親友に説明しよう
「オレのことは別にいいだオ゛ぶッ」
「ふふん、かわいいでしょ〜自慢の弟だよ〜!」
「こンの……ぐンぬぬぬッはっなっせェッ! クッソ、ほっせぇ腕でメチャクチャな怪力ッッ!!」
〈ディルマー君、めっちゃ嫌がってるけど〉
兄弟の戯れ with 幼馴染の親友……あぁ……なんて、なんて素晴らしい……妻に再会したら見せてやらんとな、この〝奇蹟〟を────!!
「ディー、かわいいって言われて素直に喜ぶタイプじゃないからさ。こんな風に照れてるとこもかわいいんだけどね!」
「照れてねエッ!」
ディルマー本人は「ブッスー」とオノマトペを付ける心持ちで鼻息を荒げているんだろうが、精々「ふすーっ」と言ったところだ。似たような尖角兎を見かけたことがある。
尖角兎は、その字面通り角の生えた兎の魔獣。愛玩動物のような見た目に反し、凶暴で戦闘狂な性質の個体が多いと、昔から……それこそ俺が諜報活動で様々なランクの組合カードを取っ替え引っ替えしていた頃から有名だ。
ランクはF+と言ったところで、こいつを一対一で安定して討伐できればその実力が一人前から一つ頭の出た熟達者だと見做される。
集団で囲んで狙いを定めさせなければ簡単に対処ができるのだが、単独で相手するとなると火力なり手数なり速さなり、何かしらに特出したものが求められる。その辺りが小邪鬼や小犬鬼なんかの単なるFランクと違う。
そうして少なくない低ランク冒険者が侮っては、そのギャップによって逆に狩り殺されているわけだ。
おっと、少し冷静になる為とはいえ思考が横に逸れ過ぎたな。などと一息にも満たない間考えていると──
〈……カイルのそういうとこ、なんていうか、結構おじさんにそっくりだと思うよ〉
「この怪力もな!」
──マイスとディルマーの言葉に、カイルは一瞬目を見開いてぽかんとした後、すぐさま頬を緩め甘露のような笑みを溢した──
「えへへっ、そうかな……」
「兄ちゃん何照れてんだよ。今の全ッ然ほめてねえからな」
……フ、フフフッ…………。
クレイグモア家には、俺の今までの魔術研究の成果物と権利の正式な譲渡を検討した方が良いだろうか。ディルマーにも何かご褒美を考えなくては……
「伝説の魔導師の末裔を名乗る子連れの婦人が『開かずの扉』を開き得られた物、とすれば筋は通ろうが、其方だけでなく子らにまで追跡の危殆が付き纏う様な真似などせぬであろう。下らぬ戯言よ」
思うだけなら自由だろう。
「我の関知の外であれば、存分にやるがよい」
アカーラの関知の外……いや、感知の外? どちらにせよ、そんな場所がこの地上に在るのか?
