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その4 王宮にて

ムシュカの部屋は王宮の東の宮殿にある。


授業が午前で終わる日は、アゼリアはこの東の宮で、王太子妃候補としての教えを授かっている。

王家の慣習や作法、心得などは、ここでしか学べないからだ。


そのご講義が終わると、フェーベルト王子とお茶をするのがこのところの決まりとなっていたが、あいにく王子が留守なので、ムシュカがもてなすことにしたのだ。


「淑女試験は、茶会・サロン・夜会、と決まったわね。」

部屋の中、砕けた口調で王女は話しかける。


「ええ。お達しが届きましたわ。」

アゼリアは優雅なしぐさで侍女からティーカップを受け取る。


淑女試験。


ムシュカは会長に対抗して、その試験内容の選定には強権を発揮した。


生徒会長の手が回らないうちに、客観的かつ公正になるよう、校長副校長を巻き込んで、それぞれの担当教師に審査を頼んだのだ。


「大丈夫?と、お尋ねするのは失礼とはわかっていますが。ごめんなさいね。生徒会は中立を保つために試験の基準や詳細は知らされていないの。」


「いいえ。返って好都合ですわ。

生徒会がジャーメインの一派で占められていることは、存じ上げています。

公平な審査をしていただきましょう。」


にこ、と微笑んでカップに口をつけるアゼリアは、女から見ても清楚で愛らしい。


淑女試験などと基準の曖昧な試練より、決闘という、相手より秀でれば勝ちとわかりやすい試練に持ち込んだ策士には見えない。


「それにしても、なぜジャーメインは、わたくしを」

そうね。


それを彼女に伝えなければならないわ……。

ムシュカは声をひそめた。


「アゼリア。貴女が退学となれば、どのような顛末となるか、おわかり?」


美少女は、ふふ、としたたかな笑みをたたえる。


「お父様もお兄様も、わたくしをかばうことはできないでしょう。

まずは、婚約破棄。そして。

…侯爵家に泥を塗った娘など行く末は知れています。

よくて領地に軟禁か、修道院。

最悪の場合は、追放、でしょうか…。」




「そうはならないように、私が取りはからいますよ?」


唐突な男性の声に、ムシュカはぎょっとする、が、さすがは王女、外には驚きを出さない。


「ーメンディスお兄様。

お来しの声かけもご挨拶もなく、無礼ですわ。」


メンディスは、にやにやと扉の前に立っている。


アゼリアは、す、と立ち上がり、カーテシーをする。

「ごきげんよう。メンディス殿下。」


その流れるような所作と、どの動きを切り取っても完璧な美しさに、王女も王子も、さすが、と感じ入る。


「無礼は承知。貴女がいらしていると聞いてね。

しのんでこちらに来たわけだ。」


「何をたくらんでいらっしゃるのかしら」


ムシュカはこの兄が嫌いだ。顔には出せないが。



「怒るな怒るな。私が総会で提案しなければ、呑気に茶など飲んではいられなかったろ?」


メンディスは馴れ馴れしくアゼリアの隣の椅子に座る。それを見てアゼリアは無言で更に下座の席に移動し腰掛けた。


どこまでも礼節ある態度に、やれやれという顔をして、メンディスは肩をすくめる。



本当に軽い人。

ムシュカはむっとしながらも、兄の言う通りだという冷静さは持っていた。


「お兄様、お話を」

「だから。私がお味方しよう、と言っているのだ。

 あれでもジャーメインは優秀だぞ。

 そして、反王妃派が彼女の後ろ盾にいる。」


なんですって?

やはり…


ムシュカの母ベルロット王妃と、メンディスの母ロゼリナ宮妃。

ロゼリナは隣国の王女という身分から、側室ではなく第2正室という変則的な入内をしたため、彼女には単独で宮の称号が与えられた。

よって、王宮や枢密院は、この二人の女王の名の下に二派に分かれているのが実情だ。


「…いいの?反王妃派はお兄様のお取り巻きでしょ」

「相変わらずキツいな。

 ジャーメインが狙っているのは、フェーベルト兄上だ。」


え?


「アゼリア嬢が婚約破棄となれば、王太子妃候補がいなくなる。反王妃派は、ジャーメインを後釜に据えて、王妃の弱体化を狙っているのさ。」


なんということ!


