その2 生徒総会
「アゼリア・アズ・ローレイナ嬢。
我々生徒会役員は、只今の告発を受理する。
貴女にとって、醜聞を払拭する場が必要と感じた事。
カムル嬢を筆頭とした提案団が正当な手続きを行った事
この2点において、公開の場が相応しいと判断した。
よって本日の生徒総会で貴女の自主退学進言を審議する!」
生徒会長の一声に、皆はしん、とした。
貴族学院中等部、生徒総会は、大講義室で行われた。
扉は固く閉められ、教師の立ち入りも許されない生徒だけの審議の場。
壇上には、生徒会役員がずらりと並ぶ。いずれも貴族学院のエリート達だ。
その壇上から見下ろされた侯爵令嬢は、只一人、低い台の上に立っている。
その他の貴族学院の生徒達は、すり鉢状の聴講席に座って、息を飲んでいた。
まるで断頭台の囚人を見るかのように。
ストロベリーブロンドをハーフアップに結い、学院のエンブレムが入ったセルリアンブルーのワンピースドレスとジャケット。中等部1年のカラーである。上質の牛革のブーツは黒。襟に細かなレース模様を織り込んだ淡い水色のブラウスは、少女の清楚な色気を引き出すようだ。
その小さな、花の顔は人形のように無表情だ。
蒼いベリルの大きな瞳に、黄金の長い睫が憂いを差す。桜貝の唇は堅く閉じられている。
王国一の美少女。
ローレイナ侯爵家の珠玉の姫。
伝説の社交界デビューで称えられた名が『黄金の百合姫』。
フェーベルト・エリ・ド・アズーナ第1王子の婚約者。
近い将来の王太子妃。
そして、将来のアズーナ王国后である。
その侯爵令嬢が、生徒総会で断罪されかかっているのだ。
その前夜
「そう。貴女とヴァレリオーズ伯爵令嬢の確執に兄上は立腹したのね。思わず断罪しかけたところを女教師が救った、と。」
アゼリアはこくん、とうなづいて、ミルクティーを飲む。アゼリアの部屋には、王子の妹のムシュカ王女が見舞いに来ていた。
ムシュカは兄フェーベルト王子を尊敬している。
母が溺愛している王子である。ムシュカにとっても自慢の兄だ。
その兄の婚約者であるアゼリアは、ムシュカにとって大切な人。
美人だが素直で優しく、周りをいつの間にかその魅力の虜にしてしまう。笑顔にしてくれる。
アゼリアは日向が似合う。
そう。7月に転校した彼女は、たちまち貴族学院にとって、なくてはならない存在となったのだ。
「あの告発は事実ではございません。
ですが、わたくしとクレア様の確執に、学院と王子が動いたのは事実。わたくしとクレア様の名誉を守り、王子の御心と繋がれたのも事実。…大変でしたけれど、その場の皆様と絆が出来ました。全てリーゼンバーグせんせいの手腕でした。」
「その先生も新婚旅行でご不在。行先はヴレリオーズ領。クレアも不在。」
わたくし一体どうすれば釈明を…
事実ではない。
けれど、歪んだ事実が潜む告発。
兄王子がいれば乗り込んでくれるだろうに。このタイミングをカムル公爵令嬢、ジャーメインは狙ったに違いない。
2人は途方に暮れていた。
そして今に至るのだ。
(ふふ。手も足も出ないでしょう?
このまま、泣いて御退出いただこうかしら)
告発者として、壇上の一角に座っている公爵令嬢がほくそえんだ。
ジャーメイン・エリ・ド・カムル公爵令嬢。
今回の「ローレイナ侯爵令嬢に関する疑惑」を提示した一人である。
えんじ色の制服は中等部2年を表している。
金色の髪を結い上げ、縦ロールを施し、華やかな顔立ちを引き立てる。
琥珀の瞳はややつり上がり細い眉と共に、彼女の誇りの高さを感じさせる。
貴族学院中等部の華。「貴院の華」と称される貴院の女王。
父君は現王の弟にあたる。
学業も、ダンスも、作法も、完璧な淑女。
まさに中等部の大輪の花だったのだ。
アゼリアが来るまでは。
ジャーメイン嬢の準備した告発に対し、アゼリアは何も答えなかった。
ご証人は?
成績表など潔白の証明は?
頭を横に振る彼女に、周囲の心証はどんどん悪くなるばかり。
ヒソヒソとささやく言葉がアゼリアを追い詰める。
ここぞとばかりに、ジャーメインが打って出る。
「わたくし達貴族は、確かに、その身分によって守られておりますわ。
でも、上位貴族だからといって、このような横紙破り、許されることではありません。
学院は、学びの場。将来のために貴族としての教養を身につける場です。
身分の高さは、その高さの分、高潔さが問われます。
彼女の卑しい行為をわたくしは許せませんわ!」
ざわざわ、とようやく生徒達が声を上げる。
ジャーメイン嬢の告発に、憤る者。うなずく者。
アゼリア嬢に同情する者。煽る者。
最も多いのは、この顛末を楽しんでいる者たちだ。
公爵令嬢VS侯爵令嬢!
「どうしました?アゼリア嬢。
黙っているのは、肯定とみなしてよろしいのですね。」
「ーお待ちになって。」
副会長が、小さく声を発する。
貴族学院中等部生徒副会長 ムシュカ・エリ・ド・アズーナ姫が動く。
「この告発は、証拠がありません。」
ムシュカ姫は、白い指で羊皮紙をはじく。
「すべては醜聞。告発文を裏付ける事実や証言はございますの?」
ジャーメイン嬢は、く、と小さく吐き、その後微笑んだ。
「…2日前、掲示板に晒された文を皆様ごらんになったはずですわ。
もちろん、ローレイナ嬢も。
ですが、彼女はどこにも反論なさらなかった…これは、肯定と受け取ってよろしいのではなくて?
わたくしならば、我慢できませんわ!自分の名誉を守るためには、どんなこともいたしましょうに。」
ローレイナ嬢の身振り手振りの演説に、一部の生徒が、そうだ!と騒ぎ出した。
ローレイナ嬢に罰を
退学だ!
「それに」
勢いづいたジャーメイン嬢は、声を張って生徒達を煽る。
「王立が駄目なら、貴族学院=貴院、だなんて!
私たちの貴院をどれだけ貶めた振る舞いでしょう!」
うおお!という声の塊がおこる。
ローレイナ嬢に罰を!
退学だ!
(いけない。ジャーメインの派閥が煽ってるんだわ)
ムシュカ姫は焦る。ジャーメインは何一つ証拠を提示していない。雰囲気だけで押し切ろうとしている。このまま集団心理が働けば、断罪が執り行われる。
「発言よろしいですか」
わあわあ騒ぎ立てる聴講席の対角から、一人の男子生徒が立ち上がった。
(メンディス?)
ムシュカは驚いた。生徒総会なんて煩わしい場に、あのなまけものが居るなんて。