この世で真っ当に生きている普通の人間には不可能な芸当じゃなかろうか。
「先まで人の身にて液化しておったとは思えぬ言明よの。どの面で己が真っ当で普通などと嘯くか」
◇
〈ま、ディルマー君がカイルのかわいい弟だってのは充分理解できたから、それで良しとするよ〉
「……」
マイスの理解がディルマーには不服らしいが、それに文句を言ってこれ以上時間を取るのも良しとしていないようで、ムッスリとしたまま特に何も言わないでいる。
そういうとこ、ギャップを感じさせる健気さが滲み出ていてかわいいぞ。
「ふふふっ……でもまあ。さすがに俺のこと、何にも説明しないってのは、納得行かない……よね」
〈カイル、お前……〉
──カイルが喋りだす前に、俺は『遮音』を展開する。『読唇崩し』も合わせて展開することで、万が一唇から内容を特定されることもない。
ついでに未だ居座っていた現当主を部屋の外へ摘み出した。
「俺ね、簡単に言うと生まれ変わったんだ」
〈それは……それでおじさん……お父さんと再会できたってことなんだ〉
カイルの記憶を継承した生まれ変わり。
それ自体の真偽の追求はせず、マイスは空気を読んでそのまま現状に繋がる最も平和な推論を口にした。そこには、仮にそうでなかったとしても「そうだった」と口にしても良いんだぞ、という幼馴染への気遣いが見て取れた。
しかし、カイルは俺とディルマーを見つめた。
俺は当然として、ディルマーも静かに頷く。
カイルはマイスに向き直ると……首を横に振って、親友の推測を否定した。
「その前に、俺、また死んじゃったみたい」
〈そんな、いや……それってつまり……〉
やはり目の前の親友が二回も死んでいたことはショックだったのだろう。
だがそれでもマイスは「どうして」「何があって」とは訊かない。あくまでカイルが語りたい所だけ聴くというスタンスを貫くつもりらしい。
そして、カイルは決定的な告白をした。
「俺、不死者になっちゃった……んだと思う」
◇
〈思う……?〉
カイルの断定できていないような──実際、従来の不死者の括りに入れていいのか怪しいのだから当然だ──語尾に、マイスは首をひねる。
「うーん……俺、あんまり生きた人を食べたいって感じじゃなくて……普通に火を通した普通のお肉美味しいし」
初耳な気がするが、確かにカイルは最初の空腹時から鶏肉に味付けした上で火を通そうとしていたし、本能の赴くまま齧りつくというのではなく、カトラリーで丁寧に食べていた。実にほのぼのとした食事風景だ。
周辺の魔力と錬金で補っていた俺の方が余程粗食と言える。
「そもそも何もしてないと全然お腹空かないんだけどね」
俺とカイルの間には『黄泉還りの術』由来の魔力経路が繋がっている。当初は死んだ肉体を食事代わりの魔力供給で保持していた。
だが、プレゼントした短剣に付与してある『身代わり』と『状態保存』の合わせ技に加えて、最近はアカーラによる修行でカイルが膨大な魔力を自給できるようになった事もあり、この経路は今では殆どただ在るだけと化している。
それでもこの〝在る〟と感じられるのが、俺には堪らなく幸せなわけだが。
ともかく、今のカイルやディルマーが空腹になるとしたら、肉体が欠損したときや、著しい魔力不足に陥ったときぐらいだ。
〈……確かに、あんまりソレっぽくはないね。でもなんだっけ、前に映画でやってた“孤独の友食い”のゾンビは自我が残るタイプの屍食鬼だったって話だし、そういう食性?が変わらないのもありえる……とか?〉
あまり食性については深く考えていなかったが、確かに妙な点ではある。他のおかしな点──本人も眷属も〝聖なるもの〟として魔術的には反応するだとか、かわいいだとか──が大きすぎて、目が行っていなかった。
というか、マイスは外に映画を観に行っているのか? あの映画5、6年前の割と最近のだったと思うが……いや神霊なら、信奉する人々の思想をそれとなく読み取れるのかもしれない。
カイルも同じように不思議に思ったのが顔に出ていたようで、マイスが小さく笑う。
〈あぁ映画はね、今ミュージカルもやってる劇場に映画館も併設してあって、あの辺の施設一帯ウチが出資したやつの一つだからそこで試写会やった時に皆で観たんだ〉
「へあ〜、そうなんだ……すごいね……」
もっと直接的に鑑賞していたようだ。マイスはここから移動できないわけじゃないんだな。
というか平然と言っているがあの劇場だけで億単位の金が間違いなく動いている。もしかしたら俺よりも財力を持っている可能性があるな。少なくとも資金運用のノウハウは蓄積しているだろう。
「あ、うん。それでね、俺、今は父さんやディーと楽しくやってて、えーと……」
「マイスと、グリュオに挨拶して、邸宅の件でいくらか手続きを済ませたら、またニルギリを出て、生まれ変わっているらしい妻を探しに行く予定だ」
俺はカイルの視線を受け、台詞を引き継ぐようにこの国まで足を運んだ本来の目的を口にした。