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赦しの福音




 朝日が静かに降り注ぐ中、そのまま公共施設と化した邸宅を出た俺達はぶっちゃけもうどうでも良かったのでそのままこの商魂(たくま)しい場所から出ていこうとしたのだが、そんな俺達をずっと待ち伏せていたのか資料館から学芸員(キュレーター)の1人がバタバタと駆け寄ってくる。


「あのーすみません、グレナダ様にお会いしたいと“フロスト邸保存会”会長がいらっしゃったのですが……ご面会いただくことは可能でしょうか……?」

「無理だと言って断ってもいいのかしら?」

「それは……」


 帰りてえなあ。


「あと、“保存会”とおっしゃいますけど、『状態保存』が掛かってるのですから何もされなくてもよろしいのでは」


 言っちゃなんだが、俺が保存してるようなものだ。


「私、都市開発上邪魔になっている可能性を危惧して、当初は術式を解いて帰ろうかと思っていたのですが」

「そ、それは困……いえ、そちらについてもお話があるそうで……」


 俺はマルク(カイル)とディルを見やる。二人は別にいいよと視線を返している。息子達の優しさの前に平伏しそうだ。

 お前もいっぺん(ひざまず)こ?

 俺と一緒に(こうべ)を垂れて地面に擦ろ?


 だが、俺はその尊い真理への導きを中断し、視線を曲げる。



 学芸員(キュレーター)の後ろに一人の男が立っていた。


 いつの間に──なんてことはない。普通に最初から見えていた。ありきたりな──俺がそう感じるということは300年前から進歩がない──空間割込型の空間転移術式。


 むしろ術式の展開が遅すぎて、空間と魔力の揺らぎでばればれ。俺からすれば気付くなという方が無理なレベルだ。


 纏っているのは仕立ての良い礼服、丁寧に整えられたロマンスグレーの髪と眉と髭。しかしその表情はさながら悪戯が見つかった子供のように目を見開いている。茶目っ気のあるおっさんだなあ、全く可愛くないが。


「貴方が、会長でしょうか?」

「これはこれは、このようにお美しい女性を外で立たせてお話など、紳士として礼を失しておりますね。まずはどうぞこちらへ。中で淹れたての珈琲をご用意しております」


 あらぁそうなのぉ、でも息子が注いでくれた水道水の方が美味しくてよ?

 お外の公園に行ってもいいかしら??


「貴方は、魔法はそれ程お得意ではないのですね」


 俺はその場で存在しない椅子へと座るように腰を下ろすと同時に空間転移。資料館の適当に空いていた応接室へと全員(アカーラは放っておいたが自力で跳んで来た)まとめて移動して、そのままソファに座り込む。


 馬鹿馬鹿しいくらいにこいつらをあっさり移動できた辺り、会長とやらも含め空間魔法の練度はさほど高くないようだ。


「あぁ。最近できるようになったというのでしたら、ちょっと(はしゃ)いで(いたずら)につい使ってしまうのも多少は解りますわ。そのお気持ち、覚えがありますもの」


 いくつのことだったかしら、などと(うそぶ)きつつ適当に手を伸ばすとナチュラルに紅茶の満たされたティーカップが最初から持っていたかのように現れる。


 びっ……くりした、アカーラだな?

 心臓に悪いわ。飲むが。

 下手糞な空間転移の後にアカーラの予兆も余波もない魔法を見るとレベルが違いすぎて同じ魔法(もの)なのか疑ってしまう。……違うかもしれない。


 無論、顔には出さない。

 演出としては悪くないから、そのまま利用しよう。紅茶っていうところがまたいい。おたくらの珈琲とか知らんがなという喧嘩の売り方、俺は嫌いじゃない。


「長い話は好きではありません。気が変わらないうちに皆様もお掛けになって。でないとうっかり椅子を跳ばしてしまいそうですわ」


 無邪気な悪戯好きの少女のように微笑み、しかしその内実が悪意と邪気で張り詰めていると嫌でも分かる所作で、腰に()いた魔銀(ミスリル)の杖を指先で撫でる。


「早く、終わらせましょう?」


 でもって早く(メイ)を迎えに行かんとな。







 ──レベルが違いすぎる。



 それが彼女達、グレナダ女史とその従者らしきカールという少年に対する私の印象だ。



 魔法の特性上、我々も含めて事も無げに空間転移してみせた彼女の技量は言うまでもなく我々を凌駕しているし、カール少年のそれも、むしろ魔法ではない手品だと言われたほうが納得できる程に無駄な魔力を感じさせない。徹底的に洗練されたものだ。


 空間魔法は数ある魔法の中でもかなり難度が高く、魔力消費も激しい。その癖、それなりの感度の重力-魔力波レーダーを用いれば容易に感知できてしまう。


 個人が『魔導書』も『増幅器』も無しで自在に、自然に、息をするように(ふる)うなど、それこそ300年前の伝説的魔導師──グレンデール・フロスト氏や、その師であったと言う魔法使いの一人──くらいだ。


()()()()()()……やはり貴方は〝クレイグモア卿〟の御子孫でしたのね」

「え、ええ。よくご存じでいらっしゃる」


 彼女が白魚のような手がきらめく銀髪を掻き揚げれば、そのどこか(うれ)いが浮かんだ眼差しに心をざわめかされる。


 目の前の狼人(ワーウルフ)の淑女の言葉にあった〝クレイグモア卿〟とは、系図的には13代前の私の先祖である女傑、プードル・クレイグモア。


 初代クレイグモア卿、と言ったほうが分かりやすいだろう。


 彼女が世界から消し去った(おびただ)しい数の命は、戦果の褒賞の1つとして与えられた爵位がこの国で意味を成さなくなってからもクレイグモア家が現代まで興隆し続けられる程度には莫大な資産を(もたら)した。


