その11 サロン対決その2
単純なざまあにする予定だったのに。
私は悪役が好きなんです。
ジャーメイン、頑張れ。
建国叙事詩 第三章
始帝アズーナが諸国を統治し、王国を建国した祝祭を謳う壮大な詩である。
その三章は、この地に帰還したアズーナが、マーレを発動し、黄金の獅子王となった様を高らかに語る。
(凄い……。)
ムシュカは感嘆の吐息を漏らした。
ジャーメインは、王を讃える詩の中で、王の憑座になったかの様に、神々しく、雄々しく、堂々としていた。
黄金の髪
琥珀の瞳
瞳に宿る深い黄金の焔
緋色のドレスが火炎の様だ……
16歳の乙女であることを忘れさせる気迫と強さ。
一堂が息を呑む中、彼女は、まさしく獅子王として、このサロンに降臨したかの様であった。
最後の言葉を力強く発し、跪いたジャーメインが、ゆっくりと起き上がる。
表情がもどり、少女は薔薇色の頬を染め、会釈をした。
おおおぉぉぉ‼︎
サロンが揺れる程の歓声。
「素晴らしい!」
「神が降臨したかの様だ。」
「わたくし震えが止まりませんわ。
まさしく王家の遺伝子!」
「見事でした。カムル公爵令嬢。」
「恐れいります。」
夫人が立ち上がって讃える。
「かつてこの様に建国叙事詩を表現した者がいたでしょうか。王を讃えるというより、貴女自身が獅子王として圧倒なさいました。流石は王の姪御さん。その血の濃さを彷彿とさせる、貴女にしかできない朗読でございました。」
オクタビア夫人の絶賛に、拍手が起きる。
(ホントに凄い。素敵でしたわ!)
ライバルの渾身の表現に、アゼリアは素直に感じ入った。こういうところが彼女の持ち味であり、弱い所でも、ある。
公爵令嬢の真っ向勝負、相手を組み敷くが如くの王者の戦いぶり。
さて。
如何致しましょう。
ここで同じ建国叙事詩を語れば、彼女との差は歴然としている。
負けました、と、伝えることは簡単。誰もが納得するだろう。あの朗読に勝るものなどない。戦わずして負ける事と、詠じて負ける事と、どちらが恥か……?
でも、心の何処かに、勝負を投げるな、という自分も棲んでいる。
怪我をさせ、詩を盗み、それが王道?ふざけるな、と。
闘え。
諦めろ。
アゼリアは葛藤していた。
「それでは、次にアゼリア・アズ・ローレイナ嬢。」
ムシュカが声を張る。
(どうしたの?アゼリア!)
アゼリアは無言で立つ。
暫し頭を下げ、ゆっくりと上げ、周囲を見回した。
(さあ!詫びなさい!
出来ないと。
わたくしの様には出来ませんと!)
待ちに待った瞬間である。
ジャーメインは、その後の嬲る言葉を思い浮かべて、心の中で舌舐めずりしていた。
(どうした?怖気ついたかな?)
(あれの後じゃ、誰でもそうなるさ)
「あの、ローレイナさん?」
ムシュカがおずおずと聞くと、アゼリアはようやく口を開く。
「皆様、わたくし「遅くなっちゃったあ!ごめんなさあい!」
その場にそぐわない、可愛い声が重なって響く。
入り口に飛び込んできたのは、幼さが残る少年。オレンジ色の髪をくしゅくしゅと遊ばせ、金のリングを嵌めている。
「アゼリア〜〜、探してたらさー遅刻しちゃった!」
子猫の様なしなやかな動きと、くりくりしたオレンジの瞳。ぴょんぴょん跳んで、アゼリアの側にやってくる。
「ガカロ?どうしたの?」
「うんーつれないなあ。
こんな楽しい事、ボクも、混ぜて!」
(ガカロ・ボラリナ。
準教皇の子息にして、マーレ持ち。
アゼリアと転校してきた高等部の生徒。でも見た目は幼い少年。マーレがその成長を止めているとの噂。)
ジャーメインは訝しがる。
旅行からアゼリアの味方が帰ってきたという事ね。でも、何を今更。
彼女の勝負にどう援助できるというの?
「ガカロ、わたくし今」
「うん。詩を吟じるんでしょ?
ボク、アゼリアの、大好き!
だから、ほら、リュラー持ってきたよ。」
その手にあるのは、六本弦の竪琴。
今日のガカロは白い法衣を纏っている。そのケープから、ひょこっと取り出して微笑んだ。
「一緒に、やろ?伴奏させて。
ねー、みんな、いいでしょお?」
にっこりと無邪気な仕草に、その場がほわっとする。
あっけ、というアゼリアサイドとジャーメイン一派以外は、皆仕方ないねえ、というぬるい感じになってしまった。
「えと、それは、ローレイナさんの朗読に伴奏をおつけになると、いう事でしょうか。」
ドギマギしながらムシュカが尋ねると、
「うん!ほら古代は朗読に伴奏があったじゃない!いいでしょ?」
にっこり。
……もう!何でこんな少年にドキドキするの!
無邪気な色気ってあるんだわ、などと不届な事を思いながら、ムシュカは確認を怠らない。
「カムル公爵令嬢、宜しいでしょうか」
ふん。とジャーメインは鼻で笑う。
「構いません」
小細工がわたくしに通用するわけないじゃない!
「いいんだって!アゼリア、やろ!
ほら、おうちで遊んだ、あれ!」
あ……
そうか。
そう、ね。
その方が、わたくしには……
今のわたくしには!
アゼリアはにっこりと得心した。
そして、羊皮紙をピリピリと裂いて捨てる。
何も持たない左手は、ガカロの手に触れる。
(よろしくて?)
ガカロもにこっと返し、
(もちろん)
と、連れだって中央に進み出た。
ガカロは法衣をばさっとはだいた。中には白地に金の刺繍のエクソミス(右肩を出したギリシャの衣装)。まるで古代の少年の様だ。
アゼリアの衣装と合って、一対の女主人と小姓に見える。
彼は、跪いてリュラーを抱えた。
「では、ガカロ、参りましょう。
皆様、お願いいたします。
小夜曲抒情詩 <妃の夜鳴鳥と金の金糸雀>」
え?
代案?羊皮紙は?
ない!
(((……暗唱!)))
嘘よ!第3章を用意していたはず!
ジャーメインは動揺する。
そんな、この場で、変更?
ムシュカも不安に慄く。
(お嬢さん、公爵令嬢の満点朗読に同じ土俵では勝てないと悟ったのね。
さて)
オクタビア夫人は成り行きに軽い興奮を覚えた。
アズーナ世界の古代は、古代ギリシャと同じになっております。





