短剣を見せよう
「ど、どうぞ」
「此れは……」
「ほぅ……コイツぁ、やるじゃねえか……」
カイルが短剣を卓の上に乗せると、むさ苦しいおっさんと剣士見習い(刀鍛冶見習いかもしれんが)の子供が揃って不躾に顔を近づけ、その剣身をまじまじと目で舐る。大体、剣を見せるために移った別室に、拡大鏡やら水晶絹の手袋やらを広げ、既に準備完了だと言わんばかりに待ち構えていたスヴェンの興奮した顔は既に不審者だったが。
まったく気持ち悪いよなぁ。ほら、カイルも引いてるだろうが。散れ! 散れ!!
「基本骨子は錬金術での鍛造か」
「なんと……錬金で刃金を鍛えられるものなのですか」
「おうよ。大抵の術師は鈍らを鋳るばかりの碌に鎚も握れねェ惰弱なヤツらだが、グレンは違う。
アイツの鎚は鍛え抜かれた本物を造る」
俺の息子よりも短剣に目を向け続けるこの節穴アイ'sの戯言にも、カイルは有益な疑問を見出したようだ。
「……? 普通の魔法だと良い金物にならないってこと?」
「錬金術や土属性魔法として出回っている術式の多くは、そのまま金属材料の加工に使うと、融かして鋳型に流し込んだ鋳造品や、塊から削り出した切削品のような出来になる」
世間に出回ってる術式は、そういうイメージを土台にしたものなのだろう。
「それで良いかどうかは用途によるな」
「ダメなのがあるのか?」
椅子に逆向きに座り暇そうに尾と脚をふらふらさせていたディルが、背もたれに顎を乗せたまま視線を向けて尋ねる。
興味があるというより手持無沙汰で話に入ってきた感じだ。
アカーラという次の瞬間に世界の半分は滅ぼせるような存在との無言空間はメンタルへの負担が大きいもんな。わかるぞ。
「ああ。例えば剣のような武具がそうだが、反復曲げ応力に対する強度……靭性……つまり頑丈さを求められる物だ。
鋳造や切削は、金属の結晶に隙間が生まれたり、向きや流れが形状に沿わない。そのせいで鍛造と比べると強度が落ちやすい」
「そっか、武器が使ってる途中にいきなり壊れたら大変だもんね」
「あとは、内部の隙間が少なく高密度の薄い金属は熱の通りが良い。手早く炒める調理に向いている。
逆に鋳物は熱が緩やかに伝わるから、じっくり火を通す調理に向いている」
「へえ〜! 確かに使い勝手が結構違うなとは思ってたけど、単に厚さが違うからってだけじゃなかったんだ」
カイルは料理が好きだからな。
その辺り不自由しないよう今も昔も家の調理器具にも気を遣ってある。
とは言えあの短剣に比べれば流石に1/100程度だ。
──素早く熱を伝えるようにし、繊細な火加減の調整が速やかに反映される炒物用の薄鍋。緩やかに熱を伝導し、蓄熱・保温性能に特化した厚鍋。それぞれの熱量制御に加え、扱いやすいよう施した程良い慣性・重力質量軽減と撥水撥油。俺が把握している範囲の毒・呪いに対する解毒と浄化。調理の邪魔をせずにメンテナンスフリーも実現する、専用に調整した状態保存──
この手の付与はやり過ぎると、才能に溢れたカイルには「あれ、火の入り方が思ってたのと違う……?」と却って邪魔をしてしまう。外観を逸脱しない程度にするのが大事だ。
おっと話を戻そう。
「ドワーフでなくとも、熟練の鍛冶師ならば当然刃物ぐらいは打てる。とは言えああ見えてとても繊細な技術だ。
最適な素材の組み合わせ、混合の仕方、空気との接触、温度の管理。
感覚を研ぎ澄まし鎚で打ち、折って曲げ延ばす。不純物を必要なだけ叩き出し、求める形状を生み出すと同時に、適切な結晶の流れを作る。
その全てができて初めて、粘りや靭やかさを持った使い物になる仕上がりになる」
「ヘェ〜」
「そういうのって魔力の流れにもやっぱり影響が出るの?」
「ハァ~ッ……天ッ才」
「……」
「あ?」
「んえ?」
「見よ世界よ。
この瞳に湛えられた、無垢にして聡明なる祝福の輝きを。眩いだろう。そうだ、これが“栄光”だ。
その声は常に篤く真摯で、同時に深い安らぎと慈愛に満ちた、新緑を駆ける優しき風だ」
「ほぇ~、じゃあ銀糸の刺繍とか魔法陣の巻物なんかよりずっと小さくできるんだ……」
「うェ゛、なんっだこれ。聞こえてるのと違う言葉が頭に直接流れ込んでくる……」
「ククク、只人の身で我と同じ体験ができる等、稀有であろうよ。運が良いのぉ」
「オレがすげぇツイてねぇのは分かった」
◇
「あぁ、相変わらず惚れ惚れする〝鎚の音〟だ……。
たっく〝大鉄砧〟の同朋でもここまで良い〝音〟が聴こえるモンを打てる奴はそう居ねェ」
「父さん、すごい褒められてるね!」
「めちゃくちゃ顔がしかめっツラだけどな……どういう感情なんだアレ?」
スヴェンのあれは、「自分ならどうやって作るか」と思索している顔だ。見るのは300年以上ぶりだろう。
「素材も最上質のを惜しげなく使ってんな。
魔銀に魔黄金……魔緋金もか。高位の竜の素材も使ってやがる」
「しかし如何に良き素材とは言え、此れ程の膨大な呪いを籠められるものであろうか……?
