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アンデッド少年と脱落賢者の隠遁生活  作者: 鳥辺野ひとり
脱落賢者とアンデッド少年 Ⅲ
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望みと盾




 寝床に寝転がったオレは、風呂で兄ちゃんに握られた手の感覚がまだ残ってる気がして、なんとなく両手を開いたり閉じたりしてた。


 窓の外は、風呂場で見たのと同じ景色。街の光がいくつも通り過ぎて行って、それを月と星が見下ろしてる。


 師匠と一緒に修行してる時はそれでいっぱいいっぱいだったから気にならなかった。

 けど、風呂に入ってるとチラチラあん時の感覚が……ニオイや感触がチラついて、オレ、兄ちゃんと……それで勝手に気まずい気持ちになって、ちょっと固くなりそうになって、あわてて気を回して落ち着こうとして……何やってんだよ……オレ……。


「ハァー……」


 寝る部屋には、大人でも2人余裕ぐらいのデカいベッドが1つと、こじんまりした机と明かり(点けてねえけど)、コップと水の入ったおしゃれなヤカンみたいなやつもあった。

 冷たくしたり熱くしたりできるらしく、氷もねえのに中の水は冷たくなってる。


 まだちょっと、体が熱い気がして、オレは水を1杯注いで飲み干した。


 ともかく、そんなごーせーな部屋が、おあつらい?むきで?3つあったから、今オレは寝床で1人になれてる。


 いや、最初親父が明らかに部屋2つつぶして、1つの寝床で一緒に寝ようとしてやがったから、「ごれいじょう?、は年ごろの男子と寝たりしねえだろ。そういうの、シリガルヤリモクのバイタって言うんだぜ」ってずっと前に冒険者のおっさんから聞いたようなこと言ったら、なんか兄ちゃんもめっちゃダメージ受けてたけど、おとなしくしょぼしょぼと1人1部屋に引っ込んでくれた。

 ラッキーだな。


 ……なんだかんだ言って、親父は全然警戒を解いてねえ。


 マイス達とだけ一緒だったあん時以外、今もずっと女のまんまだし。


 だからオレも、オレのできる範囲で変な気配がねえか気をつけてたけど、全然わかんねえし、すげえ疲れる。それに……意味も無かった。

 まあ師匠が、自分より才能あって、自分を一番殺せるかもしれないと思えるって言うようなヤバいやつを、オレがどうこうできるわけねえってだけの話なんだけどさあ。


 ……ここ(ニルギリ)であったいろんな事は、オレにとってはヒト事で、カヤの外だった。

 別にそれが嫌だったってわけじゃない。親父や兄ちゃんの昔の事がちょっと分かった気もするし、ボーカンシャだったから周りの気配を探るのに集中しやすかったし。


 ただ……自分より強いヤツがいっぱいいて、一生かけても届きやしない、それどころかどんどん遠ざかってってる気さえして。


 頭じゃ分かってるつもりなんだ。


 オレだってそれなりには強い。親父から色んな物もらって、師匠からしごかれてるんだ。当たり前だ。親父もBランク冒険者くらいは手堅いって言ってくれた。


 でも、それでも。オレは──弱い。


 弱すぎるオレが、強すぎる親父や兄ちゃんと家族(同じ群れ)ってのが、なんかやっぱしっくり来ねえっていうか。


 オレがまだ普通の小さいガキだったころ、村を出てった兄ちゃん姉ちゃん(血のつながってるわけじゃない。4つぐらい年上で近所付き合いがあったってだけだ)がいたけど、もしかしたらこういう気持ちだったのかもな。


 「自由になりたい」ってより、「強くなって、群れに見合う自分になりたい」、みてえな。



 カーテンを閉めると、部屋は真っ暗になった。







 翌朝、軽食を終えた頃にアナウンスが入る。目的の降車駅、サイレントバレーまでの最後の空間跳躍が終わり、あと1時間程で到着するという。


 ダミーの荷物を取り出し、息子達の髪や着衣を改めて整える。

 んん〜この作業楽しいなあ〜〜。指の隙間を抜けていく髪の毛の1本1本から、世界の幸せが生まれている──



 と、ここでこの至福の時間を邪魔する気配が、外扉から入室を求めるベルを鳴らした。


 首を軽く振れば、息子達は静かに頷き、そのまま座席に座った。俺は内扉を抜け、外部との中間エリアに位置する談話室まで素早く移動すると、手元の操作盤のボタンを押す。


 内扉に鍵が掛かったのを確認し、外扉を解錠。応答する。


「どうぞ」


 扉が静かに開くと、そこに佇むのは紺に金糸の装飾が施された制服を纏う1人の青年。

 洗練された脚運びで入室し、ニルギリ横断高速鉄道の徽章が入った紺の制帽(ケピ)を胸に脱帽すると、淀みない所作でこちらへ深々と礼をした。


「失礼致します。先触れも無くお伺いし、誠に申し訳御座いません。エスカルチア様」

「貴方はこの車両を任されたクレイグモア家に連なる者ですね。長話は無用です。早速ご用件を伺いましょう」


 乗車した最初から彼の気配はあった。俺達の貴賓席に比べれば遥かに狭いものだが、同様に独立したエリアがこの車両の前方に存在していた。専任の車掌と言ったところだろう。

 こんな規格外の車両を1人で任されているのだ。外見は比較的若いが恐らく相当なエリートと見ていい。


 そんな彼の自己紹介より、息子達との触れ合いに戻りたい俺は、とっとと話を進めるが。


「大御館様より、()()()をお渡しするようにとの言伝を承りまして」


 白手袋から丁寧に差し出されたのは、アッシュグレーの無地の小箱。

 仄かに虹の光沢を帯びた艷やかな薄紫のシルクのリボンを解けば、その中にあったのは耐久強化が付与された飛竜の革紐と魔黒金(アダマンニェロ)──魔金剛(アダマンタイト)と金を主原料にして錬金術によって作り出される鈍い黒色の合金で、製作難度や原価の高さから普及こそしていないが、できてしまえば成形や装飾のような加工自体は容易い。魔金剛(アダマンタイト)の魔力反発性を利用した呪詛返しのアクセサリが、その手の界隈では人気だ──の盾を象った小さなペンダントトップのネックレスだった。


