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その28 春の間

学期末は死にそうでした。

終わった。やっと。

中の宮の(春の間)には、王妃と宮妃の席が揃っていた。


と、言っても、王妃は上座の女神を背に、宮妃はその右の竪琴の天使を背に玉座がある。


あくまでも王妃が上、という後宮の順列は変わらない。仕方なくロゼリナは天使の前、薄紅の座に座る。


常日頃宮妃は王妃と並ぶ事を避けていた。奥の事は王妃の仰せのままに、とし、2人で協議する事はしなかった。謁見や行事などは必ず国王を挟んで並び、同等である事を示してきた。


本日はそのようなわけにはいかない。昨夜の事があったからだ。

ムシュカ王女と自分が出た夜会の一件を王妃に説明するという恥辱が待ち構えているからだ。


息子は昨夜の内に侍従医の館に閉じ込めた。薬を使って眠らせ、鍵をかけさせた。明日にでも、里の叔父上の国に逃がそうかと考えている。


アレでもわたくしの血統。王にはなれずとも血を継ぐ事はまだできるだろう。


後は誰を羊にするか。


「ベルロット王妃、ご入室です。」

女官の声がして、扉が開いた。


「……。」

靴音もしない厚い絨毯を踏み、王妃は室内の宮妃に視軸を定めた。


(成る程。立って挨拶をする気もないと。)

上座の王妃への配慮もない。口元に微笑みを浮かべて、俯き加減にしているが、背面にゆったりと身体を預けて、椅子の腕に肘をついている様は、これから音楽でも楽しむかのようだ。


目が笑っていない。


「……王子のお加減はいかがでしょう。」

女神の席に座ったベルロットは、挨拶を略して切り出した。


「医者は安静が一番と。我も面会は断られておりまする。」

ロゼリナは淡々と返答する。


西の宮では、侍女や息子たちと母国語で話すが、それ以外はアズーナ語になる。アズーナ語だと、どうしても古語になりがちだ。

嫁いで随分経つのに、慣れない。


「それは御心配な事。お見舞い申し上げます。」

「痛み入ります。」


なんの。

枕詞は、ここまでにいたしましょう。


「昨夜は」

「ええ。娘が王子を怒らせたと。」


ぎ、という音がしたのではないか、と、その場にいた女官は目を剥いた。


かっと、眼を見開いたロゼリナは息を吸って肩を大きく上げた。


ほほほほ…宮妃は声を上げて笑い、


「弁の立つ王女であらせられる。

雲雀(ひばり)は三羽(さえず)って、息子は頭の中を掻き回されたようでしての。弁明の機会も与えられず興奮しての大立ち回り。公爵家の姫を怖がらせてしまった。」


「わたくしの娘ですから、さぞ上手に鳴いたのでしょう。

しかし、無粋な刃傷沙汰を起こすとは」

「それは申し訳ない。

母親として、息子の罪は謝罪いたしまする。」


ちっとも響かないけれど。


「痛み入ります。

ですが、謝罪は公爵家と侯爵家に、ではありませんか?」


「……息子は愚か者よ。耳元の囀りに(そそのか)されて、うっかり踊った道化者。」

「……被害者とおっしゃいます?」

「どのように我が申しても、どこかに真実はあろうぞ。」

「……。」


冷めた王妃の表情は変わらないが、その眼は燃えるような焔がともっていた。


ロゼリナは、視線を切り、冷涼な横顔でその怒りに応える。


しばらく王妃はその美しい横顔を見ていたが、ふっと笑って同じように扉のある壁へ視線を固めた。


この女

誰が王子をそそのかした事にするやら。

それだけでは、済まさない!



「……王女様がお着きになりました。」

遠慮気味に女官が伝えに来る。


「御令嬢たちも、お揃いです。」


通しなさい、との命に、女官達が扉を開ける。


背の高い扉が開くのを貴院の制服の少女が3名待っていた。すぐに淑女の礼をとる。


「王妃宮妃両殿下、お待たせ致しました。」

「よい。…ジャーメイン、アゼリア、この度は大した名勝負をなさったと伺った。」


「恐れ多い事にございます。

お耳汚しとなりました事お詫びいたします。」


アゼリアが声を発すると、ジャーメインは、

「……お転婆が過ぎると父にも叱責されました。王妃殿下のお気持ちが平たくなりますよう。わたくしどの様なお言葉もこの身に受ける所存でございます。」


と、覚悟の言葉を述べた。


「……この度の事、娘ムシュカ王女に一任しておる。―ムシュカ。」


「はい。では上奏いたします。」


3人は礼を解き、用意された席に着いた。2人の妃に向かい合う形で、正面にムシュカ、両脇にアゼリアとジャーメインである。


(さて、宮妃。流さないわよ。)


