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アンデッド少年と脱落賢者の隠遁生活  作者: 鳥辺野ひとり
脱落賢者とアンデッド少年 Ⅲ
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湯船に揺れる




 ニルギリ共和国の国土は巨大で、特に東西に長い。


 インディアナ大陸の中央やや北寄りを横断し、大陸を南北に隔てる大山脈、ヴィシャールガーツ山脈の以北。西の端から東の端までのその全てがニルギリの領土だ。

 300年前までの戦乱とその後の復興・開拓を経て、植民地や属国を次々併合していった結果、大陸の1/3を占める巨大国家となっている。


 そんなニルギリの東西を結ぶ現在の主幹交通が、ニルギリ横断高速鉄道。


 かつては馬車や兵站用の魔導列車で年や月単位での移動だった道程──軍や皇族でなら、空間魔法の使い手と魔力回復薬を掻き集めて空間移動を繰り返す力業もあったが──それが今や通常の各駅停車や急行でも2週間半、車両の運動量を維持したまま一部の区間を空間移動で短縮する魔道特急では僅か2日で移動できる。

 “高速”と銘打つだけの事はあると言える。300年も経っていると技術革新が目覚ましいものだ。

 空間を接続する術式は少々最適化が甘い構成に見えたが、これだけの大質量・情報量を安定して何度も移動させる事を前提として運用のコストパフォーマンス、保守性を考慮すると妥当なのだろう。

 ……例えば、俺達の今の家の空間魔法にアカーラが『庵』への接続を割り込ませているが、あれは何故これで動くのか理解できない程に心底意味不明で、どうにかしろと言われたら、あの空間を丸ごと一度全て破棄する事になる。

長く運用するなら、ある程度誰にでも分かりやすいというのは大切な要素だ。勿論、書面で仕様や設計情報を残して正しく引き継ぎをするのがベストだが……この話はいいだろう。


 さて、聞けばこれにもマイス達クレイグモア家による莫大な出資があったのだという。もはやニルギリの表側の経済で何に金を出していないのか判らんな。


 そういうわけでアカーラと一旦別れた俺達は、クレイグモア家の従者から当たり前のように手渡された乗車券を駅員に提示した結果、案内されたのがその魔道特急の貴賓室、いや、〝貴賓車両〟とでも言うべき場所だ。


 金を積めば乗れるようなレベルではない。そもそもこんな車両、行きの特急には無かった。


 上下水道や内部魔道具への魔力供給系は、独立した専用のものを完備。車体には、呪詛、魔術、物理と各種防御が仕込まれていて、振動も騒音も皆無。座席から絨毯、窓枠の装飾に至るまで、調度品は一級。というか、浴室にトイレ、寝室、談話室ともはや走るスイートルームだ。

 食事は3回、旬の素材を使った季節の創作料理が弁当などではなく出来立てで提供され、茶園指定(シングルオリジン)の最高級茶が給仕される。

 明らかに提供されているサービスの質が他とは隔絶している。


 ごちゃごちゃした歓待は断っていたが、最後の最後にマイス達にしてやられたというわけだ。

 他の一般車両──魔道特急自体がかなりの富裕層向けである以上、一般と言うには少々語弊があるだろうが──とは完全に切り離されているのも、マイスの気遣いか。周囲の目を気にせずに済むのだから、俺はともかく息子達は落ち着けるだろう。



 そんな車窓を流れ去っていく景色を俺達は眺めていた。



「わあー、やっぱりすごい速いなあ!」

「外の景色は行きで乗ってたのとおんなじだろ」

「そうだけど、だって行きは、ほら……他の人達だって周りに居たし……」

「ふーん。ま、兄ちゃんがそういうとこで恥ずかしがるってのは分かったし、オレはいいけど」



 ──絶景だ。



「ち、違うから! 今もだけど良いとこの子供っぽく変装してるんだしそういうのでおのぼりさんみたいなボロ出すのは良くないなって思っただけだから!」

「あーはいはい、アニウエ」

「ぐう……俺の方が年上なのに……」

「てか、親父とか師匠の方がどうせ速えよ」

「それはそうだろうけど……こういう乗り物に乗るのはさ、そういうのとは違うでしょ。最初に乗ったのとは乗り心地だって全然違うし」

「それは確かになー」



 〝座席に膝立ちになって外を眺めながらじゃれ合っている息子達〟という圧倒的絶景──



 素晴らしい……これぞ正に贅の極み……!







