ゲー初心者です。愛好家の方々が読めば「用語の使い方が違うだろ」「そうはならんやろ」「おハーブ生えますわ」「格ゲーなめんな!」と仰りたくなるような場面が多々出てくるかと思いますが、何卒ご寛恕くださいますようお願い申し上げます。
筆者自身、ゲーセン編がここまで長くなるとは予想だにしておりませんでした。毎度のことながら分量の調整がまるでできていませんね、反省しなくては……
奥杜が選択したキャラは、ハチマキを巻いた拳法家だった。このゲームでは最もオーソドックスとされるキャラで、なるほど生真面目な風紀委員らしい堅実なチョイスだ、と納得する(偏見だろうか?)。光琉は引き続き、髪が逆立ったアメリカ軍人を使用する。
電子的なコールが響き、ラウンドがはじまった。先程は俺も魔法禁止のルールとすることを承諾したが(まあ当然だが)、奥杜に普段からゲームをやり込む習慣があるとも思えない。素人同然の相手ならば、必殺技を満足に出せない光琉といえど十分勝機があるのではないか?
などと考えていたのだが。
先に動いたのは奥杜が操作する拳法家だった。いきなりアメリカ軍人の頭上へとジャンプで踊りこんだかと思うとめくり大キック、位置を入れ替えたところで間髪入れずにしゃがみ中キック、さらにはそれをキャンセルし、至近距離からおそらく世界で一番有名だろう飛び道具の必殺技を炸裂させた。「○どーけん!!」のエコーとともに、アメリカ軍人が吹き飛ばされる……
……
「う、うめええええええッ!!?」
なんだ、今の流れるような三連コンボは!? あそこまでスムーズに攻撃を繋げることは、俺にもとてもできない。あきらかに上級者レベルの洗練された技術だった。
「ち、ちょっと、あんた汚いわよ!! ゲームセンターを溜まり場だとか呼んでたくせに、自分だって通い込んでいるんじゃないの!?」
不意をつかれなす術なくコンボを喰らった光琉が、向こう側からクレームを叫ぶ。見苦しいが、言っていることは一理ある。キャンセル技を使える時点で、少なくともこのゲームに関して奥杜が初心者ということはありえないだろう。
「いいえ、そんなことはないわ。ゲームセンターになんて足を運んだのは、今日がはじめてよ」
「嘘つけ! そんな人間が、いきなり今みたいなプレイをできるわけないでしょ!?」
「本当よ。ただこのゲームだけは、家でずっとプレイしていたの。何年もの間、ひとりでね」
奥杜は画面へと視線を固定させたまま、しみじみとした調子で言う。
「そう、私の家は教育に厳しくてね。子供のころはゲームはおろか、漫画やおもちゃもろくに買ってもらえなかった……」
「え、ここでいきなり回想はじまるの?」
思わず独り言を漏らすと奥杜が振り向きざまにぎろりとにらんできたので、両手をあげて口を固く閉じた。ここは大人しく拝聴することにしよう。
「そんなある日、幼かった私は父の書斎にこっそり忍び込んで、部屋の隅にしまわれていた○ーパー○ァミコンを見つけたのよ。おそらく父が、昔遊んでいたものだったんでしょうね。本体には今やっているこのゲームのコンシューマー版ソフトが、ささりっぱなしになっていたわ」
かつては全国的なブームが巻き起こったと聞くからな。奥杜の父親が若い頃に遊んでいても、何ら不思議はないだろう。
「それから私は、親の目を盗んでこっそりこのゲームで遊ぶようになったの。ソフトは他には見つからなかったから、これ一本だけを何年も延々とね。やっぱり子供心に、娯楽に飢えていたのよ。中学にあがる頃には、依然ゲームなんて許されなかったけど小さいテレビを部屋に置くことだけは何とか認められたから、ゲーム機を自分の部屋に運びいれてますますのめり込んだわ。上級者はレバーで操作するらしいということをネット検索で知ってからは、中古ショップでアーケードコントローラーを購入して……」
見事な凝りようである。あるいは娯楽に飢えた少女の執念がなせる業だったか。しかし、中古ショップまで行ったのならこのゲーム1本にこだわらず他のソフトも購入すればよかったと思うのだが……
「そうして何年も研鑽を積んだ結果、今ではCPUを相手にする1人用モードで、難易度MAXでも全ステージノーダメージでクリアできるようになったわ。対人戦は今日がはじめてだけど、決してあなたたちにひけをとるものじゃないわよ!」
「いや、極めすぎだろ」
なんだ、フェイデアからの転生者は皆レゲー沼にはまる法則でもあるのか?
