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その17 令嬢ご入場

<孔雀の羽は取れた>


その暗喩(あんゆ)に、メンディスはニヤリとする。


これでジャーメインが一勝。


いや、ドレスが台無しになっては、出ることもできないのでは?

逃げた侯爵令嬢の不戦敗。

評判は地に堕ちる。


ジャーメインがどうであれ、アゼリアが惨めになればそれで良いのだから。


「伝令に褒美を。それから、そのメイドに、公爵令嬢の部屋の前で待てと命じろ。」


まるで裏切り者が主人(ジャーメイン)に報告に来たかのような絵面の出来上がり。それを第三者に見せれば……。


卑怯な手を使ったのは、公爵家だという()()を作っておく。

クスクスとメンディスはほくそ笑んだ。




「殿下。

ムシュカ王女お越しでございます。」


執事が戸口で恭しく告げると、程なく王女が廊下に現れた。


「御機嫌よう、お兄様。今夜は同伴をお引き受け下さってありがとうございます。」


(ほう。)


ムシュカは王妃に似ている。艶のある栗色の豊かな髪は、いつもの編み込みと違って、細かいウエーブを描いてハーフアップにされている。

王家特有の色素の薄い瞳は聡明さを表し、豊かな胸元と蜂のように細い腰が、もはや少女ではないことを示している。マーメイドラインが色香を醸す。腰の()()()()がアクセントとなっている。


「これは美しい。

光栄だな。あの2人も君には敵わないかもしれないよ、ムシュカ。」


「お口が上手。

お兄様ほど美丈夫にエスコート頂くのですもの。気合いを入れましてよ。」

本当に美しい。魅力的だ。

「夜会の準備ご苦労であった。」

「ありがとうございます。本日の趣向、お兄様には()()()()()()()()()()()。」


ムシュカのクモの糸のような言葉の意味を王子はまだ、知らない。




「メンディス王子殿下、ムシュカ王女、ご入場~」

高らかな声の後、2人はホールに入った。今日のゲストの中で、一番高位の彼らは、最後の入場だ。


ほう。

高位貴族の夜会もかくや、という誂えと客層だな。


お、客の半分は成人貴族じゃないか。学外の者はマスクで出自を隠しているのか。

生徒は所在無げにそわそわしているが、さすがに貴族たちはこうべを垂れて、俺を迎えている。


そう。

今日の俺は、3年生ではない。王位継承第2位の王子殿下だからな。



校長の挨拶を受け、2人は席に座る。途端にぞろぞろと挨拶に貴族達が列を作る。


金髪と金の瞳。華やいだその容姿は、王家に相応しい。鷹揚(おうよう)に応対するメンディスに、出席者達は、彼こそが後継者ではないか、という思いをもったようだ。


挨拶の列が解けて、程なく。

ざっ。

空気が変わる。


「ジャーメイン・エリ・ド・カムル公爵令嬢、ご入場!」


どうっ、と、大勢の吐息が合わさり、声なき声が湧き上がる。


ジャーメインは白から薄紅にグラデーションを描くプリンセスラインを勝負服に選んだ。黄金の髪には大輪の百合を軸に大小の白い花が流れるように飾られていた。金の首飾りはダイヤモンドが散りばめられ、スッキリとした胸元がそれを引き立てる。長いトレーンは床に美しい薄紅色の花々を連れている。


「おお。貴院の華は、清楚かつ豪華を併せ持つ装いですな。」

「あのラインは難しいのよ。下手をするとお可愛らしくなり過ぎて野暮ったくなるの。」

「ご覧あそばせ、あの首飾り。そしてあの白百合の花芯はプラチナではなくて?下品にならずに(まと)えるのが高貴な血(ブルーバラッド)ならではね。」


確かに美しい……。

今夜は淑女に驚かされる。

派手な装いを予想していたが、この気品と、険の取れた年相応の羞らいを見せる(かんばせ)はどうだ。その頭にティアラがないことが不思議なほどの高潔さ。


「素晴らしい。ジャーメイン嬢!

