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サイコロを折り曲げよう




「異なる次元を扱う()()なら、それほど難しい技術じゃない。種族固有の『異界』なんてのは珍しくないからな」

「あァ……森人(アルヴァル)の〝隠れ森〟か」


 俺の言葉に口を開いたのは真に残念ながら息子達ではなかった。


 大工房〝大鉄砧(ストーステディア)〟の大親方(グランドマスター)、〝鉄砧(かなとこ)のステディア〟。

 同族で“最も若い”と自称するエルダードワーフだ。


 多くのドワーフは滅多に洞窟から出ない。それどころか工房に籠りっきりの奴さえいる。

 しかしエルダードワーフであるステディアは違う。


 エルダードワーフやハイエルフ、高位の竜種のように存在の“格”が高い一部の種族は、ただ居るだけで周辺環境を変容させていく。

 だがそれはどこでも良いという意味ではない。むしろだからこそと、己の世界で満たすに足る場所であるかに拘る者が多い。

 ステディアもまた、居を構えるに相応しい地を見定めるまで──曰く、この大洞窟に腰を下ろしたのは約500年前だという──は世界各地を転々と旅していたらしい。


 だからこそ、彼は“森人(アルヴァル)”──語彙の大半が石や金属の細かなニュアンスを表す古いドワーフの言葉において、特定の種族を指し示す数少ない単語の1つで、「エルフ」を意味する。──が不可解な強襲や撤退の度に唐突に顕れては跡形もなく消える異質な森の気配を知っている、


 森人(アルヴァル)の〝隠れ森〟──エルフの(領域)


 公にされている表向きのエルフの村ではなく、族長と限られた近親者のみが住まう深奥の森。


 俺がガキの頃に無茶な空間移動で奇跡的に突っ込んだり、師であるプードル姐さんが当たり前のように訪ねて来たりしたが、普通の移動では本来決して辿り着けない。

 単に空間を伸び縮みさせて歪ませたものとは違う。異なる次元にずれている。

 ウロウロしたところで昇降機や階段を知らなければ別の階には行けない。


 そして、こういった『異界』を生み出し扱えるのは、何もエルフに限った話ではない。


「〝妖精の棲み処〟、〝死者の領域〟、〝龍の巣〟に、〝仙境〟。少なくとも、重なるように或いは隔てられて存在する()()の『異界』ならば、俺の知る7つの縮退した次元の内1つでも扱えれば、理論的には可能だ」

「シュクタイ?ってなんだ?」


 良い質問だディルマー。そこに着目するとはやはりセンスがある。


「次元の縮退自体は単純な概念だ。字面ほど難しいものじゃない」

「親父の“むずかしくない”はアテになんねえ」


 うむ……噛み砕いて話すよう心掛けているが、専門的な内容となると理解するにはやはり必要な前提知識や概念が多くなるからな。


「例えば、人は地表を前後左右は概ね自由に移動できる。

 だが上下は違う。飛び跳ねるにもよじ登るにも潜るにも限度がある。その身一つで可能な上下の移動は微々たるものだ。

 それこそ、空高く飛ぶ鳥や飛竜から見れば小さ過ぎて()()ように見える。“コイツらは2次元の生き物だ”、とな」


 小さ過ぎて無いように見える。違いが区別できず1つの同じものに見える。

 これが縮退だ。


「親父は飛べるだろどうせ」

「まあな。だがそれは重要じゃない」







 とは言え上下はまだ観測できる。だから却って分かりにくいかもしれない。


 今話したいのは、知覚すら覚束ないほど縮退している次元の話だ。

 前後・左右・上下と違い、知覚できないためにそれを明確に表す単語を持たない種族も多い。畏れ、曖昧に向こう、奥、彼方などと呼ぶ。


 逆にそれを知る者……例えばエルフのそれは、無理に訳すと“根の方”・“葉の方”と言ったところか。


「見えないくらい小さい……?のに、“縮退した次元”って普通の人に使えるの?」

「やりようはある。

 “地表”の例はまさにそうだが、山や谷があれば人は上下に動ける。自ずと動いてしまう、と言った方がいいな。

 そういう細工のされた曲がった空間は、能力の有無に関わらずその向きに移動させられて迷い込むことになる」


 〝妖精の棲み処〟に繋がるものが特に有名で、妖精の環(フェアリーサークル)と呼ばれている。

 当然、入る者と出る者の数は一致しない。


「んなワナに自分から入るとかバカじゃ……あー、分かってりゃ利用もできるってことか?」

カ〜ッ(あぁ)ディルも(その向きへ)またやはり(移動している)天才……(事には)才能の(変わりない)塊……(からな)この歳で(訓練になるし)己の分も(形次第では)弁えている(良い助走地点)慎重さ(にもなる)ギャップ(多少死と)堪らん尊い……(隣り合わせだが)

「なんか声が……二重に?」

「それ、聞いてて恥ず……キツいから、普通にしゃべってほしい」


 さて、仮にもし妖精に捕まれば、鳥が魚を狩るように、盤上から駒を摘み上げるように、その場から消え失せる。


 この世界に肉体を持つタイプの妖精の起源は、この今までに消え去った存在だとも言われている。遥か昔から攫い続け、バラバラに分解し、堆積したものが、いつしか自我が宿る程に種として進化し、再びこの世界に顕れる。


 ここで言う“妖精”は、ヒトからカビやアメーバ辺りまでの多くの生物を十把一絡げに“真核生物”とまとめているのと同程度には大きな呼称だ。“妖精”だからと不必要に恐れたり忌避するのは違う。


