その8 お茶会の女主人 男爵令嬢の票
「中座して申し訳ありません。」
さっと人垣が割れて、発言した生徒を通す。
先程退室したシュライカー男爵令嬢である。
彼女はおずおずと前に出て、何かを振り払うように生徒会の一堂に向かって
「わたくしは、ローレイナさんに一票投じます。」
と、やや青ざめた顔をアゼリアに向けながら告げた。
ざわざわと生徒が話し出す。
(でも、席を立ったのだろう?)
(そうそう。投票権があるの?)
「皆様、この方は、わたくしの持てなしを放棄されました。なのに公正な審査と言えるでしょうか?会長、如何ですか?」
ジャーメインは、シュライカー嬢を睨むように、高圧的な口調で発言する。
たかが男爵令嬢ごときに、決定権を持たせてたまるものですか!
シュライカーは、ひるんでおどおどした様子になった。口元を手で隠し、下を向く。
(シュライカー嬢はもともとか弱い人。
ジャーメインが怖かったでしょうに
頑張って声をあげたのに…)
ムシュカは蛇に睨まれた雛鳥のようなシュライカーに同情する。
「む。公爵令嬢の仰ることに一理ある。では」
「お待ちを。
まだ、シュライカーさんの理由をお伺いしていませんわ。」
ムシュカが割って入る。
「彼女の理由をお伺いしてから、その票が有効かどうか判断してもよろしいのではなくて?」
(やはり)
ジャーメインは口の中で舌打ちをする。
これで王女は、アゼリア側とはっきりした。
メンディス殿下の言った通りだ。
「しかし、棄権と言っていい方の言い分など」
「いいえ。彼女の退室には正当な理由がございますわ。」
アゼリアである。
アゼリアが、きつい表情で会長を睨む。
その冷たい瞳に、会長は気圧される。
「 何?自分に有利だからと、横紙破りは許しませんよ。」
ジャーメインの反論にアゼリアは
「…ご自分のなさった事に、お気づきにならない?では、わたくしがお教えしますわ。 」
と、向き直った。
先程の柔らかな雰囲気とは正反対の、有無を言わせない様子に、周囲はしん、とした。
アゼリアは続ける。
「 シュライカーさんは、キクアレルギーです。」
「それが何?菊などあの部屋には無かったわ! 」
「貴女は、もてなしをなさる時、事前に客人の状況を調査なさりませんの?
ご様子に気をお配りなさりませんの?
テーブルのコスモスとガーベラはキク科の植物です。」
(えっ)
その言葉に押されて、シュライカー嬢が口を開く。
「キクアレルギーは劇症型が頻発します。
わたくしは幼少期に発症しましたが、近年は落ち着いておりました。
でも、なるべくアレルゲンには近づかないよう気をつけて過ごしております。」
アゼリアは皆に説明を続ける。
「ですからこの方、とても緊張されて。
ですがカムル嬢に遠慮なさって我慢されたのです。」
そんな……
「なのに追い討ちをかけように、カモミールティーだなんて!あれもキク科です。体内に直接アレルゲンを入れる行為を強いられて…
お可哀想に、シュライカーさんは、一口もつけずにご退室されたのです。キク科アレルギーの劇症型がどれほど重篤かご存知なかったのですか。」
アゼリアの真剣な表情は、もはや勝負を越えていた。
「お客人の健康も気遣えないなんて。
もし、わたくし達の争いで死人が出たらどうしますの!」
その場の全員が、しん、とした。
遊び気分で成り行きを見ていた者や、覇権争いを面白がっている者が大半であるからだ。
教師達も生徒会長も、冷水を浴びたようになる。
シュライカー嬢が静かに告げた。
「 ローレイナさんはご自分の執事を寄越して様子を気遣って下さいました。お茶には口をつけてないので大事ないとお伝えしましたが、念のため、と学校医をお連れ下さったのです。
わたくしの健康状態まで把握なさって茶会を催し、更にわたくしの退席を気遣って下さったローレイナさんは、まさしく淑女の御心をお持ちです。」
シュライカーは、アゼリアに淑女の礼をし、2人の生徒の横に並んだ。横の生徒は少し微笑んでシュライカーを迎える。
6対5
ジャーメインは、わなわなと小刻みに震え出した。紅潮していた顔は、今は青ざめている。
「 認めて良いのではないかな、生徒会の諸君。
では、締めくくっていただこう。」
これ以上は、公爵令嬢に完膚なきまでの羞恥を与えてしまうという、校長の言葉である。
ムシュカは、はっと我に返ってハンマーを叩いた。
カンカンカン!
「審査はこれにて終了です。
6対5
お茶会 女主人の試験は
アゼリア・アズ・ローレイナ侯爵令嬢の勝利といたします。」
ムシュカの高らかな声に、生徒達のわああぁっ!という歓声が湧き上がった。
作法の教師が生徒達に話し出す。
「皆さん。もてなすという事は、客人主体に物事をあつらえる、という事ですよ。お客様の立場や状況に応じて、居心地よく過ごしていただく、そのために主人は最善の選択をするのです。
成人されたあかつきには、皆さんが身につけなくてはならない心根です。
ローレイナさんの思いやり。
カムルさんの最上級のあつらえ。
よい授業となりましたね。」
ほほ、と淑やかに締めくくる。
教師としてのフォローであろう。
けれど、この場にいたものは、みんな同じ思いを持っていた。
淑女として人として
今日はアゼリアが優れていると。
「悔しい!悔しい!
何よ!命が危ないなら、その場で言えばいいじゃない!結局、あの女、シュライカーの安全より、わたくしに恥をかかせたかっただけじゃない!」
公爵邸の自室でジャーメインは声を荒げていた。
クッションが宙を飛ぶ。
何をしても、どうあっても、高ぶる気が収まらない。
なんて意地の悪い女!
後出しなんて姑息な!
「お嬢様」
侍女が入室の許可をとり、トレイを掲げて入ってきた。
「メンディス王子殿下からでございます」
「…王子が。」
白い封筒には、薔薇の香りのカードが入っていた。
先の提案
再度 ご検討を
メンディス
(手を取れと)
私と組めば、貴女の兄上への入内は、可能になる。
私はお下がりの、彼女をいただこう。
何、兄上と後継争いなぞ、私には興味はない。
私達の目的は同じだ。
ジャーメインはしばし考えを巡らせて、ふ、と笑みを漏らした。
(本気なのね。いいわ。)
「エリス。」
「ここに」
「お返事を出すわ。使いを呼んで」
「承知」
王子を手玉に取って、棄てるのもまた一興。
あの女、次はただでは済ましませんわ。