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その32 それから

「おはようございます。お嬢様。」


朝食専用のテラスに座ると、後方からティーポットを捧げた銀縁メガネが現れた。


(よくお眠りでしたね。公爵様も奥方様も、お出かけになられました)


「そう」

気怠い声でジャーメインは応じ、

濃い目にして頂戴、

と伝えた。


執事は動かない。にっこりと固まっている。


ジャーメインは心の中で舌打ちをして

(こ、こいめにして、ちょうだい?)

(お嬢様)

(な、に?)

(イントネーションが違います。

 もう一度)


……くうーっ!

この、腹黒!


(濃い目に、して、頂戴!)


真っ赤な顔でシャナ語でリピートする彼女に、紅茶を注いで執事が頷く。


「お上手です。」


偉そうに言ってカップを前に置いた。

(こ、濃い目って)

(そうおっしゃると思って濃い目を入れてあります。お嬢様は寝坊すると必ず濃い茶をご要望ですから)



ふん!ふん!何さヴォルのくせにっ!

なんであんたの方がシャナ語を敬語までマスターしてんのよ!



ジャーメインはサラダのルッコラをグサグサさしながら罵倒の言葉をシャナ語で探して、プンスカしていた。



あれから1ヶ月。


王の勅令に王都は激震が走った。


メンディスの廃嫡と彼の遁走。

伯父のシャナ国に逃げたのだとする者、既に王家の手で討たれたという者、様々な憶測が飛び交ったが、


  息子は2人しかいないよ?


と言ったという王のあり様が畏れと共に貴族の口を噤ませた。


そして、ムシュカの宮家創設。

王女は内親王として王家に残り、ムシュカ宮親王を拝する事となった。

無論まだ16歳。

成人を待っての事だが、彼女が女性ながら内政に関わる位置に立つ事はこの国始まって以来であった。

ここに至って、貴族の勢力分布は大きく変化する。


枢密院議長がムシュカ宮の創設準備長となり、後見が決まった。ロゼリナ派の分断がなされ、反フェーベルト派は縮小した。だが、反開発派や旧弊な古老達は、強固である。

その中間にあり調整する役割が、カムル公爵に課される様態となった。


それから……


(お嬢様は4月には、シャナにお移りになるのですから、日常生活でもお使い下さいませ。)


そう。わたくしはシャナの王家に入り、お妃教育を受ける事となる。


皇太子は18歳。

シャナ国の成人は二十歳なので、あと2年で婚姻を結ぶ。どんな男かも知らない。写真絵が届いたけど、立ち姿なのでさっぱり顔立ちが不明だ。


社交は禁じられているが、毎日入れ替わり立ち替わり教師がやってきて、シャナの言葉、作法、習慣、歴史、王族貴族の系譜、文化、女性の嗜み……溢れるくらいの勉強をこなしていて、暇が全くない状態なのだ。


学校も辞めた。

今更アズーナの学校など無用なのだから。


友達に会えないのが辛いわね。

―自業自得なのだけれど。


伯父上の図らいは、わたくしへの罰と救済。

このわたくしに落とせない男もいないし、異国の女達に負ける気もないけどね。

 


(お嬢様)

(なに)

(午前のうちに、お礼状をお書き下さい。インク壺は()()()()()()()()()()


ダン!

と、ジャーメインの拳がテーブルを叩いた。

更に赤くなった顔を、しれーっとした執事に向けて


(気の利く執事だ事!)

と、早口で言った。


(素晴らしい発音です。お嬢様。)

無表情のまま、一礼をしてヴォルは傍室に去ろうとし、

踵を返して

(チーズはお残しにならないよう。怒りっぽい時はカルシウムです)


そう言って、はしたなくも足をパタパタさせているお嬢様を振り返りもせず扉を閉めた。



「まあ!まあ!まあ!」

王宮東の宮では、ムシュカの黄色い声が響いていた。

王妃に謁見してきたアゼリアが立ち寄ったのだ。そして先程から女子トークを繰り広げていた。


「それで、ねっ、それで?」

「ふふ。フェーベルト殿下ったら、王院のリーゼンバーグせんせいにご相談したそうなの。このせんせいは先進的な思考と発想をお持ちなの。クレア様がわたくしと仲良しだと証明するにはどうしたらよいかと。」


