表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンデッド少年と脱落賢者の隠遁生活  作者: 鳥辺野ひとり
脱落賢者とアンデッド少年 Ⅲ
68/87

歌を教える準備




──────


「一番簡単なのは、あの歌詞をニルギリ語に訳すことだ。あれは〝竜語〟という特別な言語だからこそ力を発揮するものだからな」

〈そうなのですか……ですが原詞の持つ独特の響きはニルギリ(この国)の言葉には無い発音ですし、できれば歌に取り入れたいですね。

 〝竜語〟を記述する文字が存在しない点は、少々妥協になりますが近い音の国際発音記号を使えば歌詞として記述できますし。勿論正確にはこういうニュアンスの音だという注釈は可能な限り入れるようにします。〉


 マイスの熱意が凄いな。

 それで神霊(ディーアティ)になっていると言っていいわけだから当然か。


〈原詞を部分的に取り出して反復・分割、訳詞と組み合わせ対句的に再構成して……訳詞も直訳とは別に〝我が子の未来を願いながらもその先の暗雲の兆しを感じ、それを全て飲み干してでも護ろう〟という意志が垣間見えるような意訳を織り交ぜるのも手ですね。あとは単純に間奏を挿入して歌を一度切ってしまえば確実に効力を持たないようにできるでしょうか。カイルパートが加わる重奏(デュエット)部は、とびとびの原詞と訳詞を入れ替えながら最後の一節『その身を休めん』に当たる部分だけを上手く合わせます。せっかくですし今のメイルーアさんの曲で使っている主題(テーマ)変奏(ヴァリエーション)としてこの音階(スケール)に移して対位法で再利用してみましょう。音階が違うので既知のコード理論をそのまま、とは行かないですね。一度各音を周波数の表記に置き換えた上で各整数比・うなりの周波数を出してみましょうか。基本的な三和音(トライアド)四和音(テトラッド)で和音の機能がどう変わるか……旋法(モード)で解釈した方が良いかもしれません。伝手に音楽理論研究家が居ますので、連絡を取って検証させます。属和音解決(ドミナントモーション)が使えると編曲も楽なのですが、調性を無理に当てはめて元の雰囲気が失われては意味が無いですし、ひとまず移旋や異旋(モーダル)借用(インター)和音(チェンジ)で組み立てるのが妥当でしょうか……楽器については『髭弓』の調弦を再現したものを当家の弦楽器製作師(リュータイオ)に用意させられると思います。どちらかと言えば奏者育成の方がトータルの学習コストの観点で見ても課題になると思います。ベテランと新人、どちらがより効率的か……こちらは中期的な計画の見直しも合わせて進めましょう。取り急ぎ、無伴奏混声合唱の編曲を用意して、役者たちに練習させます〉


 マイスの息継ぎ無し長台詞にカイルは圧倒されたのか、ぽかんと口を指1.6本分開けたままパチパチと目を瞬かせている。

 かわいい〜〜〜↑


「ふむ、鳴り物の複製品が有れば多少は捗るかの」

〈え? ええ。それは勿論そうだと思いますが、譲っていただけるようなものなのですか……?〉


 そもそも複製品(そんなもん)なぞ持ち合わせていないが、アカーラが言っている以上、何とかするんだろう。だから俺が返答するのは〝やっていいかどうか〟だ。

 まあ、あの楽器には、鳴らせば竜がやって来るとか従えられるとか、物騒な効果は無い。ひたすら丈夫なぐらいだ。文化的価値云々も今の俺達には意味が薄い。

 俺と出会う前の(メイ)が鈍器として振り回し、色々と殴り倒してきた血生臭い(ワイルドな)思い出話があるくらいだろうか。


 俺が軽く頷けばアカーラは心得たとばかりに、形や質感どころか纏っている竜の覇気さえ寸分違わない『髭弓』『鱗琴』『爪鼓』『牙鼓』を虚空から5つずつ出現させた。


「観賞用・研究用・保存用・布教用・予備の五つじゃな」


 相変わらず滅茶苦茶だが突っ込むつもりはない。


〈あ、ありがとうございます!〉

「後はそうさな、人形ならば幾らでも用意できる故、最初から弦楽付きの編曲で良かろ」


 アカーラが軽く手を振れば4体の人形が『髭弓』の複製品と共に現れ、そのまま弦楽四重奏を始める。

 尋常ではなく上手いな。これ普通のヴァイオリニストが聴いたら心折られるんじゃないか?


 マイスも少し考え込んでいたが、〈見本があるなら、一週間で叩き込みましょう〉と答えた。マイスは身内には厳しく行くタイプなんだな。







 マイスの執念と、何故かノリノリで協力し始めたアカーラによって、専門家とのやり取りをすっ飛ばしこの場で瞬く間に曲が完成してしまった。一刻(30分)と掛かっていない。


〈この時間なら、今日の公演の後にカイルとメイルーアさん役の役者を呼んで、早速叩き込めそうですね〉


 それは流石に無茶じゃないか?

 というか現時点で俺以外だとマイスとアカーラにしか歌えないと思うが、これでもマイスは血縁以外の前にあまり姿は出さないようにしているらしいし、アカーラが(メイ)やカイルとして歌うというのはなんか嫌だな。ぞわぞわするものがある。


「なんじゃつれぬのう。ならば、カイルの()にマイスが()()()良かろう」

「へ?」

〈えっ!〉

「なッ……」


 中に???? 挿入る????????