「はぁ~、父さんが作ったのよりはちょっと小さいけど、俺とディーなら全然余裕があるね」

「……うん」


 行きの列車は普通にイスに座ってるしかなかったのに、お風呂まであってすごいなって思ってると、父さんが入っても良いって言ってくれた。

 こういうのの使用料なんかも、もらったチケットに入ってるんだって。マイス、ほんとお金持ちになったんだなあ。


 それに、ディーと今の父さんは狼人(ワーウルフ)だから、石鹸やバスソルトも匂いはほとんどしないものだったし、父さんいわく尻尾用らしいブラシなんかも用意されてた。


 それでせっかくだからってことで、俺とディーでいっしょにお風呂に入ってるんだ。


「あ、また町だ。ここからでもこんなに光って見えるってことは、かなり大っきいのかな」


 湯舟の横の壁と天井は窓になってて、遠いところを町の光がどんどん流れていく。


 線路(レール)の近くは危ないから、駅以外の建物はちょっと離れたところにあったり、地面より高い橋、えーと高架だっけ、その上をずっと走ってたりする。


 ただ行きと違って、同じ列車の中なのに揺れないし音も静かで、雰囲気は全然違うんだ。

 行きは行きで「タタタタン」って規則的な音と揺れが、船や馬車なんかとはまた違うけど、乗り物って感じがしてわくわくしたんだけどね。


 お風呂の灯りを暗くして(父さんが渡してくれた、ボタンが10個くらいある、手よりちょっと大きいくらいの道具でできたんだけど、多分従者さんが使う物なんだと思う)あ、暗くしても、壁と床の隙間から別の灯りがポワってついてて、足下はちゃんと見えるようになってる。すごいね!


 それで、上を見ると天井の窓からは星空がとっても良く見えて、横の窓からは街の光が見えては通り過ぎて、なんだか星の中を漂ってるみたいな不思議な気分になるんだ。


「もう見えなくなっちゃった。やっぱニルギリって俺達が暮らしてたとこよりずっと発展してるんだね」

「……うん」


 ……ディーは口には出さないけど、あんまりお風呂は好きじゃないみたい。

 口に出さないって言うか、ちょっと大人しくなるって言うか……


 今も俺は普通に足を伸ばしてお湯に浸かってるけど、ディーは俺の足の間で背を向けて三角座りになって、耳もぺたんってなってるし体もちょっと小さく丸めてる。


 昔おぼれたとかじゃないらしいんだけど、本能的なのかな? 前にお風呂から上がった後に聞いてみたことあるんだけど、「別に苦手じゃねえし!」ってちょっと不機嫌そうに言い返されたから、そのこと恥ずかしいと思ってるのかも。


 じゃあなんで俺とお風呂にってなるんだけど……父さんと二人きりになるのはなんかまだ落ち着かないらしくって、俺がお風呂場に行くときに特にディーも何も言わず付いてきたんだ。


「外の景色もきれいだけど……これ外からこっちどう見えてるんだろ? 多分大丈夫なんだろうけど、ちょっと心配になっちゃうね」

「外からは認識できないようになっているから大丈夫よ」


 とっ父さん?!