きらきらした瞳でムシュカがアゼリアの手を握る。

「ほんとーっにお兄様はアゼリアにぞっこんなのねえー。」

と、とろけた声を出した。


ほんと、この王女が、あのような企てを完遂するなんて。

でも、事実なのだ。メンディスの手紙を偽造し、夜会で恥をかかせ、生徒総会で会長を罷免し、全てはメンディスの陰謀であると持ち込んだ。


上手くすれば、その後ろの宮妃、そしてその後ろ盾の人物もあぶり出すつもりだったようだ。


だが、王が宮妃を切り、宮妃派を崩し、そこまでとなった。

貴族にまでこの禍に巻き込むつもりは王になかった。今貴族を切って反目を持たれるのは、王家に不利益となる。それが王の判断だった。


議長にムシュカを委ね、公爵の親王復帰を断ち、臣下の長として中庸の位置に立たせる。ジャーメインをシャナに嫁がせる事で、彼の国へも面目を立てる。


飄々としつつも、あっという間にこれだけの事を指示した王は、やはり喰えない御方だ。


アゼリアはその王が舅となるのだ。

ムシュカの腹芸を自分も学ばなければ、と思った。


「で、その先生はどのように?」


「クレアを仕込みましょう!と。

 で、親衛隊のお姉さま方とせんせいが…プロデュース?とやらを」


つまり


クレアの素質を最大限に引き出し、

男装の麗人

貴婦人のアイドル

憧れのお姉様

耽美な女貴族

を作り上げてしまった。


「そこで斜め45度のにっこり!」

「はい、ウインクー」

「投げキスは二本指!」


先生の指導は鬼のようで、クレアはドンドンとヤケになり、そのうち相手役の女子生徒が陥落するのを楽しむようになっていった。


「はい!これが壁ドン。そしてっ!これが顎クイ!いいこと?そうっ。いいよお!あーっ、そんな応用までっ!!…もういい!クレア、ヒェーッ!」


かくして親衛隊全員の気絶という免許皆伝をとったのが夜会本番の日であった……


ムシュカが出会ったクレアは、既に貴公子に仕上がった状態だったという訳だ。


「学院のお姉様方ったら。え、と、トールマーレさんだったかしら、夜会のクレアの写真絵を商会を通じて売り出しましたの。」


「えっ?どれ?どんなの?」


アゼリアはニコニコと、ポシェットから取り出してテーブルに並べていく。


「これは上半身。

こちらはわたくしとダンスをするクレア。

こちらはミーアをかばうクレア。

こちらはミーアを抱き上げたクレア。」


お、あ、ま、はあ〜


ムシュカは並べる毎に染まった頰に手を当て反応する。

アゼリアはちょっと躊躇(ちゅうちよ)して


「…そしてこれが、わたくしを顎クイするクレア」

「……!」


 う、うつくしいっ〜〜〜

 わたくしにも、してっ!


はしたなくも王女の裏返った声が響き、身をよじった王女はクッションごとカウチから転げ落ちた。


「わたくし家宝にしますわ。

こればかりはフェーベルト殿下にお見せできませんもの…」


がば、と王女が起き上がり

市井(しせい)では、こ、これが出回っているってこと?

大丈夫なの?貴女?

クレア様はっ?」


アゼリアはうふ☆と首を傾け


「大丈夫ですわ。ダンスのわたくしは後ろ姿です。こちらの出回っているのはわたくしの顔の所に穴が空いていますの。」


「穴?」


「写真絵売り場で横顔の写真を撮って現像してもらい、ここに自分のを貼るんですって。クレアに顎クイされる自分、という写真絵の出来上がり」


  くう〜〜っ

  うわあ!欲しい!


ムシュカが身を捩る。

「そして」

アゼリアは大事に写真絵を仕舞いながら


「市販のは裏にヴァレリオーズの観光地シエンが乗っていますの。

 シエンのスパ 岩盤浴

 温水プール エステ 

 ワイン工房 カルデラ湖見学

 貴婦人の旅に最適!って。


それから

 王都からシエンまでの豪華列車の宣伝と。

え、と、バーター?

先生がそう仰ってましたわ。

クレアの肖像権を買い取るかわりに、シエン観光をPRして、イーブンにするのよ、って。」


なにやら難解な言葉が混じるが、成る程商会もヴァレリオーズ領も得策ということか。

クレア様もやり手ですこと。


「で、わたくしの肖像権のかわりに、原板のこちらを頂いたという訳ですの☆

 そして、そして、シエン観光にわたくしを招待しますって!

 …春休みが楽しみですわー」


アゼリアが、ほわほわするのを恨めしげにムシュカは上目遣い。


ん、もう!

クレア様を夜会に招いたのはわたくしなのに〜




先生は転移者でした。

それは前作で。

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