その24 淑女試験決着
し・ん、と静まり返ったフロアに緊迫した空気が広がる。
「王子は3人。その王子様とやらは、この中に、いる?」
ムシュカはわざとじらして訊ねる。
そして、女の前に自分の金の腕輪を投げおいた。
女は、にやにやと
「ああ。そこに。」
「でたらめを言うな!こんな女、会ったこともない!」
王子はわめきたてる。
「あら、わたくし会いましたよ?貴院で。
この者は優秀だ、と、メンディス王子は褒めてらしたわ。」
ジャーメインは、しれっと反論する。
女は解放された腕を回し、ムシュカの腕輪を品定めしながら、
「そこにいる、赤金髪のべっぴんさんを落とせと、軽微な怪我程度にしろ、との指示でね。ちょいと高い所からだったから、ひやっとしたけど、お嬢さんの運動神経が良くて助かったよ。」
けけけ、と笑って、嬢ちゃん悪かったね、と、アゼリアに一言言った。
「お兄様」
「陰謀だ!お前たち女の!お、俺を貶めるための!」
王子は激高し、おのれ!と、フロアに走り跳んで出た。
そして、ジャケットの裏、腰からきらりと光るものを取り、
ジャーメインのもとに!
あ
…あっ
「ご無礼!」
クレアがその手をはたき、そのまま腕をとり、背中から、投げる。
どうっと、王子がもんどりうって、
床に叩きつけられた。
カラカラ、とコマのように床を回るのは、
ごてごてと装飾された、王子の短刀であった。
「夜会の帯刀はご法度!
使えば殿下の名誉に傷がつきます!」
したたか腰を打ち付けた王子を見下ろして、クレアの声が空気を切る。
さすがのジャーメインも動揺し、クレアの背中にしがみついている。アゼリアとムシュカには護衛がざざっとついた。
「俺、おれは王子だ!
下種な売女とどっちを信じるつもりだ!」
なにが公爵だ!
王家に盾突くなど!
ふ、不敬だあっ!
いまだフロアに尻をついたままのメンディスが罵倒する。
クレアは次の攻撃にそなえ、身構え、腕を広げてジャーメインを庇う。王家に攻撃はできないからだ。
唖然、と人々がする中、
「そこまで!」
という声が、上席から発せられた。
校長である。
隣の宮妃が、す、と、立ち上がった。
そして、
「メンディス王子は、病気のようですね。侍従、王宮へお連れして。
―医師団に診せなさい。」
と、宣告した。
「母上!こいつらを!」
「病人はお下がり」
ぴしり、と母妃は声を絶つ。
「は、は、うえ」
「煩い。」
王子を見下ろす宮妃の表情は硬く、蔑みが浮かんでいる。
ふん。息子を棄てる事など…
もう1人 私にはいる。
王妃が産めなかった王子が。
まるで捕らわれたかのように連れ去られるメンディス王子を見やり、クレアは、ほっと息をつく。
「ロゼリナ妃。ご無礼いたしました。」
宮妃は、泰然自若として応対する。
「なんの。宴も終い。わたくしも帰ります。」
息子を切り捨てて、宮家を守るか。流石隣国の王女。肝の座り方も遺伝すればよかったものを…
ざざっと宮妃と護衛が動く
ロゼリナ宮妃殿下!
ご退場〜〜!
貴族たちは、ざっと臣下の礼をとって、妃の退出を待った。
その後をぞろぞろと出る貴族たちは、多分ロゼリナ妃派であろう。
扉が閉まると、
わっ、という歓声が上がった。そして拍手の嵐!
「ヴァレリオーズ様!なんという!勇ましさ!」
「弓銃を止めたことといい、今の投げ技といい!
ナイトもかくや!」
「お美しくて、たくましくて。ああ、わたくしクラクラしてきましたわ」
男性は賞賛し、女性陣はため息交じりの歓声をあげていた。
「ありがとうございます。ヴァレリオーズ様」
「いいえ。ご無事で何より」
ジャーメインが礼を述べ、クレアがにっこり微笑む。
きゃあぁ!!