「フェーベルト兄様を取り込もうと。そして母との分断を企んでいるという事ね。」


亡くなられた先の王妃の一粒種、フェーベルト兄は優秀。学生の身で、早10年先の治世を視野に入れている。このままなら王太子、そして国王につくのは確実だ。

母ベルロットは、姉の死後残された赤子の王子の養育を他人に委ねたくないと、入内し正妃となった。

兄上は叔母としてより義母(はは)として、義理堅く王妃を慕っている。

この先父王に何かが起きても、ベルロット王妃の権勢は盤石のはず。


その兄上と母のつながりを絶とうという魂胆か。



狡猾(こうかつ)なロゼリナ宮妃らしい。

我が子を王にするよりも、王妃の力を弱める方が上策と考えたか。


「私は王の器ではない。母はそう踏んだのであろうよ。フェーベルトの治世となったとき、自分の身を立てるためには、息のかかった王妃を擁立したほうが、フェーベルトの廃嫡を狙うより易いと考えた。」


なるほど。筋は通っている。宮妃派ならば、アゼリアの醜聞を準備することもできよう。それに乗って堂々とジャーメインが打って出た振る舞いも合点がいく。

この兄がアゼリアにつくのも、母妃に見切られた反抗ということか。それとも、何か魂胆が?


「アゼリア嬢。私が手を回そう。

どうせジャーメインの事だ。汚い手を使ってくるだろう。

生徒会長は彼女の派閥だ。ムシュカが副会長でも、生徒会も貴女の敵と言っていい。

教師達を丸め込むことも厭わない。貴女の為なら。

……私と手を組んで損はない。貴女が私の手を取ってくれるなら。」


獅子王と称された初代に似た、金髪の美しい王子は、にやにやとアゼリアを舐めるように見る。

アゼリアはまっすぐ王子に向き合い黙っている。


この馬鹿兄、なに口説いてんの?

何?贔屓にしてやるから俺のモノになれ、とでも?

ここまで、馬鹿でいやらしい奴だったの!


ムシュカが口を開こうとしたときに、侯爵令嬢がにっこりと微笑んだ。


「殿下。お気持ちだけお受け取りしますわ。

わたくし、公正に、認めさせたいのです。

思えば、王太子妃候補として、わたくしの力量を示すことなぞ、今まで有りませんでした。

王院学院では、わたくしは縮こまったウサギでしたわ。」


アゼリアは、すっと静かな目に光を宿して告げた。


「でも、わたくしの本質は、雌豹(めひょう)ですの。

これしきのこと、一人で立ち向かえずしてどうして王太子妃候補といえましょう。

フェーベルト様も、姑息な手を使うわたくしなぞ許すはずがありません。」


その凛としたたたずまい。顔立ち。

震えがくるほど、美しい。


「私の手が姑息だと?」

ぴく、とメンディスのこめかみが動く。


「もし負ければ貴女の立場はない。」

「もとより命をかけました。」


「私なら、貴女の助命も可能だ。いや、たとえ負けても、私が貴女を(めと)ろう。

国一番の美女と、金獅子王子。誰もが認める似合いの王弟と妃。私達なら、ひょっとしたら、皆が王にと擁立するやもしれんな。」


!!

ほっんとうに、この低脳!


ムシュカは開いた口がふさがらない。さすがに沸点の高い王女でも腹が煮えた。


しかし。


ほほほ…。鈴を転がすような声が桜貝から漏れだした。


「畏れながら。

 メンディス殿下は沢山の女性が焦がれるお方。

 お戯れが過ぎると、それこそ貴族社会でわたくし生きてはいけませんわ。」


あ、と口を開こうとした王子を制して、彼女は続ける。女豹の瞳で。


 「お気持ち、嬉しく思います。

 どうぞ、わたくしの戦い、

 高いところからごらん下さいますようー。」


これ以上、話はない、と言わんばかりに、アゼリアは立ち上がり、再び淑女の礼をとった。

その(たたず)まいは、高潔さで王子を圧倒する闘う王妃の姿だった。









もしよかったら、前作

いじめ対応マニュアルー転生教師はクビをかけて貴族令嬢を糾弾するー

を読んでいただくと、何言ってんだ( *`ω´)が、鎮まるかもしれません。

結構頑張ったので、よろしくお願いします

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