 ドワーフと共生するコボルトやノッカーは“妖精”だが、最早ヒトを獲って喰う存在ではない。

 人の酒を盗って呑む手癖の悪い奴は居るが。


「どこぞの剣のように莫大な力があれば、この“地表”自体を切り裂く事ができる。下手すれば、付近にある別の“地表”もまとめてな」

「そうさな。〝斗星〟( ひきつぼし )を振るうのには気を付けとるよ。矢鱈と斬れるでの」


 よく分かってるじゃないか。だったら止めて欲しいものなんだが。


「成る程の。我を滅ぼす武具に宿す炎とあらば、意図せず〝龍の巣〟をも焦がす事もあろうな。さすれば始祖たる彼の龍の関心を惹ける、と。うむ。

 ──其れは其れで有りよの」


 どこも有りじゃないんだよ。







「他の次元を扱えれば、高次元の物体・構造物も組み立てやすくなる。点を連ねて線に、線で囲って面に、面を折って立体とするようにな」

「さっきの龍のくだりは大丈夫なのかよ」


 大丈夫じゃない。だがそれは一旦置いておく。


「簡単に1つ作って見せよう。正八胞体という単純な4次元構造物だ。超立方体とも言うな」


 そう言って、俺は同じサイズの鉄製のサイコロを8つ、錬金で生成する。


「1つのサイコロの1〜6全ての面に、6つのサイコロをそれぞれ接着する。分かりやすく同じ数同士を接着しよう」

「なんか磁石みたいに普通にくっつくね……?」

「相変わらず器用な真似しやがる」


 1の面同士、2の面同士と、接触面の金属結合を弄り一体化させていくのを6までやる。


「更に最後の1つを外周の任意のサイコロの外側の面に貼り付ける」


 1-1で接着したサイコロの6の面に、最後のサイコロを6の面同士で貼り付ける。


「この状態は、正方形で立方体の展開図を作ったようなものだな。あとはこれを、任意の第4次元方向に折り曲げ、飛び出ているそれぞれの隣接する立方体の面同士を接着するだけだ」

「は???」

「う〜ん……理屈はなんとなく分かるけど、実際どうなるんだろう」


 ああ~理屈が分かるだけでも天才なんだぞカイル~~~。ディルの「は???」という反応が普通だ。

 ちんぷんかんぷんしている息子達もまた、かわいいな……。


「このまま折り曲げると、折った部分がこの3次元空間からはみ出して見えなくなってしまう。

 今回は視覚的に捉えられるよう、折り曲げる第4次元側から俺達の3次元を照らす補助照明を置いておく」

「ほう……此れは……」

「ん? 真ん中がなんか光った」

「あ、中身が透けて見えてるっぽい?」


 いやぁ、息子達の反応楽しいなぁ!! 今のアカーラの不穏な反応はちょっと無視していよう。


「まずは1つ目、6の面に接着したサイコロを折り曲げる」


 と言っても見かけでは押し込んだように見えるだろう。


「わっ……真ん中のサイコロ、潰れた?」

「ん? これってつぶしてんじゃねえのか?」


 オレが押し込んだサイコロはひしゃげている──ように見える“像”が投影されている。


「正方形を斜めから見ると台形だろう? それと同じだ。ほら、角度を変えればちゃんと立方体のままだと分かる」

「うわあっ、逆に残りの部分とか父さんの手がすごい縮んだり膨らんだりしてる」

「今見えているのは大半が補助照明の光で照らされて見えているだけで、実体はこの3次元空間上から飛び出している。だから照明を消すと見えなくなってしまう」

「わかんねえけど見えてんのに、そこだけ気配が無いのはわかる」

「……鉄のサイコロの、気配……?」


 狼人(ワーウルフ)の鋭敏な聴覚・嗅覚に由来するものだな。鋭敏にそれらから無意識的に周囲を感知するディルからすれば、環境音の反響も鉄の臭気もこの3次元上に実体が無い以上存在していないのに見えている目の前の光景は、違和感が強いだろう。


「他の周りの5つも折り曲げて、それぞれの面同士を接着する。最後の1つは、少し向きを変えると折り曲げやすい」

「おお??? なんかぐちゃぐちゃになった?!」


 内と外の3次元的見かけが流動する。テープの輪をひねってひっくり返すのと同じ要領だ。そうすると今までと同じように押し込んで曲げることができる。


「これで完成だ」


 出来上がった鉄の正八胞体を色々な角度に回して見せる。8つのサイコロの重なりが内へ外へと入れ替わり立ち替わるように見える。

 ただし見えている全ての表面は、実は他のサイコロが接着されている。つまり露出してるわけではない。

 立方体で言えば“辺”に当たる。だから見かけ上は見えるし触れる。8つのうち2つのサイコロは第4次元空間側に完全にはみ出し、この3次元空間と交わっていないから観測できない。


「うねうねしてる。オレがさわってもただの鉄のかたまりなのに」

「俺たちじゃ4次元の向きに回せないから……父さん。これって、“正方形で組み立てた立方体”と同じなんだよね」

「あぁ、その通りだ」

()()は、つまってないの?」


 ンアアッ!! テンサイッッ!!! ココニテンサイガイルヨォオッッ!!!!

 カイルベッタ・フロストって言うんですよ。ええ、うちの長男なんです。次男のディルマー共々よろしくお願いします。




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