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銀璽



 そんな話をしている間に、森を抜け壁みたいにそびえてた山も越えて、俺と姐さんはニルギリの国境付近までやって来た。

 と言ってもまだ山のふもとですらなく、目の前に広がるのは人の気配の感じられない山林。けれど──


「ここからは人の目も出てくるね」


 姐さんがそう言うならそうなんだろう。

 それに人目がなくても、軍でよく使われてる広域探知術式がもし国境上で展開されてれば、そろそろ有効圏内に入る。もしかしたら姐さんはそれを『人の目』って言ってるのかもしれない。


「圧縮倍率を上げて、認識阻害も付与する。次で一気に抜けるよ」


 姐さんの言葉に頷いて一歩踏み出せば、山林どころか難民キャンプも亡命希望者で混雑している検問所も大きな麦畑もたくさんの民家も、全部一気に通り抜けた。


 これだけの距離、空間を歪めて移動してるけれど、歪めてるのはあくまで自分の周りだけ。

 瞬間的な位置の移動じゃない。空間を〝切って〟遠隔地に〝挿し込んで〟るわけじゃない。

 周りを押しのけながらものすごい速さで動いてる、という感じのほうが近いと思う。

 だから移動中の姿を捉えられないよう──確かに理屈じゃものすごく引き延ばされた俺達が一瞬見えるのかもしれないけど、そんなの姐さん以外に視認できる人がいるのか疑問だ、なんて馬鹿正直に口に出したりはしない──姐さんは万一に備えて認識阻害も使ったってことなんだと思う。



 そんな風に踏み出した一歩で辿り着いたのは、すっかり懐かしさすら感じるあの育成施設の中の一室。


 最後に姐さんから〝話〟を聞いた部屋だった。



 そしてその部屋にあった人の気配に、俺は反射的に短剣を構え……ようとしていつの間にか姐さんに手をつかまれていると気付いた。


「報告にはありましたが驚きましたな。ここまで予兆が無いものとは……」

「僕には空間移動との違いはよく分かりませんでしたが……それほどなのですか、導師」

「えぇ。従来の検知術式ではすり抜けることでしょう」


 ソファに座っていたのは2人。


 1人は白いヒゲを蓄え、傍らには杖──複雑に入り組んだ魔石のついたいくつもの円環がそれぞれ静かに回る、全体で見ると人の頭ほどの球状の部品が杖の先端に付いている。見るからに精密で、少なくともメイスのようには使わない方が良さそうだ──まとっている黒いローブも含めていかにも魔導師という風貌の「導師」と呼ばれている老人。

 もう1人は銀髪に紫の瞳の色素の薄い少年……俺と同じくらいの歳に見える。服は白っぽくてあまり派手さはないけど明らかに上質な代物。その髪も瞳もニルギリじゃ珍しくない、俺だって言葉にすればその色のはずなのに、目の前の少年のそれは澄んだ汚れたことがない磁器みたいで、俺よりもずっと育ちが良い御坊っちゃんという感じだ。


「アタシは見世物見に来た子連れのアホを呼んだ覚えは無いよ。〝写し取る〟ならさっさとしな」

「彼がそうなんですね……導師、()()()()()()()()の血の名の下に、僕の〝銀璽〟を以ってその証明とします。彼の記録を複写してください」

「カミル様、それは……!」


 その少年の言葉に、老人は諌めるようにおそらくその少年の名を呼び、姐さんも一瞬驚いたように眉を動かした後、ニィと口角を上げた。


「カミル、〝銀璽〟( それ )を使えば、お忍びだから子供だからなんて言い訳はできないよ。分かってるんだろうね」

「既に多くの血が流れています。僕はそれを止めなくてはなりません。覚悟の上です」

「殿下……」

「フッ、一丁前に良い眼をするようになったじゃないか」


 少年が俺の方へ向き直って口を開いた。



「僕の名は、カムラージ。カムラージ・ニーラギリ・ウダカマンダラム第三皇子です」







 導師──カムラージ皇子いわく、皇家に仕える帝室魔導師の中でもかなり偉い人らしいけど、姐さんには頭が上がらないようだ──の持つ杖の円環のいくつかが素早く回転して、魔石が複雑な軌跡を描く。

 その動きに合わせるように俺の周りにも円環状の魔力の流れが現れては回り、虚空へ消えるのを繰り返している。


 単に記憶を覗いてるとかじゃないんだろうな。


「チマチマと煩わしい。アタシが組んで繋いでやろうか?」

「貴女のような天才と違って、凡人が『万象の記憶(アカシックレコード)』経由で特定の情報を取り出すには段階を踏まねばならぬのです」

「ハァー、構築がチンタラしすぎなんだよ。そのくせ〝航路〟に無駄がある。腕が鈍ったんじゃないかい? 〝銀璽〟を使うなんて聞いてなきゃ割り込んでるとこだね」


 〝銀璽〟──皇族としてその内容を自身が確認したと公的に証明する魔術的な署名であると同時に継承権の証でもあるらしい。皇帝は〝玉璽〟、成人している第一・第二皇子は〝金璽〟を持っていると言う。

