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その9 2人の王子 動く

翌日。


午前は王子の出迎えで、午後から登校したアゼリアは、ウキウキした気分で門をくぐった。


旅から帰った王子に会えたからだ。


しかも、土産以上に嬉しいお言葉を下さった。


せんせいにも、クレアにも会えたし、

今度またお泊まり会にお呼びするお約束も、取り付けた。学院の<先輩方>に、お茶会のお約束も。


学院は、去った所だが、出会った人々は、かけがえのない繋がりだ。


幸せだわ と、アゼリアは噛みしめる。



この幸せを守り切ってみせますわ!


乙女は昨日の勝利に酔う事なく、気を引き締めて準備しようと自分に誓う。




講堂に入ると、ざわっと生徒達が迎えた。


「やあ、ローレイナ嬢。昨日は見事だったね!」


「午前中も、昨日の話で持ちきりでしたわ。2年を打ち負かすなんて、1年の我々も胸がすく思いでした。」


どの生徒も笑顔で彼女に話しかける。


「恐縮ですわ。皆様ありがとうございます。」


アゼリアは驕る事なく控えめな笑顔を見せる。その可憐さに、男子達はぼうっとなった。


「いい気なものですわ。一昨日までは、あれこれ良からぬ事を言っていたくせに」


「ほんと。アゼリア様はお優しすぎますわ」


女友達がアゼリアの横に並んで、こそっと話しかける。


「人とはそういうものですわ。それでも皆様は初めからわたくしを信じてくださいました。感謝しておりますわ」


アゼリアが軽く会釈をして微笑む。その聖母の微笑に、乙女達はきゅんとなる。


「わ、わたくし達、明後日も応援に参ります!参りますとも!ねえ、皆様!!」


熱い想いを叫んだ女生徒のかたをこほん、と咳払いした教師がつついた。


「授業して宜しいですかな、応援団長さん」

あ、あらっ!という声に、皆が笑う。


温かな空気が教室に満ちた。





午後の授業を終えて、生徒達が廊下に出る。


「アゼリア様、お茶は如何?」

「馬鹿ね貴女。サロン対決のご準備がおありなのよ。」


かしましい友達に囲まれて、アゼリア達は階段に向かった。


あっ


赤い髪が揺れた気がして

友達が後ろを振り返ろうとした時


どん

と、背中に圧力がかかり


ガタン!

一段踏み外すと


「…きゃ!」

友達がバランスを崩して、アゼリアにぶつかった。

段を踏み外した彼女は…


「あ、アゼリア!」

「キャアアアアッ」


鞠のように転がる彼女(アゼリア)を誰も支える事は出来ず


「落ちたぞ!」


「誰?誰かがわたくしを押して、…そんな」

ぶつかった友達は、震えながら駆け下りる。

ストロベリーブロンドは動かない。


「アゼリア様っ!」

「ご無礼!」

駆け寄った男子生徒がアゼリアを抱き起す。


アゼリアは、すっと乱れた裾を直し、生徒に礼をして、大丈夫ですと小さく告げた。

ゆっくりと体を離し、髪を撫で付ける。


「お怪我は?」


「…ええ。ございません。上手に転がりましたでしょう。」


彼女の微笑みに、周りはほっと息をつく。


「よかった。まだ試験が続くのに、怪我をしては一大事だった。」


「そうよ。誰ですの!わたくしを押したのは!

