その25 臨時総会
「只今より、臨時生徒総会を始めます」
書記の声に一堂が静まる。
「本日の議件は、侯爵令嬢告発の一連の件です。では、副会長。」
ムシュカのもう1人の副会長が本日の進行だ。なぜなら
「副会長のへーベルです。
なお、後程ムシュカ副会長から関連審議が提案されます」
そう。昨夜に続いてムシュカは成さなければならない事がある。
昨夜は散々だったわ。
紳士や生徒に次々とダンスを申し込まれ、休みを取ろうとすると、貴族達のおべんちゃら。休む暇も、アゼリア達とおしゃべりする間もあったもんじゃなかったわ。
こんなに激務をこなしている王族は居ないんじゃないかと、ムシュカはげんなりしていた。
その様子を面白そうに見遣っているのはアゼリア。
今日は痛めた腕を三角巾で吊っている。昨夜から今の時刻まで、人々の賞賛やらお詫びやらに忙殺させられたのはアゼリアも同じなのだが、淑女試験が終わった開放感からか、元気だった。
「まずアゼリア・アズ・ローレイナ嬢。」
ヘーベルの声に、アゼリアは小さく答え、立ち上がった。
拍手が嵐のように起こる。
「アゼリア様ーっ」
「百合姫ーっ」
今日もアゼリアは美しい。艶やかなピンクブロンドをアイスブルーのリボンと一緒に編み込んで、昨夜とは違い、年相応の可愛らしさを出している。
それでも、一連の修羅場をくぐり抜けた彼女が、ただのお人形でなく気高い女戦士である事を皆が知っていた。
「ローレイナ嬢。我々生徒会は、貴女に陳謝する。貴女の資質は貴院、いやこの国でも稀に見る気高さを誇る。我々生徒にこの上ない手本を示し、伝説を残した。
その名誉を汚す手助けを担った罪は重い。どのような罰も受ける所存である。」
生徒会役員は、ざっと立ち上がり、
一堂直立した。
「申し訳ございませんでした」
「…ありがとうございます。」
アゼリアはゆっくりと受けて、
「お気持ちだけで、と言いたいところですが、それで済まない事は承知しております。」
皆がその言葉に、ひやりとする。
侯爵令嬢は、何を下すのか。
「では、今回、告発状を誰が書いたのか、それをどうして掲示板に貼ったのか、一連のわたくしへの侮辱を明らかにしていただきたいわ。」
「それは…勿論。しかしそれは」
「それに関して、わたくしから謝罪とご説明を」
すっ、と、立ち上がったのはジャーメインである。
昨夜の夜会で王女から裁きを受けた彼女は、それでも堂々と登校し、普段通りに振舞っていた。
それを揶揄する者もいたし、あからさまに非難する者もいたが、公爵令嬢は素知らぬ顔で受け流した。
周りは黙るしか無かった。
いつもの取り巻きが居ない席で、ジャーメインはアゼリアに話し出す。
「まずはアゼリアさま、貴女に今一度の謝罪を。」
ジャーメインは深い礼をとる。
「しかしながら、貴女との決闘、楽しゅうございました。」
「こちらこそ。貴女とのわだかまりは、昨夜で解けました。」
アゼリアも受けて礼をとる。
「…わたくしが貴女を訴えたのは、あの告発に関して証言があったからです。」
「その件に関しては、わたくしが裁きましょう。」
ムシュカが立ち上がった。
うおう、という太い声が沸く。
来たか!王女!
「カムル嬢。」
「はい。殿下。」
「その話は、誰から?」
ジャーメインは、す、と、指をかざす。
「ロスからです。」
「証人を前へ」
やめろ、俺は、元会長だっ、
むずかる幼子のようなロス伯爵令息が、生徒会役員によって、席を立たさせられた。
そして、あの席
先の総会でアゼリアが糾弾されたあの席に
立った。
「ロス。貴方の辞職は不受理となりました。」
「えっ」
午前に辞表を渡したではないか!
