その7 お茶会の女主人 判定
「お、出てきたぞ。」
「終わったようだな。どっちだ?」
判定は二つの会議室の扉が面した小ホールで行われた。
生徒たちが見守る中、招待客役の2年生生徒と、校長・副校長・作法の教師が並んだ。
「では、判定に入ります。右のローレイナ嬢の茶会が優れていると思われた方は、右へ。
左のカムル嬢だと思われた方は、左へ。
学生の客人はご移動を。」
“招待客”の生徒がしずしずと移動を始める。
(…どっち?)
ハラハラしながらも表情を崩さず、ムシュカは成り行きを待つ。
「-2対5。学生票は、ジャーメイン・エリ・ド・カムル嬢!」
わああっ!と歓声が上がる。
「やっぱりね。なんといっても公爵令嬢。」
「器の違いだな。」
生徒たちが口々にジャーメインを誉めそやす。
(アゼリア…)
ムシュカはアゼリアを見つめる。すると、視線を感じたアゼリアが、にこ、とほほ笑んだ。
(―?)
何だろう、あの余裕は。
どんな泣き顔か、いい気味だ、と、横目で彼女を見たジャーメインもいぶかしんだ。
「それでは次に、教師票をお願いします。
先ほどの学生と同じように、ご移動下さい。」
すると。
(何てこと!)(な、ぜ?)
アゼリアだけが、にっこりとほほ笑む。
「…教師票は、すべて、アゼリア・アズ・ローレイナ嬢。」
硬い生徒会長の声が響くと、生徒たちが沸き立った。
「やるな!アゼリア嬢!」
「大人が全員アゼリア嬢なら、アゼリア嬢の勝ちでは?」
「どうかな。数的には5対5。互角なんだが」
(どういうこと?先生方を懐柔したということ?)
圧倒的勝利を確信していたジャーメインは、怒りすら覚える。
「納得がいきませんわ。お一人ずつ、ご判断のわけをお聞かせ願えるかしら?」
ジャーメインの進言に、会長は即座に
「そうですね。根拠を明らかにしましょう。
そうすれば、判定の精度があがるというもの。
では、学生側から。」
と進行した。
「え……わたくしは、あれほどの調度や茶器、お目にかかったことはございません。ですので、カムル嬢に。」
「私もです。素晴らしいカップでした。銀器もふんだんに。」
「わたくしは、ローレイナさんです。
とても品があって。
お茶やお菓子をくつろいでいただきました。」
「たしかにローレイナさんのおもてなしは、きめ細やかでした。でも、わたくしカムル様の豪華さに圧倒されましたわ。」
ジャーメインは得心して誇らしげである。
当たり前だわ。
「次に、教師票について、お願いします。」
すると、作法の教師が、
「理由など自明の事。ただいまの皆さんの言葉がすべてではありませんか。」
と、上品なしぐさで生徒たちに掌をかざした。
「どういうことです?」
会長がいぶかしむ。
「生徒さん達、カムロ嬢の方は、お部屋のあつらえや器の素晴らしさをほめたたえておいでました。一方、ローレイナ嬢の方は、お二人どちらもそのおもてなしを褒めておいでました。」
(あ…っ。)
(…うっ!)
ムシュカもジャーメインも同時に悟った。
アゼリアは変わらぬ表情で作法の教師を見ている。
「今回のテーマは、茶会の女主人、です。
客人をどうおもてなしなさるか、その力量が問われます。
女主人は、客人に、また会いたい、茶会に招待されたいと思わせることが大切です。
ローレイナ嬢の部屋では、皆さんくつろいでお話されたりお菓子をいただいたりしました。一方カムル嬢の部屋では、皆さんその茶器についてご質問され、女主人がお答えするという成り行きでした。これを会話とは申しません。その意味で、わたくしは、ローレイナ嬢の茶会を選びます。」
「ありがとうございます。先生。」
「…。」
形勢が変わる。さらに
「わしは、居心地で選ばせてもらった。この年になると、茶器なぞいくらでも見てきたからな。ローレイナ嬢の椅子は、背もたれも柔らかくクッションがあって、大変良かった。」
「ふふ。校長先生が少しお腰を悪くされていることは存じ上げております。」
「やはり。気遣いがありがたかった。」
「恐れ入ります。」
ここに至って、俄然アゼリアが有利となる。おまけに副校長までが、
「わたしは美術教師として判断しました。いかに部屋が素晴らしくとも、人が入ってこその調度です。」
「…どういうことですか。」
「お分かりになりませんでしたか?それでは、客人の生徒たち、今一度それぞれの部屋に入ってお座りなさい。扉を開けておこう。ここからご覧いただけば、私の言いたいことが分かるはずだ。」
(なに?何が悪いと言うの?)
混乱するジャーメインに対し、アゼリアはゆとりさえ感じさせる様子だった。
アゼリア側の部屋には2人、ジャーメイン側には5人が席についた…
「あ」「ああ!」「な、なるほど…」
2つの扉の向こう、切り取られた絵のような景色がー
(まあ!アゼリア、すべて計算していたということ?)
ムシュカは興奮してきた。なんとあの美少女は、社交の才をもっているのか!
「確かに部屋の調度は、カムロ嬢の方が一枚上手でした。高貴な赤の繊細な色彩の違いが美しい。けれど、彼女は客人のことを考えていなかったのですね。」
扉から見えるジャーメインの方は、その高貴な中に生徒達がくすんで見える。二年生の制服はえんじ色。茜や真紅、テーブルのえんじで、制服がぼやけてしまった。
一方アゼリアの部屋は、ブルーが基調。生徒たちがくっきりと引き立つ。
「おまけに生徒たちも我々も、制服とお仕着せの仕事用の服装。茶会の格と客人の身なりが違いすぎる。これでは招待された客人が恥をかくというもの。」
(ああ、それでアゼリアは品が良くてもシンプルに統一したのね!貴院という会場と生徒という客の設定を考慮して!)
「相手を考えて対応したローレイナ嬢の方が女主人として優れている。物ではない。人なのだ。」
副校長の言葉に、ジャーメインは真っ赤になった。
「し、しかし、数は同数。
ここは、引き分けと…」
会長が慌てて裁可しようとする。
「お待ちになって」
会場の隅から、声が上がった。