感謝しよう
カーテンの隙間から差し込む爽やかな陽光が、俺の瞼を通り抜ける。
「んん……」
「おはようカイル」
父さんの──いや、今は姉さんの──声が聞こえて、まどろみに抗って目をこすりながら、ゆっくりと瞼を開けた。
「おはよ…………っ! え、っと今って」
「いい感じに朝」
うわー、良い感じに朝だー……。
外で鳥がのどかにピロピロ泣いてるのが聞こえる。完全に寝落ちてたよ……。
「ぅん……にぃちゃ……」
わっ、ディーが俺の腕にしがみついてる。
お互いもう死んでるし(?)、暑苦しいって感じはあんまりしないからいいけど。
というか今寝言で「兄ちゃん」って言った? どんな夢見てるんだろ。
「んっ、にいちゃ……んっ、ひぅ……ふといぃ……」
……早く起こした方が良い気がする。俺の太ももになんかグニグニと当たってるけど気にしちゃいけないよね。うん。
「ディー、起きて。もう朝だよ」
「っあ……んあっ、ぁう、いっ、ひあっ、……ッは!?」
揺すってるだけなんだけど、ディーは聞いててなんかちょっと気まずくなる切なげな声を少し漏らして、それからぱっと目が覚ますと、少し間をおいてすぐに僕の腕からババッと離れた。こういう機敏な動き見ると獣人だなぁって思う。
「に、兄ちゃん、おはよ……」
「うん、おはよう。ディー」
顔が赤いんだけど……。触れない方が多分いいよね。
「厠で挊して流すと水気にて淫精は固まり詰まってしまうが、此処ならば『状態保存』で何とかなるのかの」
「そうだな。それに情報を漏らさない為の浄化槽がある。何を流そうが外部からは分からない」
「ほう。それは良かったの、ディル。まあ、余剰に猛る『精』は『転河車』にて『炁』に帰す方が善いがの」
もうっ、父さんと師匠のせいでディーが布団の中で丸くなって出てこなくなっちゃったよ!
「う゛ぅぅ、き゛え゛た゛い゛ぃ……」
「だいじょうぶだから、ね? 朝そうなっちゃうのも生理現象だからさ?」
「ひ゛ど゛り゛に゛じ゛で゛ぇ゛……」
◇
ディルをいじめ過ぎてカイルに怒られたので、俺はアカーラ共々、手近な火炎竜の新居近くの赤熱した岩から切り出した石板の上で焼き土下座しつつ、布団の固まりを一生懸命宥めている兄弟愛に溢れた和やかな光景をたっぷりと堪能する。
いや~~っ、骨の髄まで沁みる~~~~。
これは実質温泉だろう。遠赤外線か?
心も体も芯までぽっかぽかだなぁ~~~~~。
「焼石で脚を焦がしながら宣っとるかと思うと、四周半程回って逆に面白いの」
含まれる火炎竜のアツアツな魔力により、落とした卵が目玉焼きを通り越して即座に殻ごと灰になるような石の上で、俺の脚はウェルダンに焼きあがりながらも再生し続けている。
シンプルに痛い。
だがこれは、カイルが示した弟を守らんとする心の成長に対する〝敬意〟であり〝感謝〟だ。
そう、圧倒的〝感謝〟────!
でもってアカーラも一番最初の最有力な自殺方法として選ぶぐらいには一応炎熱の類が苦手ではあるらしいが、ダメージを受けているようにはまるで見えない。まぁこの程度でどうにかなるなら、自分でとっくに死んでることだろうからな。
もちろん服やら床は毎度おなじみの『状態保存』が掛かっているから、そんな高温に晒されていようが一切焦げるどころか傷んですらいない。
あぁ、そうだ。『状態保存』で思い出したどうでもいい話なんだが、昨日のあの固めて放置した学芸員3人組は、家の『状態保存』のサイクルでとっくに敷地外にはじき出されている。
いきなり塀の外まで移動したような感じだと思うが、ここを研究してた奴らだ。何が起こったかくらい分かるだろう。そのタイミングで体も動くようにしてやったしな。
さて、ここの一般解放時間まではまだまだ余裕がある。
なんならカイルの部屋の時間を引き延ばしてでもこの感動のひと時を全力で楽しむぞ~。
「お主、あまり性根の捩じ曲がった真似をしておると、『ウッゼェなキメェんだよこの変態執着クソジジィ』等と汚穢を見るが如く謗られ、嫌われても知らぬぞ」
はーーぁ??
俺のかわいいカイルはそんなこと言いませんがーーーぁ????
ディルは……やんちゃっ子なディルはあれだ。言う可能性がないとは言い切れないが、まぁ、恥ずかしさの裏返しみたいなもんだから、いいんだよ。大丈夫大丈夫。
◇
ディルはしばらく大福餅のように丸まっていたが、いくらか平静を取り戻したのかもぞもぞと布団から出てきた。
「……ごめん、兄ちゃん」
「俺は大丈夫だから」
「でも、ごめん」
「いいって、いいって……あ、父さん、時間大丈夫かな」
「時間なら大丈夫だ、引き延ばしてある。それにここの扉は『開かずの扉』だから、問題ないさ」
大体10万倍ぐらいにしている。もっと延ばしてもいい。どんどん延ばしちゃうぞ。
「そっか。でもあんまり長居してスタッフさんに迷惑かけちゃうのも良くないし、そろそろ出るよ」
あんな木偶の坊みたいな奴らにも心遣いを欠かさないカイルもう本当に聖人君子~~。
「それにここにいると……俺、なんだか前に進めなくなっちゃいそうだから」
あん゛ん゛ん゛ッ!?
照れ臭そうにその柔らかほっぺに指先立てて擦るのは反則ーーーーーーーッッ!!
いやむしろこれが『規則』か?
〝世界の理〟だな?!
それに比べて俺なんてここ250年進展ゼロだというのに、なんて立派なんだ俺の息子は。
もう俺なんざ虚無だ虚無。こんな Null Null な父さんを罵ってくれ──。
「兄ちゃん、あのさ……ヒャッカジテン、持ってったらだめか……?」
「えっ、あー、うーん……でもスタッフさんからしたら“歴史的史料”ってやつだと思うし……」
ディルってばすっかり甘えん坊弟ムーヴが板についてまぁ……俺に直接甘えてもいいんだぞ?
「ここにある本は全部俺がカイルのために用意したんだから別に好きにしたって良いんだが……気になるんだったらサクッと複製しよう」
「ありがとう父さん! ほら、ディーも」
「……ありがと」
戴きました! 戴きましたよ?!
片や満面の笑み、片や恥ずかし気に、W息子の〝ありがとう〟!!
もうこれで無限に元気が出るぞ父さん。はっはーーー活力漲るーーーーーー!!!
これは間違いなく永久機関!!!!
「我が『黒丹』の力で喧しき其の鼻圧し折ろうかと思うた時には既に事を終えておるのじゃから、全くもって感心する他あるまいよ」
というわけで百科事典と言わず全ての本を既に複製し終えている俺は、新居のカイルの部屋にある本棚へとそっくりそのまま配置した。
いつでも心置きなく読んでいいからな~。