表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/33

その19 白百合同盟

(巧い)


アゼリアは負傷した右手をクレアに預け、片身は彼女にもたれかかる格好となっている。それなのに、クレアは軽々とリードし、踊らせてくれる。


(ふ。びっくりした?

何やら学院の親衛隊という者共が、特訓してくれたよ。

昨日からずっと、慣れない筋肉痛だ。)

(ま。お姉様方ね!)


アゼリアの驚きに合わせてクレアはひらりとターンさせる。



「……わたくし耳にした事がございます。学院には偶像(アイドル)がいると。その方を愛する女性達が、親衛隊を結成していると。」

ひとりの女生徒が呟く。

「親衛隊……」


生徒達は得心がいく。

この方なら。


次第に女性陣は、クレアの凛々しさから、その香るような色香に、ぼうっとしてきた。


何という気高い微笑。

何という色っぽいたたずまい。

揺れる後れ毛。

令嬢を見つめる、甘い目線。


ふと、彼女達の熱い視線を感じて、クレアの瞳が動いた。そして、


ひゃあぁぁぁ……


コルセットのせいでは決してない、失神に襲われる淑女が…


(お姉様、やり過ぎ。ウインクなんてどこで習いましたの?)


苦笑するアゼリアを

再びステップでターンに導くクレア。



「今のところ侯爵令嬢が優っているかな」

「そうさな。華やかだ。」

「パートナーが良いから」

「…それを言っては」

しまった、という苦笑が漏れる。



くそ。


この俺が、女に劣るとでも?


苛立ちを隠せない王子にジャーメインはささやく。

(如何なさいました?いつもの貴方らしくない)

(何っ?)


ジャーメインは、くす、とこぼして、続けた。

(派手で華麗が、王子の持ち味でしょう?しみったれた踊りでは、物足りませんわ)


挑発とも嘲笑ともつかないジャーメインの言葉に、メンディスの顔に朱が刷けた。


俺は王子だ!国王に二番目に近い男だ!


ムキになった王子は、ぐっと令嬢の腰を近づけ、組んだ手に力を入れる。


(ふふ)

(始めましょう)

(承知)


3人の舞姫は、アイコンタクトをとる。

その様子を楽団の前で見ていたのは

ムシュカ姫。

貴賓席でじっとはしていられない。何せ王妃からの「淑女試験」をクリアしなければならないのだから。


(どのみち始めた事は終わりにしなければならないの。公爵も侯爵も、ご令嬢の始末について案じているわ。このわたくしに嘆願する位。)


あの時王妃(はは)は言った。


(公爵令嬢は、侯爵令嬢と和解を希望している。しかしながら、これが双方の醜聞となる事は予想できよう。…お前なら、どうする?)


そして、私への試験としたのだ。


私の出した解答が、これ。

名付けて

白百合(カサブランカ)同盟。


「アンダンテから、アレグレットに!」

王女は指揮に指示を出す。音楽が小刻みに、速く鳴る。


タン!


ジャーメインのハイヒールが鳴り、ステップが変わる。

(う。)

ペースを乱されて、王子がぐらつく。

(どうされまして?この程度の速さで)

ジャーメインの足さばきは軽やかだ。そのリズミカルな複雑な動きに戸惑いながら、かろうじてメンディスはついていく。

これでは、女性のリードに任せる未熟者のようになってしまう。


(くそっ。)

沽券(こけん)に係るとばかりに、王子もギアを入れ直す。何とか持ち直して、ぐっと令嬢の手を引く。


いつのまにか、クレアとアゼリアはフロアの片隅に立ち、王子とジャーメインの踊りを見ていた。


「おい、カムル嬢の動きを見ろ。」

「凄いな。機械仕掛けのように正確。なのに、滑らかで。」

「そう。そして音楽の一音一音を拾っていて。」

「あの速さで、笑顔だわ!」


ジャーメインへの賛辞があちこちから湧きでる。それに比べ、


(ねえ、男性が振り回されてない?)

