駕籠を降りよう
「へぇ〜、超面白い皇子じゃん。あ、そう言えば〝ウーティ〟って今日会った中に居た気がするなぁ。どうせならそういう面白エピソード聞きたいよねぇ〜。今度訊いてみよ。
あぁ、次会うの早めにしとかないとか。短命種はすぐ枯れちゃうし」
息子達よりも先に飛んできたトンデモ森野郎の感想はどうでもいいが、カミルの子孫には迷惑を掛けてしまいそうだ。すまんな。
「なんで、カミルとまた会わなかったんだ?」
ディルが、気が合いそうな感じだったじゃん、と耳と一緒に首を傾げる。その疑問に答えたのは俺ではなく、お兄ちゃんしたい盛りのカイルだった。
「カミルさんは皇族でも貴族でもなくなっちゃったから、軍でお仕事してる父さんや男爵家のプードルさん……クレイグモア家の人とは住める場所が違ってて、直接会えなくなっちゃったからだと思うよ」
そう! 正解!
いやあ〜お兄ちゃんしてるぞ〜〜!!
簡単に言うと当時のニルギリ皇国では、皇族や貴族、軍属の人間の街は、他の一般市民の街とは壁で物理的に隔たれ、人も物も出入りが厳しく制限されていた。
例えば俺のような国の安全に関わる機密を持つ軍属の人間が任務以外で壁を超えるには、煩雑で通りにくい申請を都度行い、承認を得る必要があった。一般市民の出入りなどまず許可されない。ごく一部の役人や御用商人ぐらいだ。
そんな壁の多くは革命で破壊されたらしいが。
「そういうわけだから、機密の多い軍属の俺と一気に貴族籍まで失ったカミルとは、再会の機会は愚か手紙のやり取りもできなかった」
「僕とは、文通してたじゃん?」
「カミルの方からの接触もなかった。俺に余計な政治的リスクが降り掛からないよう配慮してくれていたんだろう」
「僕とは、文通してたじゃん?」
「もしかしたら皇籍離脱の際に、皇族の重要情報の秘匿だけでなく、貴族や軍人のような一般市民以外との交流自体にも契約魔法で制限を設けていたのかもしれないな。政治的混乱を避けるためにカミルなら自分から提案していてもおかしくはない」
「僕とは、文通、してたじゃん??」
今良い話をしてる所なんだからしゃしゃり出て来ないでほしいんだが。
「エルフの次期族長との繋がりは国益になると判断された。それだけだろうどうせ」
「ええ〜、そんな理由であんな箱みたいな分厚い紙束いっぱいの愛種子レポート送ってきてたのぉ?
ヤバぁ……もっとちゃんと友達作りなよ」
「お前だけに送っていたわけじゃない。グリュオにも同じものを直接手渡しているし、半日ばかりプレゼンもやった」
「うっわ」
「俺もグリュオからマイスのプレゼンを聞いたのだから何も問題は無い」
「……短命種ってそういうの流行ってんの? 文化?」
コイツと息子達を引き合わせた点についてはクレイグモア家に苦言を呈しておいてもいいかもしれない。
◇
「おっと、そろそろ森の縁だねぇ」
「ふち?」
「植物限界だ」
それなりの高度だが、気温や降水量の問題ではない。ここで言う植物限界は、徐々に植生が変化して最終的に草木の無い領域に至るという形のそれとは異なる。
魔素が帯びている性質の違い──大気、水、土。もっと言えば空間それ自体の違いによるものだ。
この先一帯、丹念に保護・隔離し続けない限り、あらゆる植物は生育せず枯死する。
「失敬な。古に定められたドヴェルグの領域との境目だよ。
確かに向こう側に木々や草花を茂らせるなら、解毒とか改質とか塗り潰しとか、多少の下準備が要るからダルいけど、やろうと思えば出来る。取り決めた境界だからやらないだけさ!」
おっさんが息巻いたところで何一つプラスの感情は湧いてこない。無言のまま俺が目で促せば、ウェンシャンはわざとらしく溜息をついてから説明を続けた。