という黄色い声があがる。ジャーメインも、ほんのり頰を赤らめる。
一気に場は穏やかな空気に包まれた。
「ヴァレリオーズ様。貴女無くしてはわたくし達の企ては上手くいかなかったでしょう。感謝いたします。」
ムシュカが讃えると、
クレアは会釈をして答え、そして
「……元より、私とアゼリア嬢との確執が発端。何やらそれを歪めて面白おかしく脚色した者がいたとの事。ならば」
クレアは傍らのアゼリアに近寄り、跪いて、その手を取った。
「私がアゼリアに貶められた?」
ふ、と笑うアゼリアに、いとしさを込めた微笑みを返して
その手を取ったまま立ち上がり、
「こんなに、愛おしいのに…」
と、美少女の顎をくいっと長い指で持ち上げた。
きゃあぁぁぁぁぁあ!!
どうしましょう〜〜〜っ!
その耽美な色香に衝撃を受けた女性たちは、フラフラと近くの紳士に寄りかかる者、失神する者、目に焼き付けようとはしたなくも人を押し退けて見つめる者、大混乱を来たした。
(だから、どこでこんな手管を)
アゼリアは真っ赤になって、ちょっとむくれる。
クレアはクスクスと笑っている。
「皆様」
ムシュカが声をあげると、たちどころに皆が静まる。
「これより、王の代理による裁可を下します。
ジャーメイン・エリ・ド・カムル。」
「はい、ムシュカ王女様」
ムシュカは腰の白百合を手に、花唇を跪く公爵令嬢に向けた。
「そそのかされたとはいえ、その誘惑に負けたことの罪は重い。
しかしながら、すでに侯爵家にはその所業を伝え、詫びも済んでいると聞く。
よって、中等部卒業までは、学業に邁進し、公の場に出ることを禁じる。
また、社交も禁じる。よいな。」
「おおせのままに」
貴族としての蟄居である。学校以外は、貴族社会と切り離されることとなる。
ゆったりとしたしぐさで、王女は向きをかえ、百合をかざす。
「アゼリア・アズ・ローレイナ」
「はい。王女様」
ゆらめくストロベリーブロンドに、ムシュカはにっこりとほほ笑む。
「こたびの一件、よくしのいだ。
また、その機転と戦略で、存分に令嬢としての実力を示した。
今季生徒会副会長としても、明日には総会を開き、貴女の名誉回復を図ろう。」
「過分なお言葉。ありがとうございます。」
や…った!アゼリア嬢!
侯爵令嬢は名誉を守った!
黄金の白百合、復活!!
残っていた生徒たちが口々に喜び、互いの肩をたたいたり、抱き合ったりしている。
ムシュカはいまだ胡坐をかいている赤毛に
「その腕輪は代々王家の宝である。どこで売ろうとかなりの値がつく。
ただし、国内では、売ることを禁じる。
王領も公爵領も、侯爵領も、お前を許すことはない。
金で人を裏切る者をこの国に置くことはできないからな。
その軽い口でよその国で生きていけ。よいな。」
その重い言葉は、冷酷な表情から発せられた。
ねめつけるような眼が、女を刺す。
「…。わかったよ」
女は、目をそらして答えた。
「女。今夜のうちに、逃げなさい。」
アゼリアが言葉をはさむ。
「いっときでも、私のメイドだった者を撃つなど侯爵家への狼藉です。
わたくしにもけがを負わせました。のうのうと生きていることをわたくしの父が許すと思うか?」
「……。」
女の表情が無になったのは、アゼリアの目に怒りがこもっていたからに他ならない。
美しい女の怒りは、壮絶に怖い…。
「引ったてい!」
従者が警護と共に、女を連れだす。
扉が閉まる。
「これにて、決着!」
ムシュカが、晴れ晴れと宣言すると、わあっ!と華やいだ声が響いた。
「ムシュカ王女!ムシュカ王女!」
名前を連呼して、男たちが騒ぐ。
「待て」
上席から、校長の声がとんだ。
むっくりとした体を揺さぶって、校長は微笑んだ。その両手を広げて客に呼びかける。
「今宵の判定が、まだではないか。
皆様、今宵の華を選びなされ。
赤は公爵令嬢。白は侯爵令嬢じゃぞ!」
おお!
という感嘆の声と共に、
「それ!」
という校長の掛け声がかかり…
あら
まあ!
ほほほ。
これは、なんと。
「成程。」
校長は、満面の笑み。
フロアには
女たちから赤白関係なく花を押し付けられた
クレア嬢の困惑する姿と
同じく、男たちに花々をささげられた
ムシュカ王女の姿が、あった。
ジャーメインとアゼリアは手を取って、その様を笑顔で観ていた。
壁ドンが出来ないので顎クイ笑





