その21 アゼリアのドレス
「……今日も!」
王子は、声を裏返して、何とか声を張る。
「ド、ドレスを汚そうと、メイドをたぶらかして……」
「ですから。証拠は?」
「証人ならおります。」
突然フロアから1人の男が進み出た。
「私は3年のローデン・カルマンと申します。」
(おお!友よ!約束を守ってくれたな!)
王子の表情が見る見る晴れる。
「私は見ました。不審な動きをするメイドの姿を。」
「そ、その者は、どこに、いた?カルマン。」
王子の喜色に溢れた芝居がはいる。
カルマンは、能面のような顔で、すっと指を指した。
「……カムル公爵令嬢の支度部屋の、扉の前で。」
……え?
何だ?何を見たって?
カムル嬢がローレイナ嬢のドレスを汚そうとしたの?
「ほうれ!証人だ!
お前がメイドを」
「汚したのはわたくしですわよ」
アゼリアがコロコロと鈴のように高らかに笑った。
「わたくしが自分のドレスを自分で汚しました。」
「な、何だと?」
アゼリアは今一度中央に進み出る。
「頂き物のカサブランカをついドレスに付けてしまって。花粉がべったりと。百合の花粉は落ちませんのよ?
ドレスのこの花は、その自戒をこめて、ちゃんと雄蕊を切ってありますわ。」
そして、アゼリアはくるり、と自分のドレスのスカートを中央のスリットから開いて見せた。
うおぅ、と息を飲む紳士たちにアゼリアは小悪魔な表情を見せる。
「ご安心を。スカート部分は3つのパーツを重ねておりますの。銀箔織の部分を外すと、ほらご覧下さいまし。」
アゼリアは孔雀の羽根の様に、銀箔織地の裏側を開いて見せた。
そこには
光沢のある鮮やかなプリーツ加工の生地に
真っ黄色のいく筋もの線が
くっきりと走っていた。
「うふふ。旅先も着回しが出来る様に、どちらも表地のドレスを作ってありましたの。どちらにするか、支度部屋でも迷ったのですが、こうなってしまっては迷いようがございませんわね。」
マリアンが裂いた部分は、しつけ糸で繋いだ部分。一枚のドレスに見えるように繋いであった。
叙事詩のパクリは、館の使用人が関与していると考えざるを得ない。
アゼリアの日常に関わり、部屋に居て不自然でない者。
アゼリアの部屋に出入りしているのは、執事とマリアンを筆頭とする侍女と下女。
と、すれば。
夜会の拵えに関わるのは必然。
あぶり出して、ドレスを守るには、自作自演が必要だった。
「まあーっ。裏側も素敵。趣きが全く違いますのね!」
「分かりますわあ。百合は取れません。災難でしたわね。」
「でも、見事な銀箔です。用意周到とはこの事ですな。1つのドレスで2つの顔。妻君にも教えますぞ。」
わいわいと、ドレスの新しさや、アゼリアの機転に感心する言葉が交錯する。
アゼリアは留め具でドレスを直して、
「でも、どうして殿下が、ドレスを台無しにしてしまった事をご存知なのですか?」
と、無邪気な笑顔で尋ねた。
「あ……。」
「部屋では流石に嘆きましたけれど、気を取り直して、直ぐに支度を急ぎました。こちらに入場するまで、どなたもわたくしに接する者はおりません。
誰にも顛末を打ち明けてもおりません。
自分の不始末をひけらかす程馬鹿ではありませんもの。」
「……み、見張りを。カムルの陰謀を未然に防ぐために」
「孔雀の羽は取れた」
(うっ!)
「……わたくしも、色々な耳を持っておりますの。」
アゼリアは扇で口元を隠し、クスクスと嘲笑した。
「…ぐぐ」
バレている。俺が子飼を使って探ったことも、あの下女を使ったことも。
メンディスは詰んだ、と、感じた。
慌ててカルマンが
「お待ち下さい!では私が見た不審な女は」
「その女は、この者ではなくて?」
いつしか開いた扉の前に、王女が立っていた。
ドレスの腰の白百合が華やかに咲き誇り、白いドレープが、鏡面の様な床に流れる。
(さあ、ここからはわたくしの実技試験)
ムシュカはその色素の薄い瞳に燭台の灯火を映して燃えるように兄をねめつけた。
リバーシブル!





