その15 王宮にて3
「お前がしっかりしないから!」
母親が息子を叱る常套句である。メンディスはうんざりした。
ロゼリナ宮は、王宮の西にある庭園が美しい宮殿だ。メンディスは17歳になった日から王宮の西の対に住んでいるが、それからもほぼ毎日この宮殿に参上している。
母宮が、指示を出すからだ。
「そうはいっても、やることはやりました。
怪我もさせたし、詩も盗んだ。
それでも負けない彼女を褒めるべきでは?」
二日酔いでずきずきする頭を抱えて、彼は苦いお茶を飲んだ。美しい庭も、晩秋にしては暖かなこのテラスも、今はどうでもいい感じだ。
「ジャーメインが手を抜いたわけではないのね?」
「むしろ全力だったそうですよ。昨夜の一件は、もう貴族社会では噂になっています。
二人の令嬢の素晴らしさを称えよ。
この国で最も高貴な血筋の令嬢と、未来の王国に入る令嬢は、この国の宝だ、と。」
メンディスは、苦虫をつぶした表情で言った。
てっきりアゼリアの泣きっ面を見られると思ったのに。
「昨晩はお前、何をしていたの?サロンにもいかず。」
「兄上の酒宴ですよ。彼の部屋で。ずっと。」
兄に誘われたのは初めてのことだ。ついこの間17歳の成人となったメンディスに、成人王族の集いにこいと言われた。サロンの日なのに断れない。主催が兄だからだ。父王とフェーベルト、父王の弟宮、メンディス…。このメンツでは、何があっても諾と言うしかない。
そして、したたか飲まされた。
兄も、叔父上も、強い。
「どうするの?もう後がないのよ?ジャーメインも知らせを出したのに、来なかったわ。
このままでは計画が」
いらいらとロゼリナ妃は爪を噛む。
隣国の王家の姫だった母は、緑の髪に深い緑の大きな瞳をもつ。少し肌が黄みがかったところが、この国の白い肌への劣等意識だそうだが、その異国感さえ美しい、と、メンディスは思っている。
その彼女の企みに乗ったとはいえ、母も黒い、と、メンディスは思う。
ロゼリナの目的は、実は兄の失脚と息子の王太子即位、だ。
アゼリアを糾弾する。そして従妹添いではあるが、ジャーメインを妃に推す。
すでに高位貴族の後押しは保証してある。ローレイナ家が失脚すれば、たやすいことだ。
ここまでは、俺がジャーメインに話したことと同じ。
晴れて兄がジャーメインと婚姻した時に、今回のアゼリアへの妨害がジャーメインの仕業であると風評を流す。実は兄がアゼリアを貶めんががために、ジャーメインに指示を出したのだと。黒幕は、ジャーメインに恋慕した兄であると。
王家最大のスキャンダルを追い風に、兄の廃嫡運動をおこす。反フェーベルト派、つまりロゼリナ派はその時に、動く。
そして、俺が、後継ぎというシナリオだ。
「次の手は大丈夫なんでしょうね」
「ええ。」
うんざりした声で、メンディスが答える。
「手は打ってありますよ。
次は、確実です。」
「本当でしょうね。」
または、ないのよ!と、吐き捨てるように美しい顔をゆがめて母妃がかみつく。
俺は、別に、王になりたいわけじゃないんだけどなあー。
ただ、兄を貶める、という言葉は甘美だ。ただ、それだけ。
まあ、もらえるものは、もらっておくさ。
見てろよ、兄上。
アゼリアは、貴院を休んだ。
昨日の疲れと腕の痛みから、夜会の前に休息をとりたいと感じたからだ。
ローレイナ別邸の庭先で、彼女はダージリンを味わっていた。
昨日は、楽しかった…。
そして、フェーベルトの御心。
駅でアゼリアが責めたときに、見せて下さったお気持ちと、同じくらい嬉しかった。
自分の計画以上に、彼が自分の能力を見抜き、采配してくださった。
愛されている。それだけで、頑張れますわ。
さて。
腕の痛みは、あさっての夜会までにはとれないだろう。今度ばかりは小手先では通用しない。
夜会は、一般投票となるそうだ。