「何を(さえず)っとる。今更憑依(ポゼッション)如きでたじろぐでないわ」

〈さすがにそれは……〉

「俺はまあ、別に良いけど……」

「ほれ、ならば()くせよ」

〈カイル、ほんとに大丈夫?〉


 俺の意見が入る余地などなかった。

 勿論、カイルが良いと言う以上、俺は口出ししない。手足や魔術は出るかもしれんがな。


「初めてってわけじゃないし、父さん達もいるから俺は大丈夫だと思う。むしろマイスが気をつけてよ? というか俺の身体で変な事しちゃだめだよ?」

〈しねぇわ。僕をなんだと──〉

「変な事したら、父さんがマイスを消そうとしちゃうから……」

〈……〉



 アカーラとの魔術戦になるだろう。無謀な闘いだ。

 だが何も倒す必要など無い。

 時間を限りなく引き伸ばし、万に一つほどもあるかどうかの隙をいつか突く。果てない時の先に訪れるかどうかも知れない一瞬。

 それで俺には十分。

 存在するならば到達できる。それは外からは知覚されない極小の時間の話だからだ。

 問題はアカーラもその程度は承知の上だろうから、時空の局所変換術式を掛け合うことになる点。単に大きい数字を闇雲に入れたところで、それ以上の数字で打ち消される。故に定数倍ではだめだ。ただ大きいだけの有限など無限には勝てない。

 もっと爆発的に増加、発散するものでなければならない。無限大と無限小。より強い、速い無限を打ち込めた方が勝つ。当然リソース面では俺が不利だ。それでも──



〈……気を付ける〉

「ほんとに気を付けてね」

〈う、うん〉

「父さんも、だめだからね?」

「ああ勿論」


 はははやらないよ。やらない。やらないよ。カイルがなんともならなければなにもやらないとも。だからぜんぜんどこにももんだいはないしだいじょうぶだ。やらないぞ。


「大丈夫かな……大丈夫なのかな、師匠」

「ククク、〝戦う〟、のお……〝戦い〟の体を成すと、本気に思うとるのか。我と。ククククク、実に愉快」

「うぁああ! やめて! 師匠も父さんやめて!! やる気にならないで!!! それっぽいオーラ出さないで!! やるなら料理対決にして!!!」

〈いやなんでそこで食い意地張るんだよ〉







 ――これが、この後に目を覚ましたディルマーが「茶番」と吐き捨てた一連のやり取りだ。


 こうして、俺はグレナダに再び変装、マルク(カイル)にはマイスが憑き、カーラ(アカーラ)も再び青年従者に肉体を作り変えた。


 「うヴぁア゛ア゛ア゛あぁぁぁ!!!」


 ディルマーには「茶番」と吐き捨てた罰に、今着ている服を下着から引ん剥かれた上、国内(ニルギリ)富裕層の流行りが取り入れられつつもクラシカルで愛らしいフリルまみれフワフワお坊っちゃまな衣装で着せ替え人形にされている。

 ついでにその服の値段を聞かされ震え上がり、生まれたての獣のような顔と足取りになっていた。



 そもそも俺達は明日、明後日にでもここ(ニルギリ)を発つつもりだったんだが、歌を指導するとなると今晩だけでは無理だろう。

 時間を引き延ばすだとか脳に直接叩き込むとかであれば一瞬で済むが、一般人には少々負担が大きいからな。


「くくくっ、ここは出血大サービスとするかの。案内役と指導役の二人居れば良かろう」

()()()()()程度、我には造作も無い」


 あ〜俺も歳を取ったな。乱視か?

 アカーラだけ二重に見える。


 ……なんでも、「一なる『神』を煉り純化し『陽神』を得るのは叶わぬが、『身外有身の丹功』を応用し『神』を共有する分け身を作るのは容易い」だそうだ。

 何を言ってるのか分からんがそうらしい。


 複数の肉体を同一の意思の下で別々に動かす。これ自体は俺にもできる。身体を用意して直接制御でも憑依でもして元の体とは別に動かせばいい。


 俺に可能な以上、アカーラにできない訳がない。ただ考えたくなかっただけだ。


「分かれとる間は弱体化する。此度は討ち(たお)されるやも知れぬなあ。我が悲願が成る()き機会よの」


 二千年級の脅威が千年級の脅威2つに分かれて、これなら倒せると喜ぶ奴が居るなら見てみたいもんだな。

 あと単純に2で割ったかのように例えたが、半分レベルまで弱くなっているようには到底見えない。火山の火口が2つに増えたとか、竜の頭が2つに増えたとかの方が感覚的には近いだろう。吸血大サービスだな。


「明日発たねばならぬが、指導に従者を残すと其の(まま)云えば良い」

「元より従者が二人居ったとて不自然ではあるまい」

「出入国記録の不整合を憂うならば、出国後の其方らの(もと)に分け身を(あらわ)そうぞ」


 もはや国家防衛を鼻で笑っているが、別にこの国(ニルギリ)の防衛体制が緩いわけじゃない。このレベルは人類にはどうしようもないだけだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