「役員の総意です。そして、改めて貴方の弾劾を訴追します!」
ロスが青くなる。
静かに去らせてはくれないのか。
(貴方から絞り出す事がいろいろあるのよ)
ムシュカは冷酷な視線を送る。
「さて、カムル嬢。
貴女は何故、総会にローレイナ嬢糾弾の議案書を出したの?」
ムシュカが尋ねる。
白百合同盟は健在で、この成り行きも確認済みである。
ただし、昨夜以降、3人それぞれ、とんでもなく慌しくて、なんら打ち合わせできなかったけれど。
そこはライブで乗り切りましょう。
「わたくしは、あの告発状が出た後、ロス会長に呼ばれましたわ。」
「あ、…」
ジャーメインは会長を見ようともしない。ムシュカだけに語るかのようだ。
「会長室で彼は言いました。
貴院始まって以来の醜聞であると。しかしながら、確実な筋からの情報であるから、と。わたくし、怒りに震えました。
次期王太子妃候補が、その様な愚かで下品な女とは!しかも第1王子もその顛末を知っての上での転校!
王子と侯爵家が結託して、世間を騙しているのだと思われました。」
そうでない事は、今なら分かっておりますが…
ジャーメインの気位の高さに会長がつけ込んだ。そういう図が皆の頭に浮かぶ。
「そして、こうも会長はおっしゃったわ。あのご令嬢は、装飾を好み華美で豪華なドレスや靴など散財し放題だそうだ。ローレイナ領は豊かな農耕地だが、彼女の贅沢に民は痩せ細っている。あんな女を王家に迎えては、この国はどれほどの痛手を被るか。言いなりの王太子の傘を着て、権力を欲しいままにし贅沢三昧を楽しむ傾国の妃となるだろう……。」
成る程、そんな方向から絡みとられては、現王家の一族であるジャーメインが黙っている筈がない。
「フェーベルト王子の目を覚まさせ、アゼリア嬢を排除しなければ、と、わたくし強く思いました。」
「まあ」
アゼリアは目を丸くして可愛らしく驚く。
その目が穏やかでない事は、近い者なら分かっただろう。
「どうしてわたくしが、おしゃれ番長などと軽い通り名を持っているか、ご存知なかったのね。
お洒落は1日にしてならず。手間暇が大切。
ドレスは小物を変えて使い回ししておりますし、母や叔母のお譲りのビンテージもございます。あまりに古い祖母のは、昨夜の様に大きくリフォームいたしました。今日も、ほら。」
アゼリアは髪に手を触れて
「…このリボンは曽祖母の赤子の時のドレスですわ。それを裂いてリボンに致しました。シュシュも作りましてよ。
ブラウスは、母が娘時代に着ていたものですわ。
大切に手をかけていれば、上質な物は長く使えます。要は時代や流行に合う様に着こなせば良い事。
代々ローレイナ家の女は、そうやって装う事を学んで参りました。」
その解説に、少女達は、ほーっと感嘆の声を上げる。
流石アゼリア嬢。
お洒落は1日にしてならず、名言だわっ。
「……そのお話は別の機会に是非伺いたいものです。さて、会長。
確かな筋とは?」
ムシュカが、核心に切り込んだ。
王家の子女は、アズーナが家名ですが、人から呼ばれる場合は、ファーストネームに王女や王子、そして殿下をつける、というルールにしました。
成人して宮家を立てる場合は、ファーストネームが宮家の名になります。
だから、ムシュカは、ムシュカ王女殿下なわけです。アズーナ王女とはなりません。
ロゼリナ妃は、ロゼリナ宮家なわけです。
で、メンディスがロゼリナ妃をそのまま継ぐ場合は、メンディス・エリ・ド・ロゼリナ・アズーナとなります。
お読みいただいた方は、そうならない事はお分かりでしょうけど笑笑