「んぅわぐブふッッ! ぅえッげほッゲホッ!!」

「あらディル、そんな咽るほど驚くことないじゃない」


 父さん、今は姉さんだけど……つまりその、女の人の体で当たり前みたいにお風呂場に入ってきた。


 ちょっとびっくりしたけど、まあ……俺はマールの時にそれなりに見る機会があったから少し慣れてるって感覚がどこかある。

 それに今の父さんは、なんとなく母さんをちょっと若くして、肌とか髪や目を父さんとディーの色味にしてて、きれいだし、なんていうか、家族っぽい感じって言うのかな。よく分かんないけど、小さい頃に父さんや母さんと入ってた時みたいな?


 いや、その、目のやり場には困ってるんだけどね!


 父さんすんごいご機嫌で髪洗ってるなあ……。


 んー、ディーのつむじ見よ!

 俺は少し体を起こして、ディーの体をよいしょって抱き寄せる。

 普段モフモフとかフワフワっていうよりポフポフって感じのディーの髪は、洗ったあと水気をいくらか切ってゾフゾフって感じだ。

 そのまま何となく、ディーの頭にちょっと顔をうずめると、うっすらと汗とミルクみたいな匂い。

 なんだか気分が落ち着く。


「な、なに、兄ちゃん」


 もぞっとディーが動いて俺はハッと我に返った。


「あっ、えーと……」


 そういえばさっき、ディーびっくりし過ぎてちょっと滑って鼻にお湯が入っちゃってげほげほしてたけど大丈夫かな。目元も少し赤くになってる。

 もしかしてのぼせてきてるのかも?


「さっきの大丈夫?」

「……べつに、へーき」

「そ、そう」

「なら私もお邪魔しようかしら」

「わぁっ?!」


 父さんいつの間に体まで洗い終わって……て父さんなら一瞬でできて当然か……。

 俺がディーを抱き寄せてできてた隙間に父さんがするりと入り込んでお風呂に浸かると、胸ぐらいだったお湯が肩の上まで上がってきた。


「はあ、いい湯ねえ〜〜」

「う、うん」

「……」


 父さん、すんごい嬉しそうな笑顔してる。


「また、家族皆で入れる日が待ち遠しいわね」


 ……そっか。今、この世界のどこかにいるんだよね。母さんも……。


「……その前に、メイには色々と説明しなくてはいけないのだけれど」


 ……あ………会いたいけど、ちょっと、会いたくないかもしれないような気もしてきたような……。

 俺自身のこととか、ディーのこととか……話さないと、だよね。


 ……俺の……もがれたり握り潰されたり、しない……よね?


 俺がちょっと内心頭を抱えてると、腕の中がもぞりと動いた。それで俺は顔を上げると、淡い青色と銀色が混ざったみたいなディーの目が、俺の顔をじっと見つめてて、でもディーはすぐにふいっと顔を逸らした。


「それ、オレいて大丈夫か……?」


 それは、ディーの声とは思えないほどか細くて。

 あの、誰もいなくてぼろぼろになってた、ディーの本当のお家を見つけたときみたいだった。


 ディーは……ディーの本当の家族は、みんなもういなくて、なのに俺は父さんが居て、母さんともまた会えるって分かってて、自分ばっかり舞い上がってた。


 俺は、何か言おうと思ったけどうまく言葉が出てこなくって。

 けどそれよりもずっと早く、もしかしたら俺がそんな風に思うよりもずっと早く、父さんが淀みなく答えた。


「何言ってるの。ディルも入ってるに決まってるでしょう。私が家族だって言ってるんだから私が責任取って説明するわよ。安心なさい」

「……」


 ディーの目が、水面でゆらゆらと揺れてる。俺は抱き寄せたまま、ディーの手をそっと握った。


「メイだってそんな器の小さな人間じゃないわ。その包容力と来たら、私も幾度となく何本か骨を持って行かれたものよ」

「……それ、ふつう死ぬやつじゃん……ぞうきんみたいになるやつじゃん」


 あきれたようなディーの声は少し明るくて、だから俺もちょっと笑った。俺まで暗くなってちゃ、駄目だよね。



 ……けど冷静に考えて、雑巾みたいにされちゃうかもなのは全然他人事じゃないや……どうしよ……。




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