 盾……ニルギリ(この国)では、子が独り立ちするとき親から子へ短剣を贈る風習がある。

 そして同じように、故郷を離れる友へは盾を贈る。


 だから今ある多くの学園の校章には盾がデザインされていて、卒業の時に校章の刻まれた制服のボタンを親友と交換し合うらしい。

 孤児上がりの俺はやったことはないし、カイルも…………制服はあの日からクローゼットに仕舞ったままだ。


 この(ペンダント)のデザインは、それだった。


 カイル達がかつて通っていて、250年以上前の革命による統合再編でとっくの昔に名前も変わっただろう、公立になる前の、()()ニルギリ学園クヌール校の校章。



 箱の中には手紙が2通添えられている。内容からして1つはカイル宛、1つは俺宛のようだった。

 文中に俺達の名前を書いていないのは万が一に備えてわざとそうしているのだろう。



〝許されるのであれば、これを彼に贈らせてください。


 今更なんの役にも立たないことでしょうし、僕には彼から(ボタン)を貰う権利はありません。


 これは、僕の完全なエゴ。利己に(まみ)れた懺悔です。


 共に学び舎を巣立つ筈の、親愛なる我が友に渡すはずだった盾を誂え直して、自分の意地汚い悔恨が色褪せぬよう、生涯これを身に着けていました。


 彼がその事を知る必要はありません。むしろ知らせないでください。


 ただ、やっと無事に見送ることができた友が、これを身に着けてくれると、この慚愧(ざんき)にも少しは意味があったのかと思えるのです。──マイス・クレイグモア〟



 ペンダントを手に取ると、微かな違和感があった。

 魔黒金(アダマンニェロ)の魔力反発で分かりにくいが、小さく折り畳まれた紙片が封入されている。鋳造成形の段階で炎熱耐性を付与した羊皮紙をわざわざ入れたようだ。

 まあ別に取り出さずとも読めない事はない。非破壊で内容物を確認するのは必須技能みたいなものだからな。



〝カイル。


 優しいお前は、無為に己を呪い続ける愚かな友に、もう恨み言の一つも言ってくれない。

 非道い男だ。非道い世界だ。

 一体誰にこれを渡せと言うんだ。


 いっそ捨ててしまいたかったけど、カイルも同じ制服で同じボタンを付けてたって思うと、一緒だったあの日々も捨てるみたいで出来なかった。


 だから、この汚い文字共と一緒に鋳潰して、一生身に付けておこうと思う。


 お前の事を、あの日の後悔を、この心の弱さを、死んだって忘れないように。〟



 ……どうやらこれは、生前のマイスが学園を卒業する時に書いたもののようだ。



 俺はレターセットを取り出し、〝確かに受け取った、彼に渡しておくと約束しよう〟と簡潔に記した文面を(したた)めると、その場で封蝋を施し眼前の青年に手渡した。


「こちらの品をお受け取り頂き、誠に有難うございます。残り僅かではございますが、ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 青年は深く礼をすると、静かに外扉を出た。







「これって……」


 俺は手紙とペンダントをカイルに手渡す。


「マイスから。学園の卒業ボタン代わりだそうよ」


 中に封入された羊皮紙の事は言わなくてもいいだろう。


「そっか。……会ったときに直接渡してくれれば良かったのに……って、これじゃ俺からマイスに贈れないよ!

 もう、相変わらず勝手なんだからなあ」


 カイルは自分宛ての手紙を読んでそう文句を言いつつも、カイルは笑いながらペンダントを首に掛けた。



「よく似合ってるわ」



 マイスは迷ったのだろう。



 ()()()間に合わなかったのだから、余計に躊躇ったに違いない。ぎりぎりまで考えて、それでもこの盾を贈ると決意した。


 そうだと分かるのは、俺も似たようなものだったからだ。



「兄ちゃん、良かったな」

「えへへ、うん、ありがと! お揃いってのとはちょっと違うけど、こういう感じなんだね……なんだか、むずむずするけど、温かい感じがするよ」


 あぁ、眩しい……笑顔が……朝日……暁光……


「ん〜でも、マイスに何かあげられるもの……何がいいかな……料理だと食べたら無くなっちゃうし……というか今のマイスって何も食べないし……」

「ペンとかでいいんじゃね。何かいっぱい書いてるっぽいし」

「そうね、今なら万年筆なんか良いかしらね」

「二人共すごい! よおっし、それじゃあ今度良い万年筆探さなきゃ!」


 へぇあぁぁ~~~ぁばばばば~~~~どうしたディルそんな怪訝な目付きでこっち見つめて。見惚れるならすぐ隣でお兄ちゃんの最高の笑みが輝いてるだろ。目が眩んで直視できないのか? サングラス要るか?




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