「良く存じ上げております。彼女の考案した術式であり二つ名にもなった『平等微塵』( パンタコニス )も、その術式を継承し戦場にて2代目『平等微塵』( パンタコニス )などと呼ばれた、グレンデール氏のことも……」


 何より初代クレイグモア卿は、グレンデール・フロスト氏の空間魔法の師だと言い伝えられている。







 確かプードル姐さんの息子さんが、俺の10と少しほど上だった筈だ。姐さんの息子さんと俺は面識がない。当時の激化していた戦争で彼は既に戦死していたからだ。

 聞いた話ではそれでキレた姐さんが、現役を引退した身だというのに自身の魔力経路(パス)の大半を焼き切りながら放ったという作戦ガン無視の全力の『平等微塵』で、数多の障壁を全部ぶち抜き敵国の1つの領土を半分以上更地──文字通りの何もない平地──にしてしまったらしい。


 姐さんはそれで現場の魔法使いとしては殆ど活動不能になり、俺の戦闘魔導教官の1人として技術を叩き込んでいた。

 相当に苛烈な指導だったが、泥沼のような戦争で息子のように死ぬ若者を少しでも減らしたかったのだと、今ならわかる。

 それでも、俺の同期の大半は命を散らしていたが。ま、戦争孤児なんざそんなもんだ。


 ともかく、そんな姐さんだから当然息子さんの忘れ形見の孫を溺愛していたらしい。傷一つつけようものなら文字通り粉微塵にされる──殆ど魔術を行使できない身でどうやってとかそういう手段や理屈は関係ない──だろうことは容易く想像できる。


 亡き父親(むすこ)に代わり短剣を託した孫が無事成人して、曾孫の顔も見て、その時は戦争も少し落ち着きを見せていたのこともあってか、安心したように姐さんは亡くなった。


 そんな孫であるグリュオとは葬式で少し話をして、それがきっかけでいくらか交流があった。彼は俺の8つほど下だが、俺が子を授かるのが遅かったのもあって、歳近い息子を持つ、いわゆるパパ友というやつだった。


 彼の息子、つまり姐さんの曾孫であるマイス君と、うちの息子(カイル)も仲が良く、一緒に遊んだり手紙のやり取りなんかもしていた。




 だがしばらくして、再び情勢がきな臭くなる。前線を退き、かつての姐さんと同じように教官をしていた俺が、再び戦場に駆り出されるほどに熾烈な殺し合いとなっていた。



 そして、それは俺の愛する家族を最悪の形で巻き込み、最後の敵国ごと消えてしまった。




 あの後の50年ほどの引き籠もり生活の間、多分、グリュオの方から何度か接触を図ってきていたはずだ。


 全く覚えていないが、きっと少々お節介な所があった彼はそうしていただろう。



 だから、年に4、5回ほど送っていたという手紙──俺は受け取っていた事自体に気付いていなかったが、おそらく取り寄せまくっていた論文と一緒に届いていたものだけ、まとめて受け取っていたのだろう──が一切受け取られなくなったのを(いぶか)しみ、俺の邸宅がもぬけの殻になったのに気付いたし、“フロスト邸保存会”などという馬鹿げた組織を金の力に任せて立ち上げたのだろう。


 その辺は図書館で読んだ本やここのパンフレット、石碑やらにも簡単に書かれていたから知ってはいた。



 それで、何故……“何故”? 何が……。 

 何だ……?



 全くなんとも思ってなかった。本当に。

 今だって、頭では今更それがどうかしたのかと思える。どうでもいい事のはずだ。



「……大丈夫?」

「ッ──……」


 か細く、儚く、消え入るような。しかしそれは間違いなくこの世界に(あらわ)れた、俺への福音。



 天使(カイル)の声だ。



 カイルとディルマーが、心配そうに顔を()()()()()()()。俺は──どうやら無意識の内に視線が下に落ちていたようだと気付いた。



 表情は? 声音は? 呼吸は? 瞳孔は?


 それらをすぐさま最適な形に修正する。

 だがそんな最適な顔を上げるよりも先に、さらなる声が耳に届いた。


「おれは、いいぜ」

「……ディル?」


 俺は、その言葉の意味を咀嚼しきれずにいた。それで、殆ど頭が回っていないことをようやく自覚する。


「兄ちゃんも。いいだろ?」

「いいに決まってるでしょ」

「だよな」

「カ……マルク(カイル)も何を……?」

「おれはさ、」


 ディルが、ディルマーが、初めて見るような柔らかい表情(かお)で口を開いた。


「あのとき、理由とかきっかけはなんだろうとさ、ダチにあいさつできたし、(うち)に連れてってくれたから、みんなにもちゃんと言えたんだ。

 ほんとならあのまま、もう何も言えねえまま、終わるんだってずっと思ってたのにさ。だから、」


 そこで僅かに言葉を止めたディルマーは、カイルと視線を交わし、示し合わせたように小さく頷き合うと俺へ顔を向けた。


「すっきり吐き出していいんだよ」

「全部はきだしたっていいんだぜ」


「「()()()」」




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