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女傑の思惑




「とまぁ、デリィとの最初の出会いはこんなとこさぁ。もう300と……30年位前だっけ? あの後どうなったのか僕は知らないけど、結構頻繁に文通してたんだよ。僕にしては珍しく筆マメだったねぇ」

「……」


 父さん、黙ったままで結局最後までウェンシャンさんが話すの止めなかったけど、俺達が聞いて大丈夫な話だったのかな……。


 ってあれ、父さん男の格好になってる!

 えと、戻ってるって言った方が良いかな。


「父さん……?」

「別に、俺は話しても構わないが、聞いていてあまり気分のいい話でもないのは確かだ。

 だが俺は、カイルにもディルにも既に〝短剣〟を贈っている。あれは一人前の男子の証だ」


 ディーが「え、なにそれ」って顔してるけど、ニルギリじゃそういうのがあるんだよね。

 そういえば父さん、ディーのときは何にも言ってなかった気がするし、俺からも話したことなかったかも。俺からディーに簡単に説明すると、「ふぅん……そっか……」ってちょっと恥ずかしそうな感じで口をむにゅむにゅさせてた。


「俺は、大丈夫だよ。父さんから昔の話聞けることってあんまりなかったし」

「兄ちゃんが聞くならオレも聞く」


 俺とディーの言葉と同時に、かごの中なのに少し風が吹いた気がした。


「おっとっとぉ」

「……」


 え、父さんとウェンシャンさんが入れ替わった?


「やだなぁ。僕まだ何にも言ってないじゃあないか」

「俺の息子の前で淫猥な喩えを出そうとするのが悪い」

「えぇ~、だって〝一人前の雄しべ(おとこ)〟だって言ってたのに」


 も、もしかしてウェンシャンさん、父さんの攻撃を避けた? 受け流した……?

 そんなの、師匠や仙人の人たち以外でできる人いるんだ……世界って広い……。


 あとウェンシャンさんが下ネタみたいなこと言おうとしてたのはなんか、きれいな見た目とはギャップがあるというか、面白いなあって思う。多分父さん的にはすごくうれしくないんだろうなあ。

 でも、昔大人たちから言われたり言わされたりしてたそういうのと違って、ちょっと品があるっていうか、ベトベトしてない?っていうか……なんだろ、こう、楽しい自然の営みの1つだよね、みたいな感じがするんだ。自分で言っててよく分かんなくなってきた。


「塩害と重金属汚染、どちらがいい。俺のおすすめは、非選択的葉茎移行型シキミ酸経路阻害除草薬、グリホサートイソプロピルアミン塩だ」

「ヘイヘェイ、黙ってりゃあいいんでしょお~」


 父さんなんか今、森に喧嘩すごい売ってない? 森を人質に……森質(もりじち)?にしてない? 大丈夫なのかな。







「反皇帝派?」

「奴等が自分達をそう謳っているだけで、実態はクソッタレの売国奴共さ。敵国に媚び、前線の命を食い物にする蛆虫以下の害悪だね」


 姐さんの話によると、そいつ等はニルギリの治安を悪くして、あわよくば内乱を起こそうとしているらしい。


「それも、お前達の死に様を指して『今の軍は子供を酷たらしく消費している』『こんなものは人として間違っている』『子供達に愛と教育を』だの抜かしては、平和ボケした一部の民衆を煽動している。

 馬鹿な民衆は、このパフォーマンスのためだけにその子供達が死地に投げ込まれていたなんて、思いもしてないだろう」


 まぁ、知らなかったのは俺も同じな気もする。他を知らないし。


 どうやら俺達、というか、少なくとも俺に振られてきたいくつかの作戦は、得られる戦略的価値よりも予想損耗が大きすぎて、普通は立案もされないようなものだったそうだ。

 けれど、補充が利く上に世論への影響も少ないだろうと『上』に説明しやすい孤児の少年兵が損耗対象になるよう調整する事で、そんな作戦を承認されやすくした。でもってそいつ等は実際に俺達か消費された後から〝子供を食い物にする国と軍〟だと、無関係の正義面をして批判しているらしい。


「姑息で狡猾な奴等だったけどね。グレン、お前が思いの外死なずに功績を出すもんだから、このままじゃ自分達が〝若き英雄〟を生み出しかねないと焦ったんだろう。ついにボロを出したのさ」


 あぁ、あの俺だけ残した唐突な撤退は、やっぱりおかしかったんだ。

 それで生き証人として、良い様に引っ張り回されるのが次の俺の仕事みたいだ。


「ま、本国に戻ったらまずは治療だ。エルフに頼めば霊薬の1つぐらい融通が利きそうだが、『上』はお前一人の為に、いや、身内のゴタゴタの為に、だね。エルフに借りを作るのは頂けないと(のたま)った。腑抜けた連中だよ全く。悪いが証拠を持ち帰るもんだと思って諦めな」

