表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/33

その16 夜会当日

毎日投稿が途切れてごめんなさい。

色々あるわ、人生。

夜会は、貴院のメインホールで開催される。


テラス・ゲーム室・中庭、とつながったホールは、中等部卒業記念の舞踏会の会場である。卒業と成人式を意味する象徴的な場所なのだ。

例年卒業生が学外のフィアンセを伴ったり、保護者と同伴したり、それぞれに最もふさわしい相手と共に参加する。卒業生による自治的な舞踏会なので、生徒会は代々そのノウハウを持っている。


今回の夜会対決も、生徒会のその虎の巻を駆使して準備がなされた。


それにしても。

淑女試験の内容が決まってわずか10日ばかりで、よくぞ、という位の誂えである。

ホールの飾りつけ、楽団の準備、料理…どれもこれも卒業舞踏会、いやそれ以上の用意がなされている。


「後は、生徒たちが入場するのを待つばかりですね。」


会長がムシュカに声をかけた。朝から彼女はまさにコマネズミのように動き回っていたのだ。


「貴女がこれほどの手腕とは。恐れ入りました。さすがは副会長。」


生徒会長が銀縁眼鏡をつい、と上げてムシュカに微笑む。若干上から目線なのが、鼻につくが、まあいいでしょう、と彼女はうなずいた。


代々貴院の会長は、王院同様、枢密院の一員や官僚の座が保証されるエリートである。偉ぶるのも致し方ない。

(それも今日までの事)


でも、夜会の準備はムシュカの手柄でもない。

実際の所は、校長と王家のおかげである。


サロンの件で、淑女試験を是非見たいと言う貴族達が招待を請求し、学生では対応ならないと、貴院が招待客を選別しリストを作ってくれた。

そのリストにムシュカが手を加えた事は誰にも内緒だが。


「今夜の進行と審査は、校長先生がなさいます。これだけの夜会に生徒会では手に余ります。」

それはそうだろう。

サロンの勝負も、既に生徒会を離れていたに等しい。所詮公爵家と侯爵家の高等な争いを生徒会が審査するなど烏滸(おこ)がましいのだ。

夜会は特に貴族の社交の場として、何事にも気が抜けない。卒業生のお祝いとは格が違いすぎる。


「これで大手を振って、ジャーメイン嬢を応援できるのでは?」

ムシュカが会長にスパイシーな事をしれっと言う。

会長はムッとして

「……そのような素振りをしたと?」

とけんのある声で答えた。

「お隠しにならずとも。

わたくしとて、侯爵令嬢派ですからね。ここまで貴方もわたくしも、公平に立ち回ろうと努めてきましたよね。」

ムシュカはころころと笑いながら会長に向き直る。

そして

「……もう、宜しくて?

わたくし副会長としての務めは十二分に、果たしました。」

「……?ええ。」


では。

「近いうちに、生徒総会を開きます。」

「?」

「あの掲示板の告発状を受理して貼ったのは、会長、貴方ですね。そして、ジャーメインを(そそのか)したのも。」

(……!)


