その30 手紙の真実
「次代の王。
つまりメンディス王子殿下は王太子になると。
これは面妖。いつ」
王妃が宮妃を睨め付けた。
「わたくしの甥、姉の愛し子、わたくしを母と呼ぶフェーベルト殿下を超えたの?」
それとも
「あの子を亡き者にするおつもり?」
宮妃はその迫力に押されて返す言葉を一瞬呑み込んだ。その間隙をついて、
「これは謀反です。王妃殿下。」
(ムシュカ)
「兄上の婚約者を貶めたのが目的ではなく、本当の的は兄上。
アゼリアの失脚をなし、醜聞を真実とし、それに関わる兄上をも廃嫡せんとする陰謀が透けて見えます。
このように、公爵令嬢に、次代の王を名乗る事こそ、その証拠。
次代の王に逆らうな
そのような脅しも読めますわ。
カムル令嬢は、このような脅しに、
頷くことも背くこともできなかったのです。
だから、何もお書きになれなかった。」
ムシュカの長長舌が続く。
「白い紙は、拒絶にも降参にも使います。しかし、賛同には使いません。彼女は、屈したのです。第2王子の圧力に。それなのに」
ムシュカはジャーメインを見遣って、
「…共謀?首謀?いいえ。
メンディスは、いたいけな御令嬢を生徒会長にそそのかさせ、手を上げてしまった彼女をこのような手紙で縛り上げてしまった。
それでも彼女は、夜会でそして生徒総会で、おのれの罪を認め謝罪したのです。わたくしは」
ムシュカは再び父王の署名を取り出して、
「国王の名のもとに、彼女を裁きました。野望を秘したメンディスに脅され、侯爵令嬢に狼藉を働かんとしたことを黙認した相応の罪を与えました。」
如何でしょう、王妃殿下。
ムシュカは凛とした立ち姿のまま、母君に尋ねた。
(合格)
王妃は
「……第2王子の手紙は預かります。わたくし達女の手に余る。然るべき所に渡しましょう」
ひ、ひっ!
「あ、あれは!あやつは病気!正気ではないのだ!痴れ者の書いたものなど!
…本当のあれは、浮かれた怠け者。謀略を企む知能などない!そう、誰かの陰謀に!」
「考え違いされるな、西の妃殿。」
王妃は立ち上がった。
「誰が何を考えていたか、ではないのです。要は」
王妃はマントの裾を翻し、宮妃の正面に立ち、手紙を宮妃の顔の前に示した。
「……物なのです。
誰がどう見ても違わぬ証拠。そして、誰もが納得する証拠こそが、真実となるのです」
宮妃が、ぎっと上目遣いに睨みつけた。
「お、のれ!」
「メンディスに能力がないのであれば、一体誰が書いた筋書きでしょうね、ロゼリナ宮妃殿下。」
「な、に?」
(息子を切ったのでしょう?ご自分が危うくなる前に、引いた方が宜しいかと)
低い声で王妃がささやく。
その白い頰を淡い黄色い頰に寄せて。
(それとも娘にこれ以上歌わせましょうか?愛息に企みを吹き込んだ者の名を)
ぐ…う…っ…
わなわなとふるえる妃から顔を離した王妃は、にこりと振り返り
「ムシュカ。奏上ご苦労。
カムル令嬢、恥を恥になさらないその矜持、気位とはその位でないと。それからアゼリア嬢、今度ゆっくり語らいましょう。…三名とも、お下がりなさい。」
と、返事も待たずに踵を返して退出していった。
扉の音がして、ようやく3人が頭を上げた。その眼には、
薄紅の玉座にへたり込んでいる緑の髪のロゼリナ妃が、女官に支えられている姿であった。
「どんな手品を使ったの?」
ムシュカの部屋では3人の姫が寛いでいた。柑橘のコンフィチュールが甘酸っぱい香りを漂わせている。疲労困憊の身には甘い物が舌に快感をもたらす。
「何の事かしら」
しれっと、いつものムシュカに戻った王女がはぐらかす。
ジャーメインから一旦預かった手紙に、正確な筆跡で加筆したに違いないが、どうやって、を知りたかったのだ。
「わたくしの方が驚いたわ!どうして白紙にすり替わっていたの?あれこそ奇跡よ!」
あれがなかったら、メンディス単独首謀説はすんなり通らなかったかもしれない。
アゼリアはクスクス笑って、ビスキュイを手にし、
「…わたくし分かりましたわ。ガカロに騙されましたもの。」
と言ってジャーメインに片目を瞑り、
「ジャーメイン様。貴女の執事か侍女は、余程優秀ね。お嬢様まで騙してしまって。」
と言った。
えっ。
エリスは凡庸な女よ。
メイドは字が読めないし、ばあやはあの時お母様の世話を…
「あ」
ヴォル・ウェルド!
あ、あの執事!
慇懃無礼、眉目秀麗、嫌味全開、毒舌優秀の私付きの執事!
「その様子だと、思い当たりますのね。大切な主が西の妃の王子と手紙のやり取りなんて。例え恋文であっても見過ごせなかった方が仕組んだのね。」
「え、どう言う事?アゼリア」
「ふふ。わたくし小さい時、ガカロからお手紙を貰ったの。酷い悪口が書いてあって、ええ、お兄様にも見せて、2人して今度館に来たらタダでは済まさないと。」
そしたらね。
「ガカロが遊びに来て。あの手紙は何だ、とお兄様が怒ったら、ガカロはとぼけて。それで、これだ!と手紙を開いたら、真っ白。」
キョトンとするムシュカにアゼリアは、銀盆の砂糖菓子を摘んで口に入れた。
「…消えるインク。
1日は持つの。でも日に当たり酸化すると次第に薄くなって、消えてしまう。」
あ、ああ〜!
ヴォルったら!
ジャーメインは真っ赤になった。
「ね。
ガカロのペン先はとても柔らかいの。筆圧が弱いから。本当は筆が良いのだけど。だから紙にはペンの跡も残らなかったの。紙は薄紙が好き。ゴワゴワの紙は引っかかって嫌い。滑らかな紙がいいの。
…貴女もでしょう?ジャーメイン様」
「そう。そうよ。家紋が透ける薄紙。ブルーのインク。わたくしは柔らかな毛束の細筆なの。手紙の時は。…成る程、それで跡形もなく
」
はあーっとジャーメインは椅子の背にしなだれかかる。
ヴォルの能面の様な端麗な顔と
毒のある言葉が浮かんだ
(お嬢様は世間知らずでいらっしゃるから、わたくしが居るのです)
そうね。ヴォル。
今回ばかりはその通り。
あはは、とムシュカは爆笑する。
「き、消えるインク〜っ!王家の謀反騒動が、こっ子供のおもちゃに、っ!」
ふ
ふふっ。
クスクス…
王女の部屋に、明るい笑い声が満ちた。
子供の頃、消えるインクや水に溶ける手帳が欲しかった。スパイごっこね。
公爵令嬢のバトラーは、次の小説に登場します。
毒舌執事と勝気なお嬢様の舌戦を予定しております
そしてまだこの話が終わっていない笑





