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第8章:俺の妹は、うるさいくらいがちょうどいい(多分)

大変ながらくお待たせいたしました。


またのらりくらりと、再開させていただきます。

「ごめんね、にいちゃん……」


 光琉(ひかる)がらしくない、しょんぼりした声を出した。うなだれながらも、右手を俺の両眼の前にかかげている。その(てのひら)からは、先刻まで室内で荒れ狂っていた激しくまばゆい輝きとはちがう、淡く優しい光が発せられていた。


 こちらが眼を開けたままでも、全然負担を感じない。逆に、眼球をおそっていた()けるような痛みが、光が注がれるほどに引いていくのがわかる。


 光魔法"慈光(じこう)"。破壊の要素を()ぎ落とし、生命を活性化させる効能に特化させた聖光を患部に照射することで、対象の傷病を癒す回復魔法。


 先程までの騒動が一段落した後、緊張の糸が切れたせいか、俺はにわかに両眼に痛みをおぼえたのだった。わずかな時間とはいえ、あれだけの光の奔流に眼球をさらし一時は失明を覚悟したのだから、網膜にまったくダメージを受けていない方がおかしい。


 眼を押さえてうずくまった俺を見て、あわてて光琉が右手をかざし慈光を発動させたのである。"光の聖女"のみに許されたこの最上級回復魔法を、すでに妹は意識的に使えるらしかった。


「サンキュ、もう大丈夫だ」


 俺は慈光を照射し続けている光琉に声をかけた。実際、ものの30秒も癒しの光を当てられただろうか、もう両の眼には痛みも違和感もおぼえず、完全に平常どおりになっていた。


 前世でもいくどとなく、メルティアに"慈光"をかけられ、戦いで負った傷を癒してもらった。メルティアがこの魔法を使えば、どんな傷も病も瞬時に完治させてしまったものだ。記憶がよみがえったばかりだからだろう、光琉の慈光はまだそこまでには至っていないようだが、それにしたって大したものである。


 光琉は右手を降ろしたが、なおもうなだれていた。意図してのことでないとはいえ、自分が感情を爆発させたせいで俺が失明一歩手前のダメージを眼に負ったことに遅まきながら気づき、落ちこんでいるらしい。


 そうして口を閉じて静かにしていると、まさに前世のメルティアそのままの儚げな美少女である。ついつい見惚(みほ)れそうになるが……反面、普段は半類人猿状態の妹にそうもしおらしくされてしまっては、調子が狂うのも事実だった。


「ほら、いつまで気にしてんだよ。俺の眼もおかげさまで治ったんだから、もういいじゃないか」


「でも……」


 俺はさらに言い返そうとする光琉の頭に右手を乗せ、綺麗な黄金の髪がくしゃくしゃになるくらい撫でまわした。


「あまりむずかしく考えるなよ。そういうの慣れていないんだから。猿でもできる反省も華麗にスルーして、いつでも能天気でいられるのがお前の良いところだろうが」


「……人をなんだと思ってるんだよぉ」


 文句を言いつつも、頭の上を掻きまわされるのが気持ちいいのか、陰のかかった妹の表情が次第にふにゃふにゃと(とろ)けてきた。わかりやすいやつだ。


 俺は光琉の頭から手をはなす。その際、乱した髪をできるだけ手櫛(てぐし)でととのえ直した。せっかくこの世で最も美しい宝石にも勝る玲髪(れいはつ)なのだ、ボサボサのままではもったいない。


「さ、気持ちを切りかえて、さっさと学校に行く準備をしてこい。今朝はずいぶん余計なことに時間をとられたからな、いそがなきゃならんぞ」


「うん!」


 現金なもので、もう立ち直ったらしい。元気よく返事すると、光琉は廊下へと駆け出していった。


 現在、父親は出張で留守にしており、この家には俺と光琉のみが起居している。つまり我が家の当面の責任者は俺ということになり、その役目には妹の教育も含まれている。前世の記憶が戻ろうが魔力が暴走しようが、体調に問題がない以上、おいそれと学校を休ませるわけにはいかないのだ。