どちらが貴婦人として優れているか、夜会に出席した全員で、審査する。
ジャーメインの赤い花 アゼリアの白い花。その数で決まる。
そうなれば、ドレスの着こなしと、夜会での立ち居振る舞い、そしてダンス、が審査内容だろう。
ダンス。
腕をキープして踊ってくれるパートナーでなくては、難しいでしょうね。
ガカロは上手だけれど、身長が合わない。バルザックは、うふふ、だめね。
会場で立候補した方の中から選んで踊ることとなる。おそらく複数の方々と踊らなければならない。どんな相手でも踊れなくては、貴婦人とは言えない。
お上手な方が申し出てくださるとよいのだけど。
ダンス、は負けるわね。
さあ、ドレスは、どうしましょう。
次に妨害が入るとすれば、ドレス。
汚される?破かれる? ふふ。
自分で言うのもなんだけど、ありきたりよね。
アゼリアは、ティーポットのお茶をもう一度ついだ。お茶は侍女にまかせず自分で入れて自分でつぐことにしている。紅茶にはうるさいのだ。
ダージリン。手紙と共に、ジャーメインが今朝届けてくれた公爵家秘蔵の逸品。
(昨夜は楽しかったわ。
お大事にね。それから…。)
ジャーメイン・エリ・ド・カムル。
競い合ったからこそわかる素晴らしさ。淑女試験が終わったら、ともに語り合いたい。
もちろん、わたくしが勝って、ですけれど。
さて。
侯爵令嬢は、ゆっくりと二杯目を楽しんだ。
そして
「手紙を出すわ。」
と、侍女に告げた。
王宮の東の宮殿は、ベルロット王妃の城である。
ムシュカ王女とその下の双子の妹姫たちも、一緒に住んでいる。本来なら、母妃は王妃として王宮の北の対に住まうはずであるが、ロゼリナ宮妃とのバランスで、こういう形をとった。隣国はロゼリナを正妃として送り出している。また、母は亡くなった姉の後添えなので、王后不在としたのだ。王妃と宮妃。その拮抗は、王宮に留まらず、静かな争いを繰り広げている。
なにしろ男子後継のこの国で、ベルロットは3人の姫、ロゼリナは2人の王子を授かった。
フェーベルト第一王子は姉の忘れ形見。先の王妃の子供である。
こうなると、パワーバランスはその子息の成長と共に、微妙なものとなった。
「何の考え事?お前が考え事をすると、ろくなことはないのよ。」
王妃はころころ笑って、ムシュカに声をかける。
本を抱えてぼおっとしていたムシュカは、はっとして本を置き、礼をした。
「…ろくなこと、とは心外ですわ。お母様」
「そう?…昨夜はアゼリアが殊勲を上げたそうね。」
王妃は、娘が見たこと聞いたことを知りたくて居室にきたのだ。王女はそれを察して、事細かに話してみせた。
ふふ。やはりね。
あの子は、強い。そして、したたかだわ。
見た目にだまされてはいけない。
だから、王子を任せられるのよ。
そう思うと。
自分の愛娘は、確かに賢く、謙虚で、素直だ。見た目もわたくしに似て人並み以上。
が、それだけ。
もう少し、狡猾に立ち回ることを覚えさせなくては、ね。
「ムシュカ」
「はい。お母様。」
「貴女、自分の名前の由来を知っているわね。」
「はい」
ムシュカの名付け親は、ロゼリナ妃の父君である。
ロゼリナもまた、先代のアズーナ王がつけた。
「貴女はゆくゆく隣国に嫁ぐ身です。そのための教養はつけたつもり。でも、いえだからこそ。」
……そうね。
「ムシュカ。貴女も淑女試験を受けてもらうわ。」
「え。」
王妃は先刻届いた二通の手紙を侍女のトレイから取った。
「これをお読みなさい。この中身を貴女の試験としましょう。」
私?
ムシュカは王妃を見つめ、そしてその手にある二通の封筒を見た。
公爵家の紋章と
侯爵家の紋章がそこにはあった。
この頃スマホで書いています。パソコンが拗ねています。どうしよう。
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