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掌を返そう




 魔銀(ミスリル)の質をスヴェンが「多少はどうにかできる」と言っていた通り、ドワーフの力が乗った鍛造は魔鉱石が持つ4次元構造に干渉できる。

 エルダードワーフのように、結晶が4次元方向へ自ずと成長し魔鉱石の鉱床を成す程ではないが、本質的には同じ次元を扱う同じ力。だから4番目(そこ)はいい。


 問題は5番目をどうするかだ。

 普通の人間にとっても、前後左右に比べれば上下の移動が制限も多く苦労するよう、10の次元を成す10の基底(向き)にも相性がある。


 例えば、エルフ達のそれは、簡単に言えば植物の力に満ちている。

 勿論ドワーフとも金属とも相性はすこぶる悪い。『深い』場所では金属は瞬く間に錆びてバラバラになり、岩は脆く砕け土と化す。


 妖精のそれは別の理由で駄目だ。

 ここに多く居るノッカーやコボルト達は確かに妖精だが、彼等には扱えない。確固とした肉体(存在)を持っている妖精種族は総じて、もしかしたら俺達以上に強く忌避している。

 妖精の環(フェアリーサークル)の向こう側には、区別無く平等に生きとし生ける存在を喰い荒らす捕食者がいると本能的に知っているのだろう。


 まあこの問題には目処が立っている。責任を取らせる、とも言えるか。


「〝仙境〟の基底を使って5次元にするのが筋だろう」


 アカーラのための武具製作だ。アカーラに協力させるのは当然だ。


「道理よの。拒む(よし)も無い。我が『道』を此奴等に仕込もう」


 その声に驚きも動揺も無かった。アカーラは端からそうなるとその能力で知っていて話を進めているからだ。

 こういう所もこのSランク吸血鬼の(たち)の悪い所だな。


「そうさな……無と無限の在り様は、相反すも(ひと)しきもの。故に法の者共(ダーマバーナカ)がお得意の『教え(ダーマ)』を(さえず)りに来るであろうが……」


 道士と法士はそういうところでも競合しているのか?


「何れにせよ、我が身を()くには必須であろ。構わぬよ。其方等は気にせずとも良い。そも、誰の許しが要る訳も無し。

 我を滅ぼせぬ凡百共が(たか)(さえず)ろうなら、其の鼎器(からだ)にも物の『道理』と云うものを『教え』てやろうぞ」

「ヒェ……」

「……師匠、やりすぎないでくださいよ?」

「其れは我ではなく奴等次第よのう。『道』を疾く解せば良き事であろ」


 さんざ道場破りしまくっていたアカーラを法士達が滅ぼすべき魔性の怪物だと思っているならともかく、アカーラが法士をここまで嫌うのは余程だろう。

 面倒が増えるのは勘弁したいんだが……それであとここにはどれだけ居れば良いんだかな。


「既に見るべき者等は見るべきを見た。我が此処に残る故、皆は先に()くが良い」

「無論、契りは違わぬとも。其方の冀求(ききゅう)せしむる彼の地までの案内は我に任せよ」

「「分け身など造作無い。一つも二つも同じ事よの」」


 あぁ、コイツそう言えば肉体を増やせるんだったな。忘れていたかった。



「ま、待て! 待ってくれ……!」



 そこで口を挟んできたのはスヴェンだった。







「断る。俺には、俺達にはやらなければならない事がある。鎚ならそこの大親方に見てもらえ」


 こういうのは聞く前からばっさり断るに限る。

 知人程度のおっさんに付き合う義理は本来無い。


「頼む! 俺はグレンの鎚が見たいんだ!!」


 ……時間については引き延ばそうと思えばいくらでもどうにかなるが、スヴェンがそこまでするほどの相手かと問われれば、否だ。


 族長の息子でもあった樹狂(きちが)いエルフのウェンシャン同様、エルダードワーフであり大工房の大親方(グランドマスター)でもあるステディアとは、国益の為に多少のやり取りが続いたが、〝大鉄砧〟( ストーステディア )とは言えその中に大小数十ある内の一工房の、そのまた見習いの年若いドワーフの一人に過ぎなかった当時のスヴェンとは、技術会得の為の派遣研修と称した軟禁生活20日間でしか交流は無い。


 では何故俺が出会い頭で彼をスヴェンだと気付き、「スヴェルス副工房長」という肩書きを事前に知り、何より俺に会いにくるという行動に対して警戒をしたのか。


 簡単だ。


 スヴェンは、わざわざ工房どころかこの里を出てニルギリのフロスト邸資料館まで足を運んでいたからだ。


 ()()()()()()()()()


 こいつはドワーフとは思えない程ことある毎に外出し、資料館に足を運んでいる。

 度々インタビューまで受け、「グレンの鎚に出会えたからこそ、そしてもう会う事がないからこそ、俺は大親方の直弟子に、副工房長に認められる程の〝傑作〟( マスターピース )を、鎚を、腕を鍛え上げる事ができた」「ここに来てグレンの鎚を思い出すだけで、今なお俺の炉心で創作意欲が暴れる。鎚が、腕が疼くんだよ。行き詰まった壁を砕く閃きになってくれる」などと延々と語る写真付きの記事が資料館に展示されていた程だ。


 そのせいもあり、スヴェンはニルギリ国内での知名度がやたら高い。

 そんな副工房長が直々に腕を振るったとなれば、その品の価値は高く付くことだろうし、世間的にはグレンデールと縁が深いドワーフの作品がフロスト邸保存会を運営するクレイグモア家に贈られても不自然ではない。