「ドヴェルグ、んーと、ニルギリだとドワーフって言う方が多いかな? 知っての通り、彼等は森とどうしようもなく相性が悪くてねぇ。ドヴェルグの集う土地には草木が根付かない。まぁ、彼等が好むような土地は大抵元より金属が多いから、花と種みたいな話になるけど。
ただ、そういうわけで彼らの住処の周囲は森どころか草木も碌に無いんだよ。お陰で砂漠地帯にすら引けてる〝風の通り道〟を引けなくてねぇ。この快適な駕籠から乗り換えになっちゃうのさ」
『緑風の駕籠』の小窓から入る光が強くなり、外が一気に明るくなった。
木々が無くなり、視界が開けている。
そうして見えてくるのは、出店が建ち並ぶ中まるで野山と岩山を不自然に切り取り接着したように、地面がくっきりと緑から暗灰色へ変わる境界線。
「勿論、ドヴェルグに用がある短命種も多いから、彼等も交通手段として鉄の箱……鉄道が敷いている。
僕は行った事ないけど、それでドヴェルグの里……僕達が『草木拒む枯岩窟』と呼ぶ場所まで一直線さ」
そしてその境界線に沿って木造と石造を縦に切って貼り合わせた、互いの文化に対して譲り合うという姿勢を一切感じさせない奇怪な構造の駅舎が佇んでいた。
◇
ウェンシャンとかいうエルフの兄さん……じいさん? 分かんねえけど、オレ達をカゴからおろして見送ると、そのまま森の中に消えていった。
結局何したかったんだ?
……親父をおちょくりに来ただけなのか?
で、目の前にあるのが駅らしいんだけど、オレには駅に見えない。ニルギリの駅と見た目がぜんぜん違う。
なんなら建物としてもあやしい。これ木の方と石の方、ちゃんとくっついてんのか?
なんか急に割れたり裂けたりしそうで、見ててゾワゾワする。
そんなあやしい駅の中や周りには出店がいっぱいあるし、ヒトもたくさんいる。ヒトの種類もたくさんだ。いろんな毛や耳、ツノやウロコ、声やニオイがある。
ここの森側には野菜とか果物が、岩側には肉がいっぱいあるから、どっちも食べるだいたいの種族はこの辺でウロウロ食べ歩くって事らしい。
てかこの肉串うめえ。噛みごたえあって、あまじょっぱいのがじゅわっとして、ちょっとピリッとしてたりスーってしてたりで、口を動かすのが楽しくなる。
「タイムかローレル……黒胡椒……この甘いのなんだろ……クローブ……? んー、スターアニスかなあ」
兄ちゃんが真剣そうになんかつぶやいてる。親父、すんげえ楽しそうだ。無表情だけど。
肉串を焼いてたのは毛むくじゃらで、ひょうきんで犬っぽい小さいのもいれば、ズングリしたオレよりでっかいサルみたいなのもいる。
でもどっちも獣人かって言われるとたぶんそうじゃない。ニオイがぜんぜん違う。
前に親父が変装……変装? 変形……変身……へんたい……してた、筋肉ゴリゴリの鉱夫のオッサンから生き物っぽさを抜いたみたいなニオイだ。
「もしかしてあいつらが?」
「いや、彼等はドワーフじゃない。コボルトやノッカーと呼ばれるような、鉱山に住み着く妖精達だ」
妖精……妖精って毛むくじゃらなんだな……もっと小っちゃくて羽とかついてるイメージだった。
「ドワーフは人間の舌に合う調理には殆ど向いていない。香草や穀物を上手く扱えないからな。肉の熟成はできるが、味付けは岩塩のみ。あとは酒で香り付けや臭み消しをする程度だったはずだ」
たしかに、これはいろんなスパイスが使われてると思う。ドワーフが触るとそういうのはダメになりやすいんだっけか。
てか前に兄ちゃんから、親父はもっとひどい飯というか何ならまともに食ってなかったみたいなこと聞いた気がするけど……余計なことは言わない方がいいんだ。
「まぁそもそもそれ以前に、自分の工房の外に出てくるドワーフ自体まず居ないんだがな。下手すれば作業場から出てこない」
「へぇ……」
「俺と似てると思ったか?」
「…………」
に、兄ちゃん! 助けて! スパイスの森から戻ってきて!!