某の知る最上質の素材を組み合わせて尚、此の量の付与は技量でどうにかなるものでは……容量が千倍でも足らぬ程……
まさか……見えぬ亜空間に数多の刃を重ね束ねている……!」
「コイツは、それだけじゃねェ。
回帰保全呪の多重自己再帰、励起微小神殿の共鳴……余剰次元空間を含む刃金全体で、魔素との錯体結晶格子の一つ一つに、そしてそれらが全体で共鳴するよう緻密に付与が錬り込まれてやがる……」
言葉を切ったスヴェンがようやく短剣から視線を切って……ないな。
「グレン、お前ェ、コイツ作るのにどんだけ掛けた……? 銭じゃねェぞ。時間だ」
その確信を持った上での確認だと分かる質問に、俺ではなく、カイルが目をパチパチと瞬かせて首を傾げる。
あぁ……良い……。効く……。
カイルから見れば、俺がこの短剣を用意するのに掛けた時間は2、3日程度だったように見えていただろう。
「実時間で言えば、10年程度だな」
「えっ!」
息子の驚く声が岩窟の中で反響し、あらゆる角度から俺へと多大なるヒーリング効果を齎した。
カイルと居る時間なんてあっという間だからな。あの頃はまだ再会してすぐだったのもあって、1万倍に引き伸ばしても短く感じるくらいだった。
「本当に、たったの10年か?」
まったく、おっさんの声で台無しだ。
まあ10年程度で到底できる作業量ではないと言いたいんだろう。それはそうだ。そんな馬鹿正直にやってはいない。
「術式制御用に俺の頭を100人分用意した」
アカーラやムージャのような化け物が扱っている、独立した生命体として成立し自我も持っている完全な分身とは違う。そんな大それた代物じゃない。
錬金術をそれなりに扱える者にとって、自分自身と同一の人体組織の部分的複製は、再生魔法のような他者や存在しないものに対するそれとは違い、格段に容易だ。その応用に過ぎない。
魔力経路で接続し並列実行する、酸素と糖で動かせる単なる高速演算器。リソースの大半を目的の処理に回せる分、頭数以上の働きをしてくれる。下手な使い魔よりも扱いやすい。
「実質1000年って訳か、イカレてンじゃねェか……! ガハハハハハ!!」
膝を打つ音と言い相変わらず音がでかい。息子達が驚くから止めてもらいたい。その膝、ふわふわの吸音素材で覆ってやろうか。ディルなんかもう耳倒して目も閉じ我関せずって顔だぞ。賢いなあ……。
「正気では到底至れぬ人知を超えた領域……此れ程でも尚、天上の域には届かぬというのか……」
でこっちはこっちで勝手に打ちひしがれている。どいつもこいつも身勝手な奴等だ。
◇
「師父より賜った〝斗星〟は、切れ味は良いが如何せん攻撃範囲が線……いや、面と云うべきかの。兎角狭いのが難点でな」
最早珍しくもないが、アカーラが突然語り出す。
さっきのあれは「切れ味が良い」とか言う次元ではない。
宇宙の終末と創造が起こる切断面に接していて大抵の存在は無事で済むはずがないが、それでもアカーラに言わせれば足りないのだろう。
「今の我は無事な箇所が残る時点で無意味なようでの。全くの同時に総てを等しく滅さねば、地との縁、呪われし今生の肉の枷より逃れ得ぬと見ておる。
線で裂くも、面で潰すも足りぬ。
つまりは〝斗星〟の次元を二つばかり増やせば良い──其れが可能なのか、其れを振るう力をどう工面するかは一旦脇に置いておるがの」
……さながら、本体が泡のような骨組みだけに見える鎚、と言ったところか。何なら骨組みは別に見えている必要もないだろう。
泡の内部に対象を取り込み、5次元時空から4次元時空への射影として瞬間的に空間を炎で満たし熾き尽す。
ポータブル焼却炉だな。
そしてその炎は〝斗星〟の斬撃と同等でなければならない。
そんなトチ狂った物が実現可能かは知らん。
だが言いたいことの断片は分かる。カイルの短剣に使っているコア技術の1つ──空間魔法の応用した、7つの縮退した次元への干渉技術。
それをドワーフに伝えれば俺達はおさらばできるというわけだ。
「ガハハハッ、鐵を錬る懐かしい音がすると思えばァ。随分腕を上げたなァ、デル坊よォ」
唐突な声。
初めから居たかのようだった。
いや、当然だ。〝大鉄砧〟は、彼の領域なのだから。
岩肌が震えていると錯覚するほどに地の魔力が沸き立つ。壁、床、天井、調度品、その全てを構成する鉱石が、敬い慕う存在に歓喜している。
〝大鉄砧〟で最も偉大な職人。最も面倒な狂人。最も強大な主人。
大親方、〝鉄砧のステディア〟。
アカーラの口角が上がっているのを、俺は見逃さなかった。