 しかし過去にそれを行なった者はいない。〝大鉄砧〟( ストーステディア )が武具工房だからだ。


 基本的に武具しか注文を受け付けていないし、まして名が広まってからのスヴェンを指名するとなると、近衛騎士団から直接の依頼のようなレベルになる。細かな調整に使用者本人が工房へ出向く必要もあり、資産家への贈り物という用途には全く向いていない。


 そもそも、マイスの万年筆は別に他のドワーフに依頼しても何も問題ない。


「こちらには引き受ける理由もメリットも無い」


 ステディア本人が鍛えた『神剣』や『神鎗』が見られるなら話は別だが……それは()()()()()


 エルダードワーフの作り出す道具とは、神々からの依頼品であり供物。

 その殆どが完成と同時に人の世から消失する。


 それでもそれら神々の道具の存在が語られるのは、一つはその威容が完成間近までそこに在ったというだけで世界に〝痕跡〟を残すからだ。

 それこそエルフ達が森の拡大を止め、棲み分けると決意するほどの()()〝痕〟がつく。

 ハイエルフの『神樹』がこの世界に直接は存在できないのと似ている。どちらも()()()()、そのままではこの世界に載せられないんだろう。


 まあ人々の間で語り継がれているのは実際の所、もう一つの理由の方が大きい。


 文字通りの伝説。各地に残る神話。

 しかし共通点の多い伝承。

 お伽噺だ。


 世界を破壊しかねない要因の排除のため、神々より力を封じられた武具を与えられる者達。

 命と引き換えにその力を振るう事を強いられ、相討ちで終わることが定められた免疫機構。


 救世主、大英雄、勇者、代行者、化身。


 讃え、語られる名こそ様々だが、皆決まって最期は相討ちになる。

 力を解放し切った武具も、役割を終えたとばかりに消失する。


 その喪失を代価に多くは救われ、恐るべき危機と争いは終わる。

 かくして未来の、今の秩序があるのだと。


 侵略の、支配の正当性を刷り込む理由付け。作り話だと一笑する者さえいる。



 そうだ。


 戦争(殺し合い)の終わりは自分の死だとしか思っていなかった頃の俺に至っては、そんな作り話に興味も縁も無かった。



 あの時までは。



 そう、そんな逸話は。


 まるで……

 まるで同じだと──





「俺の大切な親友に贈る、万年筆を作ってください」



 暗澹たる思索の闇を切り裂く、暁光の輝き。

 迷える魂を導く、天より射したる希望の道標。


 そう、カイルだ──!!



「あとは……今後俺やディーの依頼があった時に優先してお話を受けてくださると約束してください。

 引き受けてくださるなら、俺からもとう…父を説得します」

「それはどういう……いや、分かった。ただし顧客としての優先権は成功報酬にさせてくれ」

「構いません。ありがとうございます。父さん……父さん?」


 済まないカイル、ちょっとだけ待ってくれ。


「え? うん」

「スゥーー、ハァーーーーーーーー…………来いッッ!!!」

「えぇ? あ、ええと……」


 その唇が黄金の調べを紡ぐ──


「スヴェルスさんに父さんの錬金術教えてあげてほしいんだ……その、俺も分かるかどうか分からないけど、父さんのすごい錬金術、少しは勉強したいし」

「もちろんだいいとも当然だ俺の技術を隅々まで詳細に事細かくいくらでも教授して披露して叩き込んで多少自我がガタついてでもスヴェンが使いこなせるようにしようよしやろう今すぐやろうスヴェンいいな死ぬ気で付いて来い」

「! ヘヘッ! ったりめえだ!!

 いつだって俺はこの鎚にタマ懸けてんだよ!!!」

「カカカカッ!! コイツァ面白ェなァ!!」


「えぇ……」

「ウワァ……」

「相も変わらず(さなが)弓錐(ドリル)の如くよく回る掌であるの」







「お前さんの鎚は変わっているが、この辺で見たあらゆるものからはお前の鎚の音が微かに聴こえる。大したもんだ」


 国内で最も高名とも謳われるドワーフは、私を見て早々にそう評した。

 些か過大な評価だと思うが。


「同じ炉で鎚を並べた同胞(はらから)からの依頼品だ。そいつはお前さんの鎚の一部になるんだろう。これは俺の確信だ」


 懐からしかし我が子を慈しむように取り出されたそれを、私は直接受け取りそのまま検める。

 ドワーフからの品は、直接受け取り製作者の前でその質の高さを検分するのが最上級の礼儀だ。


 その金属の化粧箱は細長く手のひら大で、しかし意外と軽い。

 滑らかな表面には金と銀の象嵌細工によってクレイグモア家のあの風変わりで難解な紋章が描かれている。

 絶妙な配合で調整された色味の地金は艶消しが施され、シンプルな輪郭は、ただの成金の浪費の対極にある質実さをも湛えた美の極致を思わせた。

 当家も出資している国立美術館に専用の展示室を設けていてもおかしくはない風格だ。


 私が静かに視線を向ければ、製作者の小さな頷きに促され、そっと蓋を開く。


 そこには、『武具工房(B.Jár.V.) (Stór)鉄砧( Steðja)副工房長(Jár.V.SS.)スヴェルス(Sverð)』というドワーフ語の流麗な文字と盾のデザインが軸に彫り込まれた、総魔銀(ミスリル)製の万年筆が1本、佇んでいた。


 キャップには、ようやく見送った親友の瞳を思わせる、小さな紫水晶(アメジスト)が控えめに輝いている。




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