「侯爵令嬢の名誉は回復しましたわ。今夜、衆目の前で余程の事がない限りは…となれば、侯爵家は名誉毀損を訴えて参りますわ、生徒会に。」


会長の顔が白くなる。

「そ、それは。だが」


「誰かがスケープゴートにならなくては収まりません。告発状を画策した者。そしてよく調査もせずに間に受けた者。」

いいえ。

「嘘を扇動した者、と、言えますわね。会長。」


ざ、と、空気が動く。

ムシュカがいつのまにか一歩下がり、両脇に従者が付いていた。

会長は、やり場のない怒気を抑えようとしたが、その拳を振り上げ叫んだ。

「貴様!どんな証拠が、あ、あっ「「無礼者!」」


その声に、会場でせかせか動いていた下男達が止まる。


しんとなったホールに、剣を抜いた従者の静かな声が響く。

「第一王女に貴様呼ばわりとは。ひとたび貴院から出れば、接見もままならぬ相手だとご承知か?」

「う…」


先程までの小娘ではない、威厳のある女性となったムシュカを会長は見やった。


「よい。どのみち、明日にはわかるであろう。

よいですか。会長。いえ、ロス伯爵家のご嫡男。」

ムシュカは冷たい表情で宣告した。


「お、おれ、私は!」

「そうです。貴方の正義に従っただけ。しかしその判断が招いた事態の責任は取らなくてはなりません。

侯爵家には生け贄を差し出さねば、生徒会はもとより、貴院自体にも影響が及びましょう。

それは最高責任者の貴方でなくてはならない。」

ロスは、じんわりと、その意味を噛み締めた。


「か、会長を…降りれば…」

「それだけではありますまい。貴方、弟が居ますね。…」

…伯爵がどの様な裁可をなさるかは、貴方がどれだけ黒いかによりますわね…


膝を折って、ぶつぶつと何かを呟く会長を置いて、ムシュカは従者に、帰ります、と告げた。


これで一つ。




「お嬢様!まだお着替えあそばしませんの?」

アゼリア御付きの侍女が、化粧道具を持ってくる。


貴院相談室は、アゼリアの支度部屋である。狭いながらも、心地よいソファと可愛らしいテーブルがあって、アゼリアはそのソファに寛いでいた。


「いいのよマリアン。ギリギリでないと。このドレスは座りジワが強いの。最後にぱっと着るわ。」

侯爵家から持ってきた姿見とスツールの横に、勝負服が飾ってあった。


人形に着せてあるドレスは、深い深いブルーのドレス。トレーンが長くて、プリーツ加工が美しい。上半身はスッキリとした仕様。アゼリアにしてはシンプルだ。


「お嬢様にしては大人っぽいものを選ばれましたね。」

「わたくしも15歳よ。」

ふわふわのパニエと緩めたコルセット姿でアゼリアはスツールに移動して、髪を触りだした。


ジャーメインとアゼリアは、家からではなく貴院で支度するよう取り決められた。どんな制約かはわからないが、やや不自由な事は確かだ。侍女も数人しか連れてこられなかった。

「さあ、お嬢様。先ずは御髪(おぐし)からですわね!」

この頃ふくよかになったマリアンが腕まくりをしてケープを取り出すと


コンコンコン!


と、ノックの音がして、年若いメイドが入ってきた。

「お嬢様。お届け物です。」


鏡に映ったメイドは大きな白百合の花束を抱えている。

「まあ。綺麗。カサブランカね。どなたから?」

「……判りません。下男が持って参りましたので。」

痩せたメイドは大きな花束を持て余して、どこに、と、所在無げだ。そして、テーブルに置こうとして、

「あ!」

「ああっ!」

スツールに足を取られた彼女は倒れぬように花束を持った手を壁に出そうとして……


あろう事か、ブルーのドレスに花束が擦れた。大輪の白百合にはたっぷりとした黄色い雄蕊(おしべ)が長く付いていた。その雄蕊が…

ドレスに


べったりと

花粉をつけた


まるで黄色いペンキのように、くっきりと。いく筋も。


「タリス!お前は!」

「も、申し訳ございません!」


「……お嬢様!落ちません!ユリの花粉は落ちません!ああーっ!」


う、うううっ!

ひいーっ!


支度部屋は大混乱となる。

淑女の悲鳴に、何事かと従者が入室しようとするが、アゼリアは下着姿なので誰も入れない。


「アゼリア嬢!ご無事ですか!何が!」

「もう、だめよ!ドレスが、ドレスが!」


顔を覆って泣く侯爵令嬢、オロオロして嘆くマリアンと泣きじゃくるタリス。その喜劇的な惨状から、こっそりと抜け出た者がいた。


今年入ったメイドのミーヤである。


ひとしきり支度部屋には泣き声が響いていたが


程なく。


「やっぱりミーヤでしたね。」


「これでよろしかったのですか?せっかくのドレスを」


マリアンとタリスは、顔を上げてけろりとした表情で扉を伺う。


「いいのよ。ぴったりの場所に付けてくれたわ。上々。」

全く涙のないアゼリアが、こっそり微笑む。そして振り向きもせず呟いた。

「そこに、いる?」

(はい)

「追って」

(……)

静かに、何者かが離れる気配が残った。



今頃。


ミーヤは真の雇い主に報告しているだろう。こちらが手を出すには及びません。すでに自滅しております、と。

(ドレスを台無しにするなんてさせるものですか)


アゼリアは、どうせ汚されるか裂かれるなら、自作自演で先手を打つことにしたのだ。

「マリアン」

「はい。」

ためらう事なくマリアンは、花粉で汚れた所を裾から切り裂いた。

「ひ」

指示だけ聞いていたタリスが小さく悲鳴をあげる。

くすっ、とアゼリアは小さく笑って、若いメイドに言った。

「お前の主人が、どうして、おしゃれ番長と学院で言われたか、見せてあげるわ」


さあ、淑女の本領発揮よ!

普通花屋さんは、おしべ切ってありますよね。

二度と取れない。あの花粉は。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