ムシュカが口火を切った。


「この度の件は、アゼリア嬢の醜聞を告発として晒した者が仕組んだものと判断しました。」


ムシュカが立ち上がる。

「アゼリア嬢が学院に在籍していた時、ヴァレリオーズ伯爵令嬢との確執を兄、フェーベルト殿下が裁いた事がございました。この一件の些細を知る者が画策したか、若しくはその者がフェーベルト殿下に背く者に取り込まれたか、いずれかだと考えました。」


「…で、首尾は?」

宮妃が物憂げに尋ねる。


「はい。昨夜の立ち回りで、わたくしはメンディス殿下がフェーベルト殿下の侍従を」

「何とな?」

宮妃が声を重ねる。


「違う。メンディスは籠絡されたのだ。そこの」

宮妃が扇で指した相手は…


来る!

ジャーメインは冷たい氷を心臓に仕込まれた様に感じながら、その扇をその身で受け止めた。


……わたくしが、羊か。



「元々は、その姫がそちらの娘を追い落とそうとして、息子に持ちかけたそうじゃ。息子はそちらの娘にぞっこんでな。渡りに船だったそうじゃ。」


ロゼリナは扇を開いて扇ぎ始める。

「姫は王子に懸想(けそう)しておる。息子はそちらに。ならば、共謀して立ち位置を入れ替えればよいと。…貴院でその娘を貶めんとしたのも、ジャーメイン。その時情けをかけて、試験に持ち込んだのは息子。困り果てた姿を見て、息子は姫との画策を忘れて助けたと言っておった。」


全く小物の馬鹿よ…と、宮妃は(わら)った。


「…これは奇妙な。

 ではその懸想した娘に怪我をさせたのは?夜会で隠密が自首したのですよ?指示は兄上が出したと。」


ムシュカが切り込む。


「我もその場にいた。

 可哀想に、馬鹿息子はジャーメインからの依頼で采配したのだ。」


「アゼリアのメイドを脅したのは?ミーアは弟の身を案じて、アゼリアを裏切ったわ。ミーアの弟は、西の宮に仕えていたわ。一体西の宮の小姓を人質にできるのはどなたなのでしょう。」


「…馬鹿息子」


宮妃は、端的に応える。

「宮殿に出入りできる者は、他にあるまい。それもこれも、公爵家の姫の為ぞ。」


「……おかしいですね。

 ミーヤをジャーメインの支度部屋に寄越してジャーメインに嫌疑をかけようとした王子が?矛盾しておりますわ。」


「あの場でお前に貶められたからであろう?公爵家の姫の裏切りに、頭に血が上ったのだ。

 あの馬鹿息子が、婢女(はしため)を姫に届けたのは純粋に首尾を報告させたかったのだ。それも偶々(たまたま)男子生徒が見ていたから証拠となったまでの事。」


たまたま、ね。


「あくまでも、兄上がジャーメインに籠絡(ろうらく)されたと。」


「…可哀想だが、息子と姫が殿下とその婚約者にかけた迷惑は許されぬであろうな。」


成る程。

どうせ逃れられないなら、共倒れを図るか。

息子を切っても、第3王子がいる。まだ10歳だが聡明。病弱なのが不安材料。


カムル公爵は、国王の弟だが、母妃の身分が低くて宮家創設は叶わなかった。よって臣下に降ったのだ。


しかし、もし、フェーベルト以外に後継者が居なくなれば、カムル公爵を王家に戻し、親王に叙する必要が出てくる。


そして、万が一フェーベルトに男子が授からなくば、カムル家から王を出すこととなるのだ。


ロゼリナが我が身を守るためには、息子が王となるか、宮家を継ぐか、しかない。上の息子が失脚した以上、公爵家の台頭は何より避けたい所だ。

だからこその、ジャーメイン首謀説と言う事か。


「……証拠はございますか?

 ジャーメインが首謀者だと言う証拠は」


ニタリ、と湿った笑顔を宮妃が見せる。


「……ある」


えっ。

……あ……


ロゼリナが女官に合図をすると、しずしずと四角い紙を捧げた侍従が宮妃の前に進み出た。


あれは


「これはメンディスに届いた手紙。……カムル家の紋章が入っておるな」


ああ!



ジャーメインは

薔薇の香りをかいだ気がした。







そして話が終わらない!

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