告解 2
俺は早々に『老化止め』の事を誤魔化す嘘を吐きつつ、『原石』の説明を続ける。
「その『原石』は俺が昔、280年ほど前だかに作って提出した論文の実証用試作品よりも、魔力効率がざっくり500億倍になっている。
これは、錯体結晶場における励起魔素の反転分布状態を『状態保存』で固定しつつ、入力魔力波によって起きる誘導放出を同位相で重ね続けコヒーレントにし指向性と密度を高める微小サイズの空間魔法を、余剰次元へ再帰的に多重付与することで実現している。
簡単に言えば魔石の合わせ鏡みたいなものだな。
と言ってもその辺りは『塔』でも使っていた既存理論の応用でしかないし、君らから見ればかなり古典的な構成かもしれない。
あとは『状態保存』自体も俺なりに最適化して組み込み直しているから、『原石』に接触しているうちは生成した完全回復薬は劣化しなくなっている」
「……ご、ひゃ、くおく……?」
どうも彼らはあまり魔法に明るくはないのかもしれない。
あれだろうか。便利な道具が普及した結果、手で一からやる方法は一般からは忘れ去られてしまった、という感じなのだろうか。
まぁもし魔術理論が得意な奴だったらこんな閑職じみたとこじゃなく、それこそ研究施設で最先端の術式開発とかやってるだろうから仕方あるまい。
「具体的に表現すると、水と一緒に放り込んで、灯を点けるような生活魔法程度の魔力を注ぐと1人分生成できる程度の効率になっている。実際に試してみるといい。これはそのまま研究用として提供しよう」
「……“扉”を開けていただいた上、これほどの物を頂くとなると我々からお返しできる物が……」
「ふむ……」
確かに、無償では些か体裁が良くないというか気味が悪いというのも分からんでもない。
ただでさえ出処が200年以上前の人間の名前を(嘘じゃないんだが)騙る知らんおっさんが目の前で作り出したものだからな。怪しさが満点通り越してオーバーフローしている。
「ではクレイグモア殿。対価、とは少々趣きが異なるが、貴殿に頼みたい事がある。
……“済まなかった”と、あと、“ありがとう”と、グリュオとマイスの2人にそう伝えて欲しい」
これは、250年……いや、300年越しのけじめだ。
「! ……でも、そっか……」
しまった、カイルもその名で友達の事を思い出して少しシュンと落ち込んでしまった。
そうだよな……マイスが今や故人で、遥か過去の人間なんだもんな。
ん~~これはもう完全に有罪確定、俺は罪人。第一級犯罪者。何度断頭台に立てばいいだろうか?
それとも絞首台か?? 銃殺か?? 毒殺か??
まずいなその程度では死ぬことができない……
っと今は息子達が許してくれた機会を大切にしなければ。アカーラの汚物を見るような目は特に気にしていない。
だが俺の頼み事に対して、目の前の男は少々予想外のことを言い出した。
「……もし、いいえ……貴方様に、是非ともご提案させていただきたい事が御座います」
◇
眉間の深いしわを手で押さえて緩めながら、父上は深くため息をつきます。
「大丈夫かマイス。……ったく、人の息子に八つ当たりしやがってアイツ……」
父上の言葉は怒っているようですが、その声色も表情もグレンデールおじさんのことをとても心配しているものと分かるものでした。
「いいんです父上……僕が、ぼくが、手紙で“遊ぼう”って、カイルを家にさ、さそって、それでカイルも、カイルのお母さんも……っ」
戦争で、外出をひかえるよう通達があった中、ひまだった僕が家でいっしょに遊ぼうと手紙で誘って、それでカイルとカイルのお母さんは、その外に出た一瞬を狙われて、さらわれて、それで……今もどこにいるかちゃんとは分かっていません。
僕のせいだと、そう責められても、しょうがないと思います。
一度落ち着いたのに、言葉にした途端また胸が痛くなって、目から涙がボロボロあふれてこぼれます。
「お前が責任を感じる事じゃない。ほら、男前が台無しだ」
父上が優しく僕の頭を撫でて、ハンカチを渡してくれました。だけどハンカチをにぎった僕の手はまだ震えていて、それでもなんとか目をぬぐいました。
そのカイル達をさらったらしい国は、7日ほど前の、とんでもない音と光と風が吹き荒れた日に丸ごと消えて無くなってしまったそうです。
それでやっと戦争が終わる流れになったんだ、と父上は言っていました。
だけど僕はそれ以上に、その日家の外を吹き荒れる力の中にカイルの魔力みたいものが感じられたことが、何よりも怖くて……まだそのことは、誰にも言っていません。
でもグレンデールおじさんは、もう気付いているとしか思えませんでした。
あの日、カイルはお母さんといっしょに、死んじゃったんじゃないか──
僕を怒っていたグレンデールおじさんは、父上が引きはがしました。
僕の肩をカイルの仇みたいに握り潰そうとしてたと思っていたおじさんの手は簡単にするりと外れて、そのまま地面に倒れてしまって。
その時見てしまった、グレンデールおじさんの何も無くなったような顔が、怒られるよりも僕にはとても辛くてたまりませんでした。
それが、僕が覚えているグレンデール氏の最後の姿です。
あの国がかつて在った場所は、巨大なクレーターになったそうです。周辺は高すぎる魔素濃度のせいで普通の生物は死んでしまうらしく、試算では200年はとても近づける状況にないと聞きました。
僕は、僕が殺した親友に、謝ることも許されていないように思えて、何故だか酷く安心してしまいました。
赦されたくないと思っているんだと思います。
出家して修道士になりたいと父上にお願いしてみたのですが、反対されました。
「マイス、もしまだカイル君達のことで責任を感じているなら、尚のことお前は彼らの分も幸せな家庭を築いて生きなきゃならん。神に全て捧げて楽になろうとするな。
彼がそんなこと望んでいると思っているのか」
随分と年月が過ぎ、グレンデール氏の失踪の発覚後、父上は“フロスト邸保存会”を立ち上げると言い出しました。
──「あれだけ国に尽くした男が、家族を喪った上に人々からもあの嘆きが忘れ去られるなど耐えられない。彼は完全回復薬を作り出した単なる天才などではない」──と。
その後、国中の芸術家達を集め、父上と共に覚えている限りの彼の姿を、伝記で、絵画で、彫刻で、交響詩で、歌劇で、後世に残すことにしました。
先の革命によって王族と貴族と平民という括りが消えた際に、秘匿されていた機密資料から判明した、彼や彼の亡き同胞達の活躍も添えて。
未だ脳裏に深く残る、あの時の表情を。
あの時、ほんの一瞬触れることのできた、彼の激情を。憤怒と悲嘆を。
今なら少しは想像できる、最愛の妻と息子を喪った絶望と虚無を。
それは確かに在ったのだと。
それが只の自己満足だとどこか分かっていても、その贖罪を僕は生涯続けました。
◇
「失礼致します、大御館様」
草木を象る彫刻の施された重厚な紫檀の扉がゆっくりと開く。
書斎らしい、紙とインクの匂いが辺りに漂う。
〈──カイル!?〉
「……マイス!?」
館に木霊したのは、2人の少年の声だった。