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洞がある、ぴんぴんした老木だったねぇ




「でさぁ〜、グリリンったら急にボロボロ泣き出して、しかもそのまま動かなくなっちゃったもんだからさあ、プフフッ、僕もまだ外の事全然知らなかったし意味分かんなくて、もう超慌てたんだよ。もしかしてこの実、短命種には毒だったのか?とか思っちゃって〜、プヒヒッハハハッ」


 小刻みに体を揺らして笑いながら昔の思い出を話してくれるウェンシャンさんから、俺は視線を外せなかった。

 というか「グリリン」なんて呼ばれた、ずっと黙ってる父さんの方を怖くて見れなかった。

 絶対怒ってると思う。なのに全然何にもなくて、それが余計に怖かった。


「いやぁ〜、で、とりあえずダメだったら肥料にするかなぁ位の気持ちで家に持ち帰ったんだけど、まぁ〜皆すんごいキレててね、こてんぱんに怒られちゃったよね。

 すごかったよ? 親父なんか髪を栗の殻とか松の葉みたいにして、顔は熟した桃みたいに赤くしててさぁ〜。めっちゃ面白かったぁ〜」


 ……「長く生きてるから」とか「エルフだから」とかじゃなくて、ウェンシャンさんはウェンシャンさんだから神経がすごい太いんだなあ、きっと。


「まぁ、怒られたのは、僕がグリリンに(うち)んとこの実を食わせたからなんだけどねぇ」

「?」


 てっきり大丈夫な人かよく分かってないのに勝手に連れ込んだのが駄目なのかと思ったけど、そういうわけじゃないんだ。


「森に現れた変な奴を間引きしたり持ち帰って調べたりってのは、森を守る者としては別に問題ないんだよねぇ。

 でもエルフの割と大事なルール(森との契り)に、『守護してる森の実りを与えたなら、その者が森に仇なさない限り、同じ森の仲間とする』ってのがあってさぁ。特に長の一族が与えたってなると、かなりの強制力になるんだよ」


 そっか、つまり『仲間』にして良いかも分かんない相手に、うっかり木の実をあげちゃったのが駄目なんだ。


「フフフフッ、いやまぁ、そこんとこは分かっててやったんだけど。

 食わせたって既成事実作っちゃえばこっちのもんってやつさぁ。折角の苗木(チャンス)を他の奴らに勝手に間引かれちゃあ詰まんないでしょ?

 僕が拾ってきた以上、僕が世話役って体で森の外の話なんかも色々聞けるだろうって考えたわけだよ」


 うわあ……周りの人、大変だったんだろうなあ。


支え木(お目付け)役を撒いて森を案内したり、魔物を追い回したり、森に喧嘩売ってきた短命種をボコボコに()したり、毎日が新鮮な風が吹いた。

 あっという間に終わっちゃったけどね」







 エルフの集落に拾われて5日目。


 まだ全快とは言えないけど、行軍する上では問題ないくらいには体は動く。ポーションをすぐに打ったかいもあって、肉体的な損傷の方はかなり良くなったようだ。思っていたよりひどい傷だったようで、とてつもない眠気が反動で来て落ちてしまったけど。


 それに、霊体的な損傷の方はかなりまずい状況みたいだ。


 魔力を感じることはできるけど、それを動かそうとすれば体の中を有刺鉄線で引っ掻き回されるような痛みが走って、まともに魔法を使えない。全身の魔力経路(パス)がズタズタなんだろう。

 放出・投射系はおろか自己強化系すら使えない今の俺は、その辺の並の大人以下の力しかない。少しばかり殺し合いに慣れてるだけの子供(ガキ)だ。


 こんな状態でこの森を抜けるのは自殺行為。


 昨日、あのウェンシャンとか言う頭のイカれたエルフが笑いながら鹿の魔獣の群れをけしかけてこっちに走ってきたときは死ぬかと思った。

 内包する魔力量だけで見てもDランク超……一人(ピン)で相手するならBランク以上の力が必要になるようなヤツだ。

 そんなのがあちこちにいる中、魔法をろくに使えないまま地の利もない森を進むとか、餌になりに行くのと変わらない。


「……わざわざ俺を探して回収しに来るとは、考えにくい」


 俺の回収を最初から想定してなかったんだとしたら、あれはただの自爆特攻だった。


 もちろん隠密潜入からの敵国工廠の破壊は成功させた。俺もいっしょに木っ端微塵になったと思われててもおかしくないってだけで。


 姐さんから叩き込まれたとは言え、実戦では『空間移動』を目視範囲でしか使ったことがなかった。

 見えない場所への移動は、慎重にしないと最悪埋まって即死だし、敵は待ってくれないし、なにより他のことにも魔力はとっておかないといけないから多用できない。


 そんな術式を、精度無し・座標指定無し・消費魔力度外視でとにかく距離重視に、一か八かで組み直した。


 足りない魔力は破壊目標の1つだった中央魔力増幅炉から無理矢理自分の魔力経路(パス)にねじ込んだ。


 そのせいか、俺の霊体どころか俺に掛けられていた反乱・機密漏洩防止の付与術(呪い)のほとんどもいっしょに焼き切れたか吹き飛んだみたいだ。残ってるのもあるけど、位置検知系のやつなんかはここからじゃどうせ圏外だと思う。


