その3 淑女試験
メンディス・エリ・ド・アズーナ第2王子。3年生。
金髪、金の目をもつ、美丈夫。誰もがアズーナ始帝《獅子王》を想起する風貌をもつ。
その容貌に、学院では人気者だ。
(ただし、中身は残念王子、なのよね。)
かっこつけが好きな気障野郎で、高慢。そのくせ怠け者の張りぼてなのだ。
お勉強はしないし、剣術もさぼる。試験は多分下駄を履かせてもらってるんだろう。
(どっちが不正よ。)
そのメンディスが何を企んでいるのだろう。
「発言を許可します。」
生徒会長がおそごかに言う。
王子であろうと、生徒の中では会長が一番の権威をもつ。貴族学院=通称「貴院」の中での序列である。生徒会が頂点にあり、後は、位の高い家柄の学年順、となる。王子が生徒会に属していないのは、自由が好きだからという強がりで、実はおつむが足りなくて入れなかったに違いない。
その生徒会も、秋の初めに代替わりした。
三年生は高等部の受験や、卒業後、その位に即した家の仕事に就く準備に、忙しくなる。中には領地に帰る者もいる。
総会にも三年生は出席しないのがほとんどである。
それなのに、王子は出席し、何かを告げようとしている。
王子は、ちらりとアゼリア嬢を見る。
彼が実は兄の婚約者にご執心というのは、王宮では周知の事だ。
あわよくば、いや、母后のロゼリナ宮妃も、彼女を息子に、と、望んでいるとか。
(不敬極まりないわ!王太子妃候補を愛人にするつもりかしら!)
「今のところ、告発を肯定する証拠も、否定する証拠も、出ていないのではないですか?
このまま、アゼリア嬢を断罪するのは、片手落ちというものです。かといって、これほどの騒ぎを不問にするのも、皆が収まらないだろう。」
「…王子、何か策がおありなのですか?」
会長は少し苦い表情で、先を急がせる。
(会長は、ジャーメイン派ということね。これは苦しい。)
ムシュカは頭を動かさずに会長の握り拳を見る。
ということは、王子はジャーメイン派では、ない?
「真に、アゼリア嬢がこの貴院にふさわしい学生かどうか、検証しては?
貴族令嬢としての教養を披露していただこう。
題して、淑女試験。」
(え?)
ー何を言い出すのだ、この気障王子は!-
これ以上、アゼリア嬢をさらし者に?
誰がその審査をするというのだ?王子、お前か?生徒会か?
ムシュカは侯爵令嬢を見つめる。
このような恥辱、わたくしならば、この場で自害してしまう…
胸が苦しい。息ができない。
(アゼリア…)
その時、桜貝が開いた。黄金の桜色が揺らめいた。
アゼリアが頭を上げて、声を張ったのだ。
「ーよろしくてよ。
その淑女試験、受けましょう。ただしー」
(試験ですって?
…わたくしを何だとお思い?
王国一の淑女になると
流行はわたくしが作ると
殿下に誓った、このわたくしに!!)
「審査基準がいりますわ。
このわたくしを審査されるのであれば、相応しいお相手が必要かと」
アゼリアは、ふ、と微笑んで、小さなポーチから取り出したものを
投げた
パン、という渇いた布の音がした。
アゼリアが投げた、白い手袋…
手袋が、ジャーメイン嬢の、足下に…
「このわたくしに、これほどの嫌疑をおかけになった貴女に、お相手いただくわ!
黄金の百合姫、貴院の華に、
誇りをかけて、
淑女の決闘を申し込みまする!!」
しん、とした室内が、
おおおっ!!と、沸き立った。
さすがアゼリア嬢!! われらの百合姫!
退学!退学!偽りの令嬢に罰を!
待ってました!ローレイナ嬢!
退学だ!
今や生徒達は二派に真っ二つである。
ふん、と自慢げな王子のにやついた顔がかんに障るが、
(アゼリア、よくぞ言ったわ!
それでこそ、私の未来の兄嫁)
ムシュカは、ほっと胸をなで下ろす。
彼女は諦めてはいない。この会場に白手袋を潜ませていたのだ。王子の提案に関わらず、こうして自ら潔白を、自分の能力を証明しようと決意して臨んでいたに違いない。
さて、あちらは…
ジャーメインは、しばらく呆然としていたが、事態を把握すると、紅潮した顔に怒りを浮かばせた。
(この、わたくしに、決闘ですって?)
かつて、このような無礼に出会ったことはあるだろうか。
王子の従姉妹として、王女同然の扱いを受け、その美貌と教養から貴院の華と称される自分に、たかが侯爵の小娘ごときが!
「お受けいただけますわね。カムル公爵令嬢。」
「く…」
うっすらと微笑むアゼリアの瞳は、笑ってなぞいない。
深く深く、彼女は憤っている。これほどの怒りを覚えたのは人生初めての事である。
淑女の決闘…面白い!!
百合姫だろう! いや貴院の華が有利だ!
カンカンカン!
ざわざわとした室内に、木槌の音が響き渡った。
「ご静粛に!ーカムルさん、いかがなさいますか。
ローレイナさんの申し出、お受けになりますか?」
「ふ、副会長、貴女…」
会長の慌てぶりを尻目に、ムシュカは話を進める。
「侯爵令嬢の命をかけた申し出、よもやお断りになることはございませんよね。」
「あ、当たり前です!」
ジャーメインは、慌てて白手袋を拾い上げる。
「ジャーメイン・エリ・ド・カムル。家名にかけて、受けて立ちましょう。
ー後でお取り消しにならないよう、ご準備遊ばせ!」
「望むところですわ!」
うおおおっ と生徒達の歓声が響く。
カンカンカン!
「ご静粛に!ーでは、教師団に助力いただき生徒会が淑女試験の項目を決定します。
2日後、お二人が相見えることとします。
ご両名、よろしいですか」
「結構よ!」
「承知いたしました。」
カンカン!
「これにて、生徒総会を閉会とします!」
こうして貴院始まって以来の、淑女による決闘、「淑女試験」が始まったのだ。