その23 赤毛の女
「守衛!追えっ!1時の方向!」
クレアは手にした矢で空を指し、片手でミーアを抱いた。
その声が消える前に、緞帳の影がいくつも動いて去る。王女の手飼が跳ぶ。
(間に合うか)(多分)
その流れる影を見やって、クレアの
「一同!お下がり下さい!弓は一人。刺客を捉えるまで外には出ずに!」
の声に、わらわらと人々が動き出す。
生徒は動揺しているが、仮面の貴族はその仮面を投げ捨て、それぞれを確認し、淑女と未成年を壁へ押しやると、護衛の背に護られ身構えた。
(成る程。王妃側、宮妃側、同じくらいね。中立が多数。)
ムシュカは顔を晒した貴族達を見て算盤を弾く。
「クレア様っ!お怪我は」
「大事ない。腕輪が守ってくれた」
クレアが脱いだジャケットの中には、真鍮の腕輪があった。
アゼリアの負傷した腕を支えるために、硬い物が要ると、つけてきたものだ。その腕でメイドを庇い、矢を落とした。自分を狙う矢を見たミーアは、耐えきれない緊張と衝撃に気絶してしまっていた。
(…)(…!)
遠くから、くぐもった声が上がり、静かになる。フロアの誰もが緊張する中、
微かな口笛が聞こえた。
「皆さん、警戒を解いて。獲物は捉えました。ご安心を。このフロアは安全です。」
それでも身の危険を案じる方はご退場下さいませ……
ほうっと安堵の空気が流れるが、騒ぎ立てしないところが流石の貴族である。
いざその時は命をかけるのが貴族。家名や身分は、自分の命より重い事をこの場に赴く者なら誰もが承知している。
頃合いであろうと、ムシュカの言葉に動いた者の中に、カイマンも居た。
待て、と言いかけて王女はやめた。
あの者も、自分の明日を考えなくてはならないのですもの……
「この女は、もう使えない。休ませてやってくれ。」
クレアは軽々とミーアを侍従に抱きかかえて渡した。
その所作にも、淑女から、ほうっという甘い息が漏れる。
(2人よりクレア嬢の方がお目当てみたいね。)
私のターゲットは、兄上、貴方ですがね。
「お、女が話せないのであれば、この審議は終わりではないか!
早い所、2人の裁きを終えてしまえ!」
不正があると騒いで淑女試験を中断させたのは兄上でしょうに。
ミーアの気絶に救われたわね。
「では、ローレイナ嬢の負傷の件に話を戻しましょう。カムル嬢が突き落としたと?」
「……わたくしではありません。」
「ローレイナ嬢のご学友。押した相手を目撃しておりませんか?」
「畏れながら。
咄嗟のことで。でも。女、それも赤毛の女でございました。」
同級生は、ここはアゼリアの為に!と、緊張しながらも、前に出て証言する。
「赤毛……」
「ジャーメインの手の者だ!」
王子が喚く。
「事故を装って怪我をさせたのだ!サロンに出られないようにな!」
「それは貴方でしよ?
わたくしは貴方から聞いたのよ?アゼリアに怪我をさせた、と。」
えっ。
何だ?
どういう事だ?
ジャーメインは、サバサバと
「わたくしを勝たせたいから、任せろとおっしゃって、どういう事かとお伺いに向かったら、そう仰ったじゃないの。」
「なっ」
「簡単だったろ、と得意げに、赤毛の女に引き合わせたじゃない。」
(…黒幕は、王子か?)
(カムル嬢は、陰謀に乗ったのか!)
「カムル嬢。只今のお言葉、真実ですか?」
王女が中に入る。
ジャーメインはうやうやしく礼をして
「アズーナの神にかけて。」
と誓いを立てた。
「嘘だ!」
メンディスは再び真っ赤になって怒る。
「全てはカムルのやった事だ!
俺は騙されて、巻き込まれて」
「では」
王女は蔑みを隠そうともせず、兄を見た。
「どちらが嘘つきか、当人に聞きましょう。」
連れておいで、と低く言うと、黒尽くめの男達が1人の女を引っ立てて来た。口には猿轡を嵌めている。
「おお!」「…赤毛だ」
(……!!)
メンディスの顎がだらりと下がる。
女は、ふん、と鼻息を荒くして、固められた両腕を左右に振った。
「弓銃は叩き割りました。矢は一本のみ。仲間はおりません。王家の警護が貴院の全てを囲っておりました。内部の手引きなしに、この者が潜む事は不可能かと」
「あい分かった。ご苦労。警備は十二分に。」
承知仕る、と返答があり、数人を残して警護は散った。
「女。忍びが捕らえられて自害しないとなれば、大して主人に忠誠は無いと見たが。」
ふん、と再び荒い鼻息で返答する。
女は腕を固められたまま胡座をかいた。
解いて、という王女の命に警護は猿轡を外す。
「……金。」
「主人よりはな。」
ムシュカが短く言うと、じゃあ、いいよ、とぬけぬけと女は言った。
「お前の雇い主は?」
「今は、あんた」
「前の、主人は?」
女はニヤリ、と、嗤った。
「……王子様、と、本人は言ってたね」
サロンは凍った。