奥杜が自分語りをしている間も、もちろん画面内では対戦が続いていた。ムキになった光琉が上段に下段にと闇雲に攻撃をしかけるが、奥杜はそのことごとくを適切にかわし、ガードし、絶妙なタイミングで反撃を繰り出す。かといって妹が画面隅でガードを固めて動かない、というあまり褒められたものではない戦法に出ても、奥杜は間断なく攻撃を続けることでガード上から着実にアメリカ軍人のライフを削り、防戦一方に追い込むのだった(もっとも、遠距離技も対空技も満足に出せない光琉がこの戦法をとったところで、ほとんど意味がないのだが……)。
その動きはまるで精密なコンピューターのようで、一分の隙もなかった。当然、妹と違い必殺技コマンドをミスするなどということは皆無である。
「むぐ……ぐぬぬ……うぐぐうぅ……!!」
筐体の向こうからうなり声が聞こえる。あまりにも一方的な展開に、光琉がただでさえ乏しい語彙力を喪失しているらしい。そりゃ難易度MAXのCPU戦をノーダメクリアできるような猛者に、うちの妹の腕で太刀打ちできるわけないわなあ。
これで校則違反を自覚しながらも、奥杜が俺たちにわざわざ対戦を申し出てきたのにも納得がいく。延々と一人プレイを続けてこれだけの技量を身に付けたからには、他者と対戦して己の実力を測りたくなるのが人情というものだろう。ゲーセンに入ったのは今日がはじめてということだが、遠目で光琉とショーさんの対戦を眺めているうちに湧き上がる対人プレイへの欲求が抑えきれなくなり、校則への忠誠心を押しのけてしまった、というところだろうか。
「つーか、そんなに対人戦したかったなら、もっと早くゲーセンに足を運べばよかったのに。親には黙ってればバレないだろ?」
俺は奥杜のかたわらまで歩み寄って、ついつい思うことを口に出していた。やはりこれまで生真面目な性格が邪魔をして踏ん切りをつけられなかったのだろうか、などと考えていると。
「しょうがないじゃない! 1人でこういうとこ入るのなんか怖かったし……そ、それに、一緒に付き合ってくれる友達なんていなかったんだものッ!!」
……プレイ中でハイになっているせいだろうか、今の奥杜はやけに素直である。そうだった、うちの風紀委員どのはぼっち体質だった。もちろん俺は高校入学後の彼女しか知らないが(前世を別にすれば)、どうやらそれ以前から似たような境遇だったらしい。
「えーと、その……すまんかった」
「謝らないでよ! べべべ、別にこんな場所に来たいなんて思ったことは、一度もないんですからねッ。今だってあなたたちのために、仕方なく相手してあげてるんだから!!」
そう言う割に、華麗なスティックさばきをみせる奥杜の横顔は実に生気に満ちていた。
さて、画面内の戦いはいよいよ最終局面を迎えている。ハチマキ格闘家の方は依然全くダメージを受けていないのに対して、アメリカ軍人側のライフゲージは既に風前の灯である。奥杜のパーフェクト勝利は最早揺るがないかに見えた。
決着をつけるべく、奥杜が格闘家を相手の方向へと進める。常ならぬ現象が生じたのは、その時である。奥杜が向かうゲーム画面全体が、白くまばゆい光に包まれたのだ。画面を注視していた俺も、ふいのことに両眼を閉じてしまう。閉じながら、五感とは別の次元に存在する感覚である”魔覚”に意識を集中した。光の正体について、即座に察しがついたからである。
例によって、筐体の向こう側に聖なる(……)魔力の流れが発生していた。下手人は考えるまでもない。
「きゃーごめんなさーい、魔力がすべっちゃったー(棒)」
「いや、魔力がすべるってなんだよ、意味がわかんねえよ! あんまり適当な日本語の使い方をするんじゃあない!!」
わざとらしすぎる言い訳をぬけぬけとのたまう妹に、筐体越しに喝を入れる。勝負に負けそうになったらルールを無視して目くらましに走るとか、この元聖女、行動が小悪党にも程がある……お前は追いつめられた○ルカスか、小細工に堕したか!?
「なんでこんなことになっちゃったかわかんないけどー(棒)、ウンモジツリョクノウチって言うし、勝負ごとに情けは無用よ。一気に決めさせてもらうわ!」
先ほどの取り決めどおりならこの時点で光琉の反則負けのはずなのだが、あくまで不可抗力で押し通すつもりらしい。発光がおさまったスクリーンに目を向けるとアメリカ軍人が飛び跳ねて、今にも格闘家に襲い掛からんとしているところだった。いくら奥杜といえど、ふいの目くらましを喰らった直後にこの攻撃を交わすことはできないだろう。逆転とまではいかなくても、これでパーフェクト勝利の芽は潰えたか。
「……甘いわ」
そうつぶやいた時には、奥杜はコマンド入力を終えていたのだろう。画面内ではなす術がないはずの格闘家がモーションにはいったかと思うと、「○ょーりゅーけん!」と叫びながら世界で一番有名であろうアッパー技を発動し、飛んできたアメリカ軍人を見事対空迎撃で返り討ちにする。これによって光琉側のライフゲージは0になり、奥杜の勝利が確定した。
「ふ、ふぎゃあッ!!?」
敗北した小悪党の間の抜けた叫び声がブースに響きわたる。
咄嗟のことで何が起きたのか判断できず奥杜の顔へ眼を向けると、風紀委員は画面に向かいながら両眼を瞑っていた。どうやら視界を閉ざしながらも相手が次にどう行動してくるかを瞬時に予想し、その対応策となる必殺技を入力したらしい。目くらましでふいをつかれてもあわてることなく、冷静に。
……か、カッコいい! 相手の反則をものともせず勝利を掴むその様は、まさにヒーローの風格そのものではないか。このまま「てめえは俺を怒らせた」と台詞を決めても違和感なさそうだ。
筐体反対側の様子が気になってのぞき込んでみると、案の定光琉は台の上に突っ伏していた。卑怯な手段に訴えたにも関わらず見事に打ち破られて完敗を喫したのである、そら”合わせる顔がない”とはこのことだよな!
ヒロインがこの有様で、本当にいいのだろうか……




