その20 公爵令嬢断罪
「ジャーメイン・エリ・ド・カムル!
貴様が!アゼリアの告発状を書いた張本人だ!」
「えっ!」「何事?」「まさか」
壇上の貴賓席から、3人を見下ろして、王子はジャーメインを指差して怒鳴る。
(まあ。絵に描いたような馬鹿ね)
楽団の側から、するりとムシュカは移動して扉に向かった。
あそこまで愚かだとはね。
ジャーメイン断罪は奥の手のはず。
余程…そうね。満座の中での大恥を回復するには、それしか無いわけね。
一方、3人の乙女は顔を見あって、アイコンタクトを取った。
成り行きを先ずは見よう……
他方、貴賓席の宮妃は、唖然として息子を見たが、止めようがない。いや、止めるタイミングを逸してしまっては、何も出来ない事を瞬時に理解した。
内心を悟られずに表情を変えない位は宮妃にはお手の物だ。
まだ、手がないわけではなかろう…
しばしの静観を決めた。
フロアでは
(何?)
(カムル嬢が下手人?)
(糾弾は全て彼女が企んだと言う事?)
ざわざわと生徒達が話す中を成人貴族が些細を尋ね、瞬く間に会場に、此度の顛末を知らない者は居なくなった。
王子はこの騒めきに、手応えを持ち、攻撃を展開する腹を決めた。
「そうだ!
そして生徒総会で断罪を進めた!
アゼリアの意地で決闘となってからも、あいつの妨害は続いた!」
ざわざわと観衆は王子とジャーメインを交互に見る。
ジャーメインは、能面のような表情を崩さない。
いつしかアゼリアは、クレアに庇われながら、ジャーメインから退く。その様子は、側から見れば、被告となった公爵令嬢に怯えて離れたように映るだろう。
だが、アゼリアのベリルの瞳は青白い焔を宿して、クレアの腕から、メンディスを睨んでいた。
小刻みに震えるアゼリアの様子に、クレアは悟る。
この美少女は、静かに怒っているのだと。私以上にこの淑女は激しいのだと。
「茶会の負けで、此奴は恥をかいた。そこで、ローレイナ嬢の妨害を企てた!」
(ま、本当よね。)
肝の座ったジャーメインは、王子と対決する事になった成り行きを楽しんでいた。元々人の目を集める事は嫌いではない。
でも、火の粉を被り続けるつもりもない。
(そそのかしたのは、アンタだけどね!)
やられたら、やり返す。
そのかわり、倍返しでね。
かかってらっしゃい!残念王子!
「この女は、事もあろうに、ローレイナ嬢を階段から突き落とした!」
「あっ!」「あの時の!」
アゼリアの友人が、驚いて声を上げる。
その声に調子に乗って、王子は続ける。
「ローレイナ嬢は、右手を負傷している!そうだな、ローレイナ嬢?」
「嘘!怪我を?」
「怪我を黙って試験を?」
「…なんて事。なんと気丈な。」
騒めきが大きくなる。
「ローレイナ嬢!」
「……はい。確かに。わたくし右腕を痛めております。」
アゼリアは、苦々しい心根を乗せて返答する。
何と!
真か!!
わああつ、と人々はかしましく騒ぎ出す。
何と酷い事を!命に関わるぞ!
待て、左手のピアノはだからか!
何という技術をお持ちなんだ!
今ほどのダンスも、
お怪我など微塵も感じさせなかったぞ!
恐れ入った!
流れがアゼリアへの賞賛に変わり、王子は苛立ってわめきたてる。
「かように卑怯な女を皆、糾弾しようぞ!!」
その大声に、ざわつきが捌ける。そして見る。
公爵令嬢を。
ジャーメインは、クスクスと笑い出した。
「糾弾ですって?どの口が。
わたくしが、ローレイナ嬢を突き落としたという証拠は?」
「ばっ、馬鹿な!
赤毛だ。赤毛の女を使って!」
「これは可笑しな事を。
わたくしの子飼が赤い髪の女だと、何故貴方はご存知ですの?」
「ぐ……」
(自分の陰謀をわたくしに全て被せる気のようね。)
ふん。
どの道、濡れ衣は着る事になっていたのね……
「そ、そればかりか!
アゼリアの謳う予定の詩を盗みおった!」
(それもアンタの情報じゃないの。)
こっちはいらぬお節介だと断ったのに!偶然準備していた詩の一つだったから、悪意が湧いて乗ったのは、勿論わたくしの弱さだったわ……。
もとより無傷ではいられないのは承知している。それでも自分の矜持は守りたい。
「……結果はご存知でしょうね。
盗まれたと貴方が言うローレイナ嬢の出来栄えを知っていて、そのような戯言を言うおつもりですの?」
これには周囲も納得の反論であった。何しろサロンは2人の出来栄えに、沸きに沸いたのだから。
「そうだ。突然変更したようなご様子ではなかった。」
「素晴らしかったわ!あれを殿下は聴いていないのか?」
「おこしになってないわ。…それなのに何故そのような事を…」
ぐ……と、絶句した王子に、次第に疑惑の眼差しが増える。
(ローレイナ嬢、ごめんなさい。)
(大丈夫。信じております。ご存分に。)
階段落ちも詩の被せも、ジャーメインが真っ白かと言えばそうではない。
けれど、この場で自分が断罪されるわけにはいかないのだ。罰を受けるべき他の人物を明らかにするまでは。
さあ!
お次は何?