 しょせんは身寄りの無い少年兵を1人使い潰しただけ。毎日増える戦死者の数が1つ増えただけ。


 聞いてた作戦上じゃ俺以外の囮役はもっと危険だったし、実際全員無事だとは思ってないけど、全滅ってこともないと思う。そんな雑魚の集まりじゃない。

 ただ、通信状況から見て、俺を回収するはずだった部隊も含め、破壊半径内どころか通信圏内にすら誰も居なかったのは間違いない。


 まあ、あれだけの規模の施設を更地にできたなら、数字の上じゃ大戦果なんだろう。


 それに……このまま帰れず、戦死者扱いになっても、べつに誰も──


「ヘェエ〜イ、グリグリ〜ン!」

「……」

「お〜い、デリリンってばぁ」

「……なんだ、っぐ」


 相変わらず警戒をすり抜けていつの間にか眼前にいるウェンシャンがふざけた口調で呼びかけてきたかと思えば、ちょっと来いとばかりに、見かけと噛み合わない異様な力で俺の腕をつかんで引きずる。


「お前に客だぜ」

「!」


 引きずられた先の客間の椅子に座っていたのは、名誉女男爵にして、戦闘魔導教官。プードル・クレイグモア姐さんその人だった。







「どうしてここに姐さんが……」

「アタシがここに居ちゃ悪いかい」

「いいえ!」


 俺は反射的に姿勢を正し即答する。


「ま、問題があったから来てるんだ。その疑問は正しい」

「はっ! ありがとうございます」

「ヤバ、めっちゃおもしろ。お姉さん、僕も聞いてていい?」


 姐さんの眼球が向きを変えた。肌がひりつく。

 戦場でもないのに、生きた心地のしない空気で息が止まりそうになった。


「それは、()()()()()()()()()()()、次期族長としての判断かい?」

「いえ。単に彼を拾った者としての興味、かなぁ。治さなかったのは……勘? 現場保存ってヤツ」

「つまり口出しはしない、ってことだね」

「フフフッアハハッ。はい。そう捉えてもらっていいですよ」


 “治療されてない”、というのは分かる。今の俺は魔法を使えなくなったままだ。

 魔法や薬に詳しいエルフならそれを治せるだろうけど、所詮は部外者である俺に施す義務はない。

 ただここで笑うウェンシャンの神経が心底理解できなかった。


 けれど姐さんの視線はまた俺に向いて、だから余計な思考は外に追いやった。


「随分派手に経路(パス)を焼いたね」

「はい」

「グレン、お前はまだ若い。それに〝芯〟は無事のようだし、本国で治療すればアタシみたいにはならないだろう」

「姐さん……」


 姐さんがもう自力じゃ魔法を撃てない体だったなんて、最初の頃は気づかなかった。


 いろんな魔法が飛んできたし、こっちの魔法はいつも逸らされたり弾き返された。

 体術もすさまじくて、遠距離でも近距離でも戦闘訓練じゃ俺達全員をボコボコにのしてたし、姐さんはピンピンしてた──ように見えてた。


 他人の魔力がこめられた魔石と、いつ暴発するかも知れない軍の試作品(ガラクタ)を超人的な魔力制御だけで無理矢理うまく動いてる風にしている、と。

 そうやって自分自身の魔力は極力使わないようにしてなお、姐さんの魔力経路(パス)は悲鳴を上げて──今ならそれがどんな悲鳴(痛み)か分かる──古傷をえぐる行為は肉体にまで影響が出て行軍できないほどだ、と。


 戦闘魔導教官の補佐として不定期に入れ替わりでやってきてた姐さんの後輩魔導師の1人が、俺にそう教えてくれた。


 その人はそのあと「現役魔導師様が生き残る為の受け身の手本見せてくれるそうだ、よく見ときな」と姐さんにボコボコにされてた。最後まで立ってたのがすごいと思ったのを、よく覚えている。


「アタシはとっくに退役した身だ。オモチャの融通ぐらいはしてもらえるが、本来なら軍属である今のお前に直接手出しできる立場じゃない。が、上で色々とあってね。動く事になったのさ」

「姐さんは、どうやって俺を、いや……」


 たくさんの疑問と推測がぐるぐる回る。

 どうして俺が生きてると分かったのか。どうして俺がいる場所が分かったのか。

 けれど、それより先に確認するべきことがある。


「俺は、()()ですか? ……()()ですか?」

「……」


 俺は、もしかしたら目を閉じていたかもしれない。

 答えをじっと待った。


「回収だ」




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