アゼリア様、よかった、よかったですわ〜」


詫びて泣きじゃくる彼女をなだめて、アゼリアは左手で支えて立ち上がった。


「わたくし急用がありましたわ。ごめんなさい、皆様。ごきげんよう」


素早い会釈をして、アゼリアは踵を返す。


うっすら汗を滲ませている事に、その場にいたものは誰も気づかない。



ただ一人を除いては。




「そう。怪我をした事は、間違いないのね。」


少女はくるくると巻き毛を指に絡めて、窓辺に腰掛け、外を眺めたまま尋ねた。


「はい。

彼女は段下に落ちた時、右手で身体を庇いました。そして、立ち上がる時、左手だけを使っておりました。急ぎ帰ったのは、治療のためでしょう」


赤毛の女は恭しくかしずいて告げる。


「いいわ。行って」

「御意」


音も立てず女は部屋を退く。


「有能だったろ?」


「そうね。」


メンディス王子が、カーテンの陰から出てくる。

「騒ぎ立てなかったのは、我々に知られたくないからだね」


我々。


わたくしと同じ穴のむじなになっているおつもりなのね。



「いいわ。信頼いたしますわ。殿下。」


アゼリアを事故と見せかけて怪我をさせる

そんな姑息な企てを王子は申し出てきた。


貴女に迷惑はかけない。

この忍びは有能だ。誰にも見つからない。

万が一見つかっても、恋人を取られたと騒ぎ立てる狂女がやった事だ。そうなる。

何、死ぬわけではない。


あの子は私のものだ。軽い怪我に留めるようはからうさ


「サロン対決は明後日だね。

これでアゼリアは楽器を演奏することはできないだろう」

メンディスはクスクスと嗤う。


「…殿下、わたくし準備がありますの。」

ジャーメインはようやく王子の方を向いて無表情に告げた。


「了解。あんまり長居して、あらぬ噂になってはお互い困るよね」


クスクス嗤って王子は部屋を軽やかに出て、派手な会釈をして扉を閉めた。


(嫌な男)

ふう、とジャーメインは息を吐く。

姑息な手を使ってしまった事に少し恥じる自分が可愛いと思う。


(それでも)

あのような屈辱は、二度と受けたくない。


ぱき、という音が手の中でした。


王子から受け取った一輪の花を手折ってしまった。


ふん。


青い花は嫌いよ。




「ねっ!凄いでしょ。素晴らしいでしょ?

お兄様も、みたいでしょ?」


これで何十回目か、という言葉を言いながら、ムシュカがぴょんぴょんする。


「見たくない。

大体、貴族学院に俺が入れるか。」


旅から帰って、義母に会い、旅の出来事の件でやりあった後のため、フェーベルト王子はウンザリしていた。


なにせ浮気疑惑を義母が案じたのだ。

それを(いさ)めると、

(お前があの子を大事にしないから!)

と、義母に逆ギレされてしまった。


もともと寡黙の王子である。

完璧に言い負かされて退席したのだ。


こんな仏頂面で、冴えない兄だが、頭の回転は早く、ムシュカの話は話し始めで、既に顛末(てんまつ)は悟ってしまっている。


この兄があの美少女と相愛なのが、妹ですら信じられない。


「でも!」

ムシュカは食い下がる。


「アゼリアが負けちゃったら、大変なのよ?

お兄様、平気なの?」


「あいつが負けるわけないだろう。

怪我や病気でもしない限り」


王子はしれっと(とろ)けた事を言う。


…あらお兄様、旅で少しお変わりになった?


その時、ノックの音がして、侍女長がお手紙です、と入ってきた。

「わたくしに?

…あら、アゼリア」


開けろ、

と命じる兄には逆らえず、淑女の手紙を人前で開けるはめになったムシュカは、嫌な予感を持ちながら、(ろう)を切った。


「大変!お兄様。

アゼリアが、アゼリアが、怪我を」

「なんだと?」


「貴院の階段から落ちて、右手で身体を庇って。

痛みがあるので、明日のお妃教育はできないと。

どうしましょう!

どうしましょう、お兄様!」


明後日は淑女試験なのに!

まさか


「誰かに」

「ムシュカ」

黙れ、と兄の叱責。


でも!

でも、タイミングが良すぎるわ。

このままでは勝てないと、ジャーメインが企んだに決まっていますわ!


「試験は、7日、だったな」


兄には何か考えがあるのだろうか。

「そうよ。サロン対決。朗読と楽器。」

ああ、よりにもよって、右手なんて!


その時二枚目の便箋に気がついた。

そこには、タイピングの字で

()()()

と、書かれている


「お兄様からと、花束をどなたかサロンに届けさせて。

それから、ピアノをサロンに置いて。」


何?

アゼリア、どうやって乗り切るの?


「7日。花。ピアノ…ふん」


兄は何かを察したようだ。


「いいだろう。俺のはじめての贈り物というわけだ。」

くつくつと兄は笑って、

「侍女長」

と声を張った。


「はい、殿下。ご用命を」

「明日、俺の部屋にガカロ・ボラリナとナレック・バルザックを呼べ。」


かしこまりました、と侍女長が退出する。


よかった。この兄が動くのなら、何か勝算があると言うこと…


ん?

え 初めて?


お兄様、アゼリアに花も贈ってなかったの?

どこまで内気で、俺様なの?


アゼリア、よく我慢できるわね〜



ムシュカは、がばっと兄の手を取って


「お兄様!アゼリアを離しちゃダメよ!

お兄様を慕う女性なんて、アゼリアをおいてほかにないわ!」

と、失礼な事を言った。


兄はもっさりした前髪のまま、


「当たり前だ。」

と、吐き捨てるように言って手を振り払った。


その顔が赤い事に、ムシュカはほっこりした。




11月5日


サロン対決は明後日である










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