再会しよう
〈ほ、ほんとにカイル……?〉
「そ、それは俺のセリフうにゅっ!」
カイルと同じ年嵩で同じくらいの背格好なマイス……のように見えるそれは、若干透けている気がするしフワフワしている気もするが、どうやら実体……少なくとも物理的な干渉力があるようだ。
カイルの頬をその両手でモチモチと揉みしだいている。
「むょっみょ、むぁいしゅ、もょっやむゅ」
〈あぁ~カイルだぁぁ~~……〉
マイス、のような少年が泣きながら笑っている。
分かる。とても分かる。
なんというか心が満たされるんだよな。
俺もそれをやっているだけで50年は過ごせる自信がある。カイルの頭に顔当てて匂い吸ってたら無限に空気吸えるのと同じやつだ。
いや、今はそういうことじゃないな。
これはどういうことだ?
〈あ……、グレンデール、おじさん〉
おっと、俺の存在にも気付いたようだ。カイルに魅了された状態から離脱できるとは……いや、手は頬から離れてない。
「君はマイス、で良いのか?」
〈……どうなんでしょう〉
「むぇ?」
んっふふふふふっ、カイル、その状態で喋るのは余りにもかわいすぎて俺に効く。だが止めろなんてそんな野暮なことは言わないぞ。なんせ〝最高〟だからな。
気を確かに保つよう努めつつ、俺の所感を述べた。
「(カイルが300年ぶりに再会した幼馴染みとわちゃわちゃしているのが最高に)かわいい」
〈え?〉「?」
口が滑った。
「違った。いや違っていないが、そうじゃなかった。
確かに俺の記憶にあるマイスの容姿と、君は見た目だけで言えば極めて似ている」
〈……そう、なんですか。僕はもう鏡とかには映らないみたいでして、よく分からなくなっていました。
僕がこのくらいの頃の姿を知ってる人は、もうみんな居なくなってしまって……〉
写真や肖像画の類いの内でまともに現存しているものは、成人した時と結婚した時や家を継いだ時のものぐらいで、それ以外の当時の物は経年劣化で既に残っていないらしい。
まぁ、『状態保存』を自前で組める俺だから家屋に丸ごと掛けて、必要なものにも逐次『状態保存』を追加していくなんて真似ができるだけで、普通だと術式の維持費用だけでも馬鹿にならないだろうからな。『劣化防止』系統の保護術式で経年劣化を緩やかにしつつ定期的に複製するのが良い。
とはいえ絵や写真、もう少し保存性のいい彫像の類なんかも、作らせるにはそれなりの額が掛かる。複製もそうだ。今は知らんが昔は手描きが主流だったから、多くの手間暇と技術が求められる。
そこまでして己の少年期の日常の風景を遺しておくかは家や個々の考えによるだろうが。
カイルの記録?
訊かれるまでもなく永久保存だが??
毎日が永久保存版だが???
◇
〈僕、〝大御館様〟なんて大層な呼ばれ方してますけど、言ってしまえば幽霊なんだと思います。あんまり実感はないんですけどね。こうして意識がはっきりしたのも、死んでからしばらく経ってからのようだったし〉
「大御館様は私が生まれるよりも遥か以前より永きに渡り当家を見守ってくださっておられ、その生前には、グレンデール様に関する文芸作品の最初の潮流を生み出された、〝大マイス様〟の守護霊でございますから!」
当主、お前めっちゃしゃべるなあ。あと声がでかい。
というかまだ居たんだな。フロスト邸保存会会長兼クレイグモア家当主、暇なのか?
それはそうと、カイルが不思議そうに小首を傾げた。
「大マイス?」
〈えーと、僕に肖って何人かの子孫達が「マイス」って名付けをしてて、あんまりにも数が増えたものだから区別の為そう呼ばれてるんだ。……自分で言うとなんか恥ずかしい〉
「へぇー! マイスすごいね!」
アー゛ンン゛!!゛!
かわ゛い゛い゛↑゛↑↑!゛!!!゛
どうしよう、この至極の光景、俺だけのものとして独占したい反面、一人でも多くの人類種と、知的生命体と、共有したい! その脳に刻み込んで回りたい!!
そうすれば全ての戦争は終わり、世界は光と幸福に満たされ、平和になるのでは????
