その6 淑女試験① お茶会の女主人
「それでは審査を始めます。
今回の試験は、3つあります。
まず、茶会の女主人です。
招待状は、2年生の8名を生徒会で無作為に選びました。招待客役の方々については、一昨日双方にお伝えしてあります。
右の第一会議室が、カムル嬢の誂え。
左の台に会議室が、ローレイナ嬢の誂えとなっています。」
ムシュカ王女の進行で、淑女試験が始まった。校長・副校長・作法の教師も審査員である。
選ばれた生徒たちは部屋の戸口で待機している。その他の生徒は窓から会場が見える中庭に群がっていた。
「では、ローレイナ嬢の方から審査をお願いします。
校長先生から順に、招待された生徒の皆さんも、お入りください。」
(いよいよだわ。アゼリア、がんばって)
ムシュカはどきどきしながら、検分の生徒会として、続いて室内に入った。
「皆様、ようこそお越し下さいました。
どうぞお座り下さい。」
アゼリアは優雅な所作で、客人を迎えた。
アゼリアの部屋
白い殺風景な室内にテーブルと椅子は双方同じものが準備されている。そのアレンジのセンスが問われるのだが、部屋は素晴らしい気品と清楚さがにじみ出ていた。
アゼリアはその椅子の背もたれに白地の中央に青と金の刺繍を施した布をかけ同じ布地のクッションを置いた。テーブルクロスは、薄い水色に上品な金の刺繍。窓にはゴブラン織りの重厚なカーテがンが美しく折りたたまれ、金紐で結びタッセルを下げている。
ローレイナ家の執事と侍女が、案内し着席を促す。
「まあ、なんて上品な」
「お菓子のかわいらしいこと」
「カップもセッティングも、爽やかなお色にそろえてありますのね。」
茶器はラピスラズリの青にこちらも金の縁取りがあるものを出してきた。
茶菓子には、銀食器を使っている。焼き菓子、サンドイッチ、小さな花に見立てたプチケーキなど、一口で入る大きさにそろえてセットし、所々に秋の実や葉をあしらい、温かみのあるオレンジの硝子の器には、青い花々と瑞々しい葉で整えられたアレンジメントになっている。全体に白と青を基調とした清楚でシンプルだが、品の良い誂えとなっている。
(勝ったわ!)
ジャーメインは内心勝ち誇った。
こんなお粗末な、質素なセッティング、公爵家ではありえませんわ!
アゼリアは、優雅に校長・副校長…の順に、紅茶を注ぐ。その所作はわずか14歳でありながら、女主人としての風格をたたえており、作法の教師は深くうなずいていた。
「皆様、本日のファーストティーは、王領の茶葉を使いました。
渋みのある美味しさとブレンドしたベルガモットの香り、アールグレイをお楽しみください。」
(さすがね。この茶葉の性質をよくわかってブレンドしているわ。
そして、菓子の味わいを損ねない香り…。
二杯目をミルクティーにするのも、アールグレイならではの飲み方。王道ね。
誂えも。シンプルだけど、どれもこれも上質なものであることは、間違いないわ。)
ムシュカはアゼリアの洗練されたセンスに感じ入った。
生徒達は、試験という事を忘れ、談笑する。時折アゼリアが微笑んで、話題を変えて、また皆がおしゃべりに興じる、といった感じである。ファシリテーターとして自然な振る舞いに、アゼリア自身が決闘であることを忘れているのでは、と、ムシュカが戸惑う程だ。
「そろそろ、宜しいでしょうか。公平に時間を使いましょう。」
会長が促す。形勢がよろしくないと、感じたのか、とムシュカは意地悪くほくそ笑んだ。
次はジャーメインの部屋。
「まあ!」「おお!」
扉を開けるなり、生徒たちの驚きの声があがる。
(…なんて、豪華な…)
その誂えは、ジャーメインそのもののようだった。
重厚なカーテンが重く重なり窓のほとんどを覆うようなドレープを描く。隣の部屋と同じテーブルと椅子の下にエンブレムを施したラグを敷いて、部屋はカーテンとラグによって王宮と見まごうばかりの誂えとなった。部屋の角には青磁の器に大輪の百合と白薔薇。深紅と茜色を基調にした部屋とテーブルクロスが白い花々を引き立てる。
皆が席につく。ほお、とため息がでるような茶器の数々。ロココ風の曲線が美しい銀器たち。茶器もえんじを地色に金でカムル公爵家の紋章が入った品々である。テーブルの真ん中には白いガーベラとコスモスでフラワーボールを作り、飾られている。こちらも白が赤やえんじに映えて美しい。豪勢な中で、可憐さのアクセントといったところか。
「まずは、先ほどのお口直しに、カモミールティーを。」
その時、ちょっと、と席を立った女生徒がいたが、ジャーメインは続けて話す。
「…カモミールには気持ちを鎮める効能がありますの。お口もさっぱり爽やかになりますわ。
セカンドに公爵家秘蔵のダージリンをお楽しみ下さい。」
(口直しですって?なんて嫌味。)
それでもジャーメインの誂えの素晴らしさをムシュカも認めないわけにはいかない。カムル家の総力で臨んだと言っていい。
「このカップは?」
「カムル家秘蔵のコレクションです。お祖父様の代に…」
「では銀器も?」
「いいえ、そちらは……」
得々と説明をするジャーメインを中心に、茶会は進行していく。光り輝く女主人、である。
(拙いわ。このままでは…)
ムシュカはじりじりしながらアゼリアを見るが、彼女は何ら動じず目を閉じていた。
(ふふ。いい気味。さあ、敗北を認める事ね!)
ジャーメインは横目でアゼリアに冷笑する。
その時
アゼリアが僅かに手を動かし、執事を呼んだ。そして何やら指示を出し、執事は恭しく礼をして退出した。
(逃げ出す馬車でも用意させるのかしらね。ふふ。)
ジャーメインの目配せに、会長がうなづく。
「そろそろ判定に入ります。
皆さん小ホールへ」
ジャーメインはこの時忘れ去っていた。
退席した一人の女生徒の事を。
イギリス上流階級でのお茶会は、女主人が客人にお茶を注ぎます。アズーナはそれに準じたしきたりとしました。