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その18 ファーストダンス

「これより、淑女試験を旨とした、貴院主催の夜会を開会する。

 両名、ここに。」


校長の宣言で、2人の淑女は中央に立つ。

主席には、ロゼリナ妃が座り、その隣に王子が座った。

(ムシュカは?)

いつの間にか隣のムシュカが居ない。


「講釈は無用じゃの。

 審査は、最後にこの会場に来た者すべてが、花を手渡す。

 その数で、決着をつける。

 双方、宜しいの。」


「承知いたしました。」

「仰せのままに。」

2人は淑女の礼をとって、皆の方に向き直る。


見事である。

咲き誇る二つの大輪。

美貌だけでなく、その品格をサロンで示した二人である。

  ほう

という吐息だけが、会場を包む。


「ファーストダンスは2人に踊ってもらおう。

パートナーになる方は、前へ。」


(……)

若い男や生徒は、既に気後れがして周りを見るばかり。

しかし、彼女達を引き立てるだけの技量を自覚できる若者がいるだろうか。

ここは、年配の貴族がリードするのが無難かと思われた時、

「私が。」

と、王子が買って出た。


「メンディス殿下!これは素敵!」

「美丈夫のあの方なら、お2人に負けずに見栄えがいたしますね!」


(さあ、どちらと?)

メンディスは宮妃に軽く会釈して、金髪を煌めかせ、優雅な足取りで、段から降りてきた。若い女性達のきゃあ、という黄色い声が、はしたなくも上がる。



そして

皆が固唾(かたず)を飲む中、


金糸で縫い取りが施された緑のベルベットの腕を伸ばし


その手のひらを天井にかざして、長い指を伸ばした。


「……踊っていただけますか。」


その金色の瞳は


ジャーメインの微笑みを映していた。


わあっ!

王子のお相手は

公爵令嬢!


会場は、まるでジャーメインが勝者であるかのような騒ぎとなった。


「……ふざけないで。ダンスのパートナーでしょ?」

「そうよ。アゼリアにも、相応しい方が、いる、わよ、ね?」


お友達は口々に言うが、

アゼリアへのアプローチは、未だ、ない。


(それはそうであろう。王家一の美男子が踊るのだもの!我が息子に誰が張り合えると。ほほほ)

ロゼリナ宮妃は、腹のなかで快哉を叫んでいた。

これで公爵令嬢の勝利は、決まったようなもの。


あの子が入場した時は、肝を冷やした。ドレスが無いと報告を受けたのに、聞いた衣装より豪華なドレスで現れて。

だが。

腕を負傷しておると、聞く。

踊ることも辛いであろうが、それよりも、その負傷を補う巧者が必要だ。


踊りの巧者はいるだろう。しかし、息子が買って出てしまっては、どの貴族も張り合う勇気など出るはずもない……。


さあ!

泣くがよい、小娘。


宮妃がそのような高揚感に包まれていた間も、会場はざわめいていた。


誰が

だれか

侯爵令嬢のお手を


「わたくしがお相手してもよろしいでしょうか。」


豊かなアルトの声が上がった。

けして大きくはないが、不思議と耳に残る声である。


(誰)(誰だ?)


声の持ち主は、つかつかと中央に進み出た。


「え」「ええっ!」「何と……」


そこに立つのは、黒髪を結い上げた背の高い女性であった。

この頃には珍しく、ドレスの上にジャケットを羽織っている。


(……まさか)

アゼリアは心に浮かぶ名前を飲み込んだ。


「お、お戯れが過ぎますぞ。女性同士で踊るなぞ、聞いたことがない!おやめなされ!」

近くの貴族が、女性を止めに出る。

「そうだ。ふざけるな。侯爵家を愚弄するか。」


ざわざわと混乱する中、女性は

仕方ないなあ、と小さく言った。その声も何故か心地よく届く。


「……女だから見目が悪いと。ならば」

女性は、髪を解き、一括りに後ろに垂らし、ばさっとドレスの腰から下を


取った。


きゃあっ!という女達の悲鳴が上がったが、よくよく見れば、ドレスの下は細身のパンツとブーツである。

そして、おもむろに、仮面を外した………。


おおおっ!!

きゃあー!

なんて

素敵!


大きな思慮深い黒い瞳。切れ長の目。薔薇の唇。高い鼻梁。長い手足。結び損ねたサイドの髪が形の良い頬の線に優しくかかる。

そう。

男装の麗人と言う言葉がこれほど似つかわしい存在は居ない。


「ああ!やっぱり!」

アゼリアの目に涙が溜まる。

「助けに来たよ。愛しい我が友。」


そこに立つのは、クレア・レア・ヴァレリオーズ。

フェーベルト王子の学友。そしてアゼリアと友情を交わした女性である。


クレアは、貴賓席に向かい臣下の礼を取る。

「お前は。」

「初めてお目にかかります。

ヴァレリオーズ辺境伯爵の孫にして、次期伯爵を拝領つかまつります、クレアと申します。」


辺境伯爵。

王家出身の年寄りか。

武功を挙げ、いまだ健在。

国境警備に勤しむばかりか、近年は産業にも力を注ぎ、国力を高めていると聞く。

それも、孫娘の采配という。

これか。これがその孫娘か。


(かぶ)いたものよの。女が男の格好など。」

「畏れながら。わたしは女のすがたよりこちらの方が長いのです。

祖父より幼き頃からあらゆる武術を仕込まれました。」


クレアはすっくと立ち上がり、その腰のサッシュベルトを示しながら、

「本来ならここに、剣を身につけ、お望みとあらば腕を振るうのですが。

今宵はせめて、アゼリア嬢を美しく舞わせましょうぞ。」


クレアはアゼリアを見やって、にっこりと微笑んだ。


ほぉーっ という甘い吐息が女性陣から沸き起こる。


かたや、退廃的に美しい王子とジャーメイン嬢

かたや、中性的な男装の麗人とアゼリア嬢



まるで一幅の絵画のような

その4人に、皆は見惚れた。


「さあ、音楽を」

校長の嬉しそうな声と共に、楽団が柔らかい音を奏で始める。


四つの宝石は、二つの(つがい)となって、その音を撫でるように動き出した。

滑らかな滑るような2組の舞は、重力を感じさせずに繰り広げられる。


ジャーメインの薄紅の花が漂う。

アゼリアのドレスがシャンデリアを映して煌めく。


(クレア様。どうお伝えしてよいか。)

(何も。全て聞いた。私が全力でお支えするよ。大切な人。)


かつて恨んだ刻があった。

和解も苦いと感じた。

でも、互いに互いの道を極める同志だとわかった時に

互いの魂は寄り添ったのだ。


2人の戦友は、女闘士は

微笑みを武器に、今まさに第二王子に、美しい剣を奮っていた。


そして、その王子の手の中の公爵令嬢も、また、(やいば)を研いでいたのだったー。

クレアは宝塚のイメージでお楽しみ下さい。

シツコイようですが、前作「いじめ対応マニュアル」も、おヒマな時にのぞいてみて下さい。あちらはライトなコメディです。

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