 その偽造は当然重罪で即刻公開処刑。だけどそれだけじゃなく、その使用自体にも何か制約があるらしく、下手すると首が飛ぶというご大層な代物だ。


 導師が直接俺から情報を吸い上げているのも、その制約の1つに関わっているとかで、姐さんは手出しできない。その代わりに時折、ダメ出しというか意味の分からない指示をしている。


「今の28番、52度27分8秒戻しな。11ワード先まで行って次の5番を21度6分44秒だ」

「……なるほど、ここですかな」

「そうだ。そこで10番、8番、5番。13度3分に8ワードで4番だ。そこは太いからすぐだろう。それで20495ワード早く着く」

「……全く、このようなか細い〝航路〟が外野からよく視えるものですな。既に〝冠〟の近傍だというのに。つくづく恐ろしい」

「アタシにはウロウロと無駄足踏んでる迷子のガキに見えるよ。もっとまともな〝方位時針〟( コンパス )と老眼鏡を用意するんだね」


 にしても姐さんボロカスに言うなぁ……。ぼんやりそう思っていると、少年、いや、カムラージ第三皇子が「ふふっ」と小さく笑った。


「特に魔法に関してで導師が(へりくだ)るなんて、相手がクレイグモア卿の時くらいしか僕は知りません。兄上付きの他の導師の方々だけでなく、父上とすら対等な立場で意見を出せますから」


 そこはまあ……姐さんだし。

 などと考えていたら、皇子は一転して暗い声になり話を続けた。


「……貴方は、酷い傷を負っていると聞いています。下手をすればクレイグモア卿と同じように……こちらの都合で治療を後回しにさせてしまい、申し訳ありません」

「不便なのは事実ですが、自分の魔力を使えないだけで普段の寝食には差し支えありません」


 まあ、それが致命的になる日常だったりするから、結局死に直結するが。ついでに今の俺には稼ぎも寝る場所もない。


「……戦事は得意ではないと、父上は僕に仰られたことがありました。それに、兄上達を唆し対立させている人間がいると僕は考えています。

 ですが……そんな事は、民達には関係ありません。

 その皺寄せで、貴方や貴方の同胞の多くが傷付き、命を散らすことになりました。

 国を乱す者達の跋扈を許してしまったのは、他でもない僕達皇族の責任です」

「……」


 正直、死ぬのに関しては早いか遅いかぐらいの違いしかないように思える。


「継承位が低い上に子供である僕には、大きな派閥はありません。国を動かす力などありません。ですが、それらを持った父上と兄上の目を醒ますことくらいはできます」

「……殿下。記録の複写が完了致しました」


 導師の声に皇子は小さく頷くと、新雪のような白く細い手を正面に掲げる。


「『ウダカマンダラムの〝銀璽〟よ、ここに』」


 その手のひらの上でパチパチと虚空から組み上がるようにして、銀白色の光を帯びた直方体が現れる。


「『偽り無き真と誓い、その影を以って証とする』」


 かなり複雑な銀光の印章が空中に描かれたかと思うと(ほど)けるように導師の杖の中へと吸い込まれた。







 その後、俺は見知らぬ治療施設に搬送され、全身くまなく検査されたり、薬液に漬け込まれたり、意識が飛んで気付けばベッドだったりする日々を過ごしていた。


「それで、なぜ殿下がこちらにいらっしゃるんですか?」

「慰問活動です、と恰好つけられれば良かったんですけど……えへへへ」


 少し声が掠れたカムラージ皇子が、首に包帯を巻いてにへらと笑った。俺も彼も点滴付きなベッドで寝込んでいる。


 なんでも人の集まった場で『父と兄二人の部下が間者ではない』と〝銀璽〟で宣誓して首がバックリ行ったらしい。真実ではないことの宣誓に使うと首が飛ぶというのは比喩ではなかったようだ。

 よくそれで死ななかったものだ。


「予想はできてましたから、あらかじめ導師に治癒魔法やポーションの用意をお願いしておきました。それでも少しばかり血を流しすぎて結局倒れてしまいましたけど」


 この皇子は見かけによらず意外と熱血系というか、出血系というか、思い切りが良すぎるというか……切れてるのは首だが。


「〝銀璽〟も失ってしまいました。つまり継承権も無くなっちゃいましたから、もう『殿下』じゃないです。気軽にカミルと呼んでください」

「はぁ」


 なんかもったいない、と思ってしまった。

 と同時に、まあ、戦場でもそういうやつからいなくなってくからなあ、と漠然と納得もした。それに比べれば、まだ死んでないんだからなんとかなる。



 そういうわけで、第三皇子カムラージ改めカミルは、パーティ会場を己の血で染めて、間者の存在を逆に証明してみせたという。


「断面の見せ方とか、血が父上や兄上にかかるようにとか、うまくできたと思うんですけど……」


 体を張った嫌がらせだな……。


「……またこの国が駄目になりそうになったら、どうにかできないか考えておかないとですね」

「……そんなんじゃ、早死しますよ」

「ふふっ、やっぱり僕は皇帝の器じゃないってことですね」


 器とかそういう問題だろうか。







「カミルとは、その後再会することはなかったが……」


 332年後のニルギリの歴史書曰く、皇族と貴族制を終わらせた革命の主導者ステファン・ウーティは、カミル・ウーティの孫に当たるそうだ。




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