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その13 サロン対決4

音楽に思い入れがあって、長くなりました。


 ひとしきり歓談が終わったころに、会長が夫人に着席を促した。周りは、それを見て、

(始まるか)と、そわそわしだした。


 なにしろ朗読が見事すぎた。

 中等部の学生と見くびっていた参加者は、次なる対戦も、かくや、と期待が高まる。

 

「それでは、次に楽器の演奏を披露していただきます。

 審査は、当代きっての作曲家、ハイゼン氏にお願いしました。

 マイスター・ハイゼン。よろしくお願いします。」

 会長の紹介に、ハイゼン氏は大仰なしぐさで会釈する。細身の体に最新流行のパッド入りジャケット。つややかな口ひげが色男ぶりを匂わせる。

(おお、人気者をよくつかまえたな)

(さすがは、オクタビア夫人。)

 

 たかが女生徒の争いではあるが、最高のコロッセウムを提供できなければ、サロンの女帝の名が(すた)る。自分の立ち位置を狙う女性など、後を絶たない。最新の最高の人材を集める、それが女帝の矜恃(きょうじ)である。

 

「では、始めましょう。どなたから」

「はい。わたくしが。」

 ジャーメインが再び先手をとる。


(あの娘、怪我を押して何かするつもりなのね。でも、朗読と違って片手では何もできないはず。)

 鍵盤は無論の事、横笛も、弦も、竪琴も、片手では鳴らせない。

 手詰まりのはず。

 

 それでも戦うと言った彼女に敬意を払って、わたくしは全力で演奏いたしましょう。

(それが、精一杯の、贖罪だわ)

 先ほどのガカロの言葉が、ジャーメインの心に刺さったまま、とれない。

 


 ジャーメインは、チェンバロを選んだ。

(おや)

(まあ)

 彼女の事だ。派手なパフォーマンスを披露するかと思いきや。


(正確な和声。粒ぞろいの音色。装飾音もトレモロも、繊細で豊かでしなやかで……)


 でも。


 聴衆は思う。

 上手い。

 でも、物足りない。


(だって、チェンバロですもの)

 アゼリアは思う。


 弦を金属が爪弾いて鳴る楽器である。厳かで気品のある演奏を聴かせているジャーメインは、王道の演奏といえる。だが、繊細な楽器ゆえ、強弱は付かない。倍鳴りの音の揺れすら味わいとなす楽器である。


 皆は誤解している。彼女の豪華で豊満な雰囲気に、ゴージャスなドラマを魅せてくれると思い込んでいる。


 その落差についていけないのだ。


 彼女なら、ピアノを弾きこなせるはず。貴族好みのチェンバロに逃げたとは思えない。


(……わたくしの為?)

 アゼリアは、先程の公爵令嬢を思い浮かべた。

 華麗で大胆な彼女が、いかにもアゼリア好みの楽器で勝負してきたのは。

(わたくしの怪我に関与していないという弁護?)


 その時。


 金糸雀(カナリア)もかくや、という音が加わった。


「あ」「おお」


 ハイゼン氏がリコーダーで演奏に加わったのだ。

 小鳥の(さえず)りのような木製の笛の音は、チェンバロの金属音とよく似合う。


「……⁈」

 困惑するジャーメインが見上げると、ハイゼンはウィンクを一つ。

(続けて)

 と、リコーダーの高音を響かせる。


 その遊び心に、くすっと笑った少女は、左手の通音を一層響かせて、右手の中高音は華麗に遊ばせた。

 その音を追うように、かいくぐるように、笛の音が羽ばたく。


(まあ)(…素敵)


 ハイゼンとの二重奏に、いつしかジャーメインに楽しそうな笑顔がこぼれ出す。


 誘うような分散和音

 受けて立つ紳士の、からかいを含んだタンギング


 きらきらと、軽やかに、白い指が遊ぶ、笑う。


 最後に二人は目で合図して、フィニッシュ!高音を高鳴らす笛と低音へアルペジオで落としていくチェンバロ。


(ふふ。)

(いい娘だ。)


 小さな汗を額に浮かべたジャーメインは、愉快そうに立ち上がり、ハイゼン氏に会釈をしようとして、


 ハイゼンにその手を取られ、甲に口づけられた。


 ほう…という吐息が貴婦人から漏れる。

 まさしくサロンに相応しいひと時に皆は酔いしれた。


「技術あっての遊びです。公爵令嬢、貴女のミューズは真正だ。」

「ありがとうございます。こんな楽しい演奏は初めてですわ。」

 ハイゼンとジャーメインは、微笑んで礼を言い合った。


 人と合わせる、人に合わせることが、こんなにも心地よいなんて!