君は、君こそが、勝者だ!」

まず最初に、この場の最高位である王子にカーテシーをしたジャーメインにメンディスが叫ぶ。


「ありがとうございます。

全力を尽くしますわ。」


さあ、もう1人の主役は?


まだ?

どうした?


ざわざわと人々が侯爵令嬢の入場を待つ。

ばたばたと一部の生徒が様子見に出て行くが、誰一人戻らない。


まだか?何を愚図愚図と。

勿体ぶりおって、小娘が……


未だ公爵家に与する者の言い様は黒い。


どうしたの、ローレイナ様は?

どうしましょう、これでは試験が…

友人達がヒソヒソと騒ぐ


扉は開かない。



(出て来られないよ)

メンディスは腹のなかでほくそ笑む。

校内では代わりのドレスを調達出来ない。それを狙っての支度部屋である。家に取りに行く時間もない。

今頃、彼女は泣きじゃくっているだろう。


「校長」

「はい」

「客人を待たすのは如何か。

伝令を…」

メンディスがそこまで言った時、


おおーっ!っという歓声が湧き上がった。


瀟洒(しょうしゃ)な高い扉の前に立っているのは


「あ、アゼリア・アズ・ローレイナ侯爵令嬢、ご入場!」


うおおおおっ


一際騒めきが大きくなる。


(えっ)


メンディスは目を疑った。


そこに立つアゼリアは、灯を照り返して揺らめく白と銀が織り混ざったボールガウンドレスで現れた。


(…青だと聞いたぞ!)

それに、シミひとつないではないか!


「まっ!あれは銀箔を織った布地だわ!」

「見て!センターから覗くチュールレースは重ね色になっているわ。奥から紫が浮かんできて。」

「バックが大胆よ!肩甲骨が美しいわ……自信がないと、あれは出来ない。おまけにその背中にプラチナのチェーンを幾重にも垂らして。」

「あらあら!彼女もカサブランカよ!」


(……?)

成る程、アゼリアのドレスにも百合が飾られている。


ん?

ムシュカも……何の偶然だ?

しかもアゼリアのドレスは百合の花粉で……



衆目を集めるアゼリアは、まるで海が割れて道ができたかのような中央から、最初の挨拶に向かった。

会場の最高位、

王子の元に


……?


(おい、あの子は誰の所に?)

(どうしたの?あんな隅の)

アゼリアは柱の側に立つ、頭巾を纏った仮面の女の前で止まった。

そして。

深いカーテシーをゆっくりと為し、

こうべを垂れた。



…誰に?


皆の眼がその女に集まる。

美しい淑女が、みすぼらしい女にうやうやしく礼をとる構図は、奇妙であった。



「……何故」

女が呟く。その声を聞いたアゼリアがにっこり微笑んで

「本日はありがとうございます。

お目にかかれて光栄にございます。

ロゼリナ宮妃殿下。」

と、挨拶した。


(何っ)

「お妃様?!」

「なんだと!ロゼリナ殿下?」


「…仮装で忍んで参ったが。やられたの。ローレイナ嬢、何故に我だと?」

頭巾とマスクをとった宮妃は、流石の威厳である。緑の髪と薄い碧の眼を見た周囲の者は、あっという声を発して、絶句した。


「畏れながら。殿下の香を感じまして。お国の、深い森の香りを。」


この大勢の中で、感じ取ったのか。

この入室から、程なくで?!


ロゼリナは、心の中で舌を巻いた。

小娘、中々の素養と見た。

そして、想像以上の美貌である。


「挨拶の順を(たが)わず我にされたのは、褒めてつかわす。」

「痛み入ります。」


ほおーっ!と、皆の長い吐息が流れた。

侯爵令嬢は、何という高等なスキルをお持ちか!


(白百合…)

メンディスは、それどころではなかった。汚れたドレスは?メイドが嘘を?3人は何故に百合を??


(ふふ)

(参りましょう)

(宴はこれからよ)


3人の淑女は、それぞれの思いを持って、視線で言葉を交わしていた。

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