「了解しました。あの……他に随行者は……」

「いないよ」

「えっ……あ、失礼しました」


 姐さん、行軍できないくらい魔法も使えないし身体も動かないって話じゃ……。

 そんな俺の考えを姐さんはすぐに見透かして笑った。


「フッ、溜め込んでる魔石をありったけ持ち出してどうにかしてるだけさ。完全にアタシの私財で、アタシの独断で、隠れてやってるから出来る力業だよ。

 普通の行軍じゃ割に合わないね。同じ魔石で開発部ご自慢の兵器をぶっ放した方が景気は良いよ。

 なあに。この程度の森、躾の行き届いたガキの1人ぐらいオモチャで充分お守りできるよ」


 そう言って姐さんは、杖のように使っていた「オモチャ」をガチャリと左手に構えた。少し前方に掲げられたそれは、つや消し加工された真鍮みたいな素材のメイスのようにも見える。


「さて、距離はそれなりにあるが、雑魚とは言え森の獣共を一々相手しながらハイキングする程アタシらは暇じゃない。

 けど、馬鹿正直な空間移動じゃあ見つかりやすいからね。

 グレン。お前にも〝新作〟を見せてやる。

 国に着くまでにコイツを覚えな。──『踏破』」


 肌の少し上で、ヂィィイインだったりブゥゥウウンみたいな震えが身体全体に広がった。


 減速緩衝系の防御付与に似てる。全身を覆われていくような感じだ。


 けれどその魔力は、防御とは明確に違った別の意志をまとっている。


「これは……?」

「長距離の空間移動は魔力を食う上に検知されやすい。位置の計算もシビアになる。なら限りなく距離を短く、瞬間的に移動しなきゃ良い。

 移動は自分の足でするのさ。動いてみな」

「はい……っ!?」


 姐さんに合わせて俺も足を踏み出す。

 すると目の前の景色が押し広げられて、縮まって、すごい勢いで後ろへと過ぎて行った。木や藪みたいな障害物もあったはずなのに、全部歪んで通り抜ける。


「これで圧縮率500倍ってとこだね。この距離で空間移動の1/100程度の魔力で済む。どうだい中々だろう」

「……すごい」


 魔力効率も単純にすごいけど、これ、空間移動だと移動先に起きる予兆とか余波みたいなものがほとんど無いのがもっとすごい。

 あえて極限まで移動距離を0にして、それをまとって、連続的に保つ……「より遠く」「より正確に」「一瞬で」って考えに囚われてたら出てこない発想だ。


「今の所、他の制御が下手な空間魔導師モドキじゃ、的外れな場所に散り散りにすっ飛んじまうのが難点なくらいだ。あんなヘタクソと違ってお前は筋が良いからね。治療が終わったら練習しな」


 なるほど。狙い通りに移動するのはそんな簡単じゃないらしい。







「姐さんは俺に……位置と生存を検知する付与術を掛けていたんですか?」


 俺は、初めに訊きそびれていたことを尋ねた。


「……少し違うよ。強いて言うなら『死亡検知』ってとこだね。死んだ瞬間が分かる、それだけの術式だ。それだけに特化した代わり、強固で隠蔽力も高い。普段は何もしていないからね。

 別にお前にだけ掛けてた訳じゃないよ。全員に掛けて、くたばる瞬間を確認していただけさ」


 いつそんなものを掛けたのか。

 多分、俺を育成施設から送り出した日だ。



 ──「戦場で死んだ息子の忘れ形見を、今度こそ戦場に一切近付かせないための取引で、その孫と大差ない戦争孤児を何人も少年兵に仕立てては地獄の釜に投げ込んでいる。

 これが国の英雄なんざ笑わせる。ただの人殺し、いや、アタシはそれ以下のクソッタレさ」──



 施設を出る直前に俺を1人、個室へ呼び出してそう話してくれたあの時。


 きっと、この話はここを出た俺の先輩たちも聞いていて、いつかここを出る俺の後輩たちも聞くことになるんだろう。

 投入されるその日に、姐さんは何度も何度も話してきたんだろう。


 そう思いながら聞いていたのを憶えている。



 そして、あの話をする事それ自体が、『死亡検知』を掛けるための儀式だった。そう考えるとしっくりくる。



 俺の予想だけど……『死亡検知』は原始的な〝人形の呪詛〟をベースにした、呪いなんじゃないだろうか。


 俺達を〝人形〟、自分を〝対象〟とした、自分自身への呪いの儀式。



 俺達はあくまでただの〝人形〟で、呪いの対象じゃない。そもそも起動してすらいない。だからそのつもりで検査されない限り早々気付かれない。

 そして、〝人形〟に致命的な損傷があれば、それが〝呪い〟として姐さんに発現(フィードバック)する。だから死んだと分かる。


 発現する呪いがどんなものか、どの程度のものなのか、それは分からない。死ぬようなものじゃ、ないんだろうけど。

 姐さんは訊いてもきっとそこまでは教えてくれない。


「グレンが死んだと聞いたが、アタシはお前が死んでいないと知っていた。

 巧く部隊を抜けるガキも何人か居たが、お前はそんな器用なタチじゃない。

 部隊の不審な動きを訝しんで現場を直接見てみれば、大層な長距離空間移動の痕跡と来た。アタシには空間に残った〝瑕疵〟が丸見えだったね。無茶な移動だったんだろう。お陰で何処に跳んだのか、簡単に分かったよ」


 ……姐さん以外には分からなかったんだろうなあ。




やっぱ姐御系つよつよ婆さんと少年の組み合わせもまた、大好きなんですよね(終わらなかった言い訳)

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