 今まで、最上であることを求められ、最高であることを求めてきた。そんな彼女が、何かを支えることで得られる喜びを知ったのだ。


「素晴らしい!お二人とも、なんて息のあった!」

「即興ですと?信じられない。」

 皆口々にセッションを讃える。

 ジャーメインは、演奏前とは比べ物にならない満ち足りた感覚を覚えていた。


(さすがはハイゼン。彼女のテクニックを見抜いて引き立てたわね。)

 夫人は扇の中でニンマリする。

 人選は間違っていなかったわね。


 さあ。


 ローレイナ嬢。どうなさる?


「…幕間と思い参上つかまった!」

 その時、つかつかと青年が現れた。

 近衛騎士団の制服に身を包んだ若き青年。


「どなたですか。ここで何をしているかご存知の振る舞いですか?」

 生徒会長が青年を止めようとする。

 青年は

「フェーベルト・エリ・ド・アズーナ第1王子より勅命を受けて、つかまつった!」

 と、更に声を張った。

「王子の?」

「寡黙の王子が何を?」


(あ……)

 ムシュカが気づいた。

 兄上の企みね!何をなさるの?


 青年は騎士団のマントをばっと巻き上げ、その手に持つ花束を掲げた。

「殿下の代理人として、ナレック・バルザック近衛少年騎士団員がアゼリア・アズ・ローレイナ嬢に!」


 バルザックはアゼリアの前で跪き、

 その手にある青薔薇の花束をアゼリアに両手で差し出す。


「お誕生日おめでとうございます!15歳におなりだね、アゼリア。」

 その栗色の髪と同じ柔らかな笑顔を見せて、バルザックは花束を渡す。青薔薇は、震えるような蕾を中心に、数十本はあろうかという瑞々しい切花を淡い銀色の布でくるんであった。銀から溢れる花とくっきりした葉が美しい。


(こんなに綺麗な花を選んで下さって!!)

アゼリアは王子の心に歓喜に震える。


「誕生日?」

「あら。まあ。贈物は王子様から?」

「素敵!全部青薔薇なんて。」

「おめでとうローレイナ様」

「粋ね!近衛兵の伝令なんて!」


おめでとう!おめでとう!


(あらあら、女生徒達はきゃあきゃあね。)

 それはそうだろう。王子の贈物を逞しい美男子がメッセンジャーとなって姫に捧げたのだ。こんなに耽美な絵面はない。



 でも。夫人は冷静に思う。

 あの公爵令嬢の、聴き手を遊ばせ惹きこませた演奏を貴女は超えられるかしら。


(花束……そしてピアノ。

  アゼリアの注文通り。)

 ムシュカは考えを巡らせる。

 元々回転は速い方だ。兄上程ではないにせよ、勘も思索も人より上と自負している。

 それなのに、この騒動に関しては、私って、おつむの悪い鈍感娘のよう!

(花束で、その怪我をどうやって乗り切るの?)


 ムシュカは花束を抱えて薔薇色に頰を染めたアゼリアを見やった。少女ははにかみと、愛しい王子のはからいに胸一杯という表情だ。


「ローレイナさん。せっかくの所ですが」

 生徒会長が促すと、アゼリアは、あら、という顔をして笑った。


「そうでしたわ!演奏でしたわね。

  わたくし嬉しくって、つい。」

 はは、という周囲の柔らかな空気の中、アゼリアは花束を抱えて歩みだした。


 ピアノの前に。


(ピアノ?)

(ピアノ!)

 ストロベリーブロンドの淑女は、華やかに告げる。


「せっかくの王子殿下からの贈物。何処にも置けません。わたくしこのまま弾かせていただきますわ。」

バルザックくんには特技があります。

よかったら前作読んでみて下さいね。



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