(もう息が上がっているな。)


こんな、こんなはずでは。

俺の手の中で、薄ら笑いの女がけしかける。

しっかりなさい

これしきの事で根を上げるの?

よくわたくしと踊ろうなどと言えたわね

愚図なお方……


その様子をを見たムシュカは更に指揮者に

「アレグロからビバーチェへ」

指揮棒の速さが加速する。


タタタタ…!


ジャーメインは軽やかにその曲に乗り、更に複雑な足さばきを見せ、

そして



(あっ!)

「うっ!」

2人の足が絡まり、ぐらついたと思うと、


王子が


バン!


倒れた。


会場の音が止む。ムシュカが手を下ろした。


しん、とする観衆。

息を呑む貴族達。


中央にはジャーメインだけが

立っていた。

激しい踊りに息一つ乱さず、汗も見せず、優美に佇んで。

まるで、今会場に現れたばかりのように、ゆったりと。



くす。

くすくす。

…駄目よあなた……

でも。ふふふ


観衆は、さざなみのようにひっそりと苦笑する。

思いの外それが響くのは、あちらこちらで嘲笑しているからにほかならない。


倒れた王子は真っ赤になって起き上がった。


「まあ。申し訳ございません。少しばかり難しい踊りとなってしまいましたわ。」

本当に申し訳ない筈のない表情で令嬢がかがんで詫びるが、王子は手を振り払って、


「もういい。少し休む。」

と、どすどすと貴賓席に戻ろうとした。


その時

「音楽を」

と、アルトの声が響いた。


ムシュカはにっこりとして楽団に合図。


「まっ!」

「ご覧あそばせ!素敵!」


クレアが中央に、左にアゼリア、右にジャーメインが立ち、踊り始めた。


クレアが、アゼリアを回す。アゼリアがジャーメインと会釈。ジャーメインが今度は回って、クレアに抱かれる。

クレアはアゼリアの右手を庇いつつ、上手くサポート。ジャーメインには大胆に踊らせる。


その2人の良さを活かしながら、リズミカルに3人が絡み合い、離れ寄り添い、

そして

踊り手も観衆も、笑顔になった。


(これでフィニッシュ)

一際弦が鳴り響き、ボウが音を切った。


(ごう)!っという人々の声!

「素晴らしい!」

「何という趣向!」

「御三方に賞賛を!」


口々に賛辞を叫び、拍手が鳴りやまない中、ジャーメインはクレアとアゼリアを見つめた。

「流石ね、ローレイナ。」

「貴女こそ。凄いテクニック。」

「そして、はじめましてヴァレリオーズ。」

「素敵でしたよ、カムル嬢」


3人の美女は、晴れ晴れと挨拶を交わした。


後々人々の口に上がる、白百合の競演であった。


それにしても。


(これでは王子だけが赤っ恥ですな)

(元々、反宮妃派は、残念王子と馬鹿にしておる)

(まさしく残念だな)


そんな嘲笑う会話が王子に聞こえないはずはない。ぎろりと睨みつけて、何かを言おうとしたが

「お座り」

という母宮のぴしっと鞭打つような声色に、拳を握りしめて椅子についた。


それを見計らって、ムシュカは指揮者にまた指示をだす。


カドリールが楽しげに鳴りだす。

「おお、カドリールだ」

「我々も踊りましょうぞ」

紳士淑女がフロアにパラパラと出て列をつくり、緩やかで楽しいリズムの群舞を始めた。




くそ!くそ!くそ!


ジャーメインめ!

恥をかかせおって!!


「皆の者!やめい!」

王子が叫び立ち上がる。


突然の怒声に、指揮の手が止まる。

人々の動きも止まり、不思議な顔が貴賓席を見た。


「此度の決闘、不正がある!」

王子は仁王立ちになって叫ぶ。


「侯爵令嬢を辱め、狡い手を使い、(おとし)めたのは!」


メンディスが指をさす。


「ジャーメインだ!!」







こうもりのカドリールをみると、ほとんどフォークダンスですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