「とはいえ……どうしたもんかな、これは」


 俺は先程光琉が暴走したことで、荒れに荒れた自室の中を眺めまわした。


 机やラックの上に置かれていた諸々のものは床に散乱し、ベッドもカーペットも所々が破れている。壁にも小さな亀裂が無数にはしり、窓こそ奇跡的に割れなかったものの、その前にかけられているカーテンはボロボロだ。室内を台風が通り過ぎたような惨状である。これらをかたづける労力を思うだけで、頭痛がしてくる。


 それより何より、目下、最大の問題は現在時刻だ。床に転がった目ざまし時計に眼をやると、その針は、すでに始業時間の10分前を指していた。俺と光琉は、どちらも地元の中高一貫校である静芽(しずのめ)学園にかよっている。校舎や校門、校庭こそ高等部と中等部に分かれているが、それらは同一の敷地内に含まれており、その敷地までは我が家からはどんなに急いでも15分はかかる。先ほどえらそうに「さっさと準備をしろ」と光琉に指示しておきながら、俺の方も妹もろともすでに遅刻確定なのだった。


 普段であれば始業のチャイムがなっても、担任教師が朝のホームルームにやってくるまでには(いく)ばくかの時間があるから、その間に教室に滑りこめば問題ない。しかし生憎と今は、”遅刻予防強化月間”とやらの真っ最中である。朝の時間帯は校門前に生活指導担当の教師が張りついて、逐一遅刻者をチェックしているのだ。


 俺の学年の生活指導を受け持つ鬼首(おにこうべ)も、このところ毎朝校門前で眼を光らせている。いかつく四角い顔に髪は五分刈り、筋肉質な体躯を常時紫のジャージで包んでいる、といういかにもな感じの体育教師で、生徒に対する厳格・苛烈な態度は校内でも有名だった。今のご時世、さすがに竹刀を手に持ちあるいているということはないが、一説にはジャージの内側に特殊警棒を常に忍ばせているとか(どういう教師だ!?)。


 のこのこ遅刻していった所を鬼首に捕まれば、長時間怒鳴られつづけることは避けられないだろう。あるいは、噂の警棒で殴られるくらいのことはあるかもしれない。鬼首の行き過ぎた指導を、問題が表面化する前に学校側がもみ消したという話は、何度も耳にしているのだ。


 考えるだに憂鬱で、さぼってしまおうかという誘惑も一瞬脳裏をかすめたが、妹に悪影響となるような振る舞いを俺がするわけにもいかん。気を取りなおして、登校準備にかかるとするか。


 半壊して立て付けの悪くなったクローゼットを苦労して開け、中にかけていた制服一式を取り出す。シャツのボタンを閉じ、ズボンをはき、ネクタイを結んだところで、室外から声がかかった。


「にいちゃん、はやくきてー!」


 光琉の声は、1階から聞こえてきたようである。てっきり2階にある自分の部屋にもどって支度(したく)を整えていると思っていただけに、少々意外だった。もう着替え終わって、階下へ降りたのだろうか。


 首をかしげながら、俺はいそいでブレザーを羽織りスクールバッグをひっかけると、階段を駆け降りた。てっきり光琉は学校へ向かうばかりとなってドアの前で待っているのかと思っていたが、玄関には影も形もなかった。呼び出しておいて、さっさと先に行ってしまったということもないだろう。では妹はいずこへ?


 疑問はすぐに氷解した。同じ1階にあるダイニングをのぞいてみると、光琉がいた。なんと、パジャマ姿のままである。そしてダイニングのテーブル上には、空のままになった2組の皿とカップ、トースト、ジャム、マーガリン、ヨーグルト、未開封のコーヒーパック等々が並んでいた。


 これは……うん、考えるまでもない、朝食の風景である。奥のキッチンでは、ご丁寧にもコンロで温められミルクが、湯気をあげている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フェイデア界とこちらの現代日本とで、ガラッと空気感が変わりますね(*'ω'*) 切り替えがすごい!!
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