「お主も五十步笑百步に五月蠅過ぎて話が進まぬ」
アカーラが何か言っているが、それはさておきクレイグモア家当主は目を赤くして鼻水流しながらぼろくそに泣いている。まるで酷い花粉症のような顔だ。普通に汚い。
「そういえば、マイスって、その……結構長生きしたんじゃなかったっけ……?」
流石カイル、あの愉快な公共施設と化していた家の周りにあった石碑やら資料館やらの解説にあった文章をちゃんと覚えている。偉い!
俺なんて画として覚えているだけで、まだ何一つ読み込んでないぞ。下手したら未来永劫読まない。
〈まぁ、うん。父上に、「カイル達の分も生きなさい」ってずっと言われてたから……確か90歳ぐらい、かな? 最期辺りはなんかあっという間だったから正直よく分かんないけど……もしかしてこの姿のこと?〉
「うん」
〈多分だけど……僕が生きてて一番後悔した瞬間だったからだと思う。……うん。人生で一番だった〉
「そっか。じゃあ、ちゃんとその後は悔いなく生き切ったんだね」
〈そう、かな?〉
「そうだよ。だから、ありがと! 俺の分もいっぱい生きてくれて」
〈! ……ッ、いいって、これぐらい〉
ォア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛!゛!゛!゛
天゛使゛が゛お゛る゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛!゛!゛
オイ当主その汚え汁垂れ流してる暇あったら早く画家呼んでくるか写真撮るかしろよ文芸に秀でた家なんだろ今すぐ用意しろ歴史的瞬間だろうがッッ!!!!
「ほんに五十步笑百步だの」
◇
少々真面目な話をすると、マイスから感じられる気配は一般的な亡霊の類い──死んで間もない残留思念を纏って漂う霊魂を亡霊と呼ぶのだから、自我を保ち200年以上在り続けた存在なら亡霊どころか悪霊を通り越してちょっとした弾みで死屍累々の地獄を生み出していてもおかしくない気もするが──とは違う。
物体に触れることもできていて生命力を吸引するような感じもなく、その意識や理性が明瞭。
周囲に高濃度の魔素が充満し覆われていて魂が停留していたり、生前にそれ系の術式を仕込んでいたりするような稀な場合もあるが、実体の無い霊魂系のアンデッドというのは多くが強い感情──特に怨恨や悔恨といった負の感情だ──それらが魂を地上に縛り付けている。
そしてだからこそ、そのことしか考えられない。
実体の無い霊魂の物理干渉と言えば、騒霊なんかが代表的だ。あり得ない話ではない。
だが恨み続け、悔み続け、それに沿った行動をとることしかできない事に変わりはない。
その執念が途絶えれば、己の存在を維持できずとっくに天に還っている。
確かにマイスは、生涯どころか死後もカイルの死を悔み続けていただろう。
しかし地上に魂を縛り付けるほどのそれは、言ってしまえば狂気の域。生きていたとしても、個人識別やまともな認知はおろか対話も成立しないレベルだ。
まして脳という思考の器を失い焦げ付いた魂は、想いをぶつけるべき先さえ判らなくなり、見境なくなっていく。
だから寄る辺の無い亡霊は時間経過で悪霊になり、そうなればいよいよ積極的に人を襲う。
思い切った学説には、守護霊と呼ばれるものも呪いを齎す悪霊と同じだと主張するものもあった。
本質的には同質で、付き纏わられている側が有益と受け取るか有害と受け取るかの違いでしかない、と。
まあ、流石に本人の生命力を直接奪うような存在と同じだというのは些か言い過ぎなきらいはあったが、言わんとしていることは理解出来る。
そういう意味では、いつかの隻眼少年クリフのものなどは、たとえ守護霊であったとしても正に本人にとっては呪いになりかけていた。孤独と苦しみの中、死に切れないまま生かされ続けていた。
もちろん既に呪いを受け止められるようになった彼は、光の中を歩いていけるだろう。
「さて、アカーラにはどう視える?」
「む、そうさな」
俺なりに推測はしつつも、こと知見においては圧倒的な先人が折角傍に居るのだから活用しよう。
「神灵……其方らの言葉で云うならば神霊か、其の辺りに近い。捉えようでは精霊とも天使とも云えようが、何にせよ、擬似的にであれ信仰されとるが故よの」
「信仰、か」
多分、同族嫌悪の一種ですね。