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扉を開けよう




 ひとまず「著名な歴史研究家による調査」という名目で一部のエリアをスタッフに人払いさせる。

 これはさほど難しくない。扉の開かない部屋はある程度ひと固まりになっているし、そんな場所に近寄るような一般客は精々興味本位で本当に開かないか挑戦するアホぐらいで、ただでさえ入場料が高いここの客層には殆どいないからだ。


 そんなわけで、従者(アカーラ)と息子達を連れて約250年ぶりの我が家に帰宅する。


「皆様としては、やはり書庫や薬品庫が開かれるのがお望みでしょう?」

「そ、そうですね」

「はい、可能なのでしたら……」

「……」


 はぁー、この三人の面倒くさい客人(学芸員)がいなけりゃもうちょっと(くつろ)げるんだがな。


 裏口から入り、1階にある『開かずの扉』の一つに近づく。

 ちなみに書庫や薬品庫については事前に場所を説明している。一応俺達の証明も兼ねている以上まずはそこから開けることになるのは仕方ないだろう。


 そうそう、入るときにディルマーがひっそりと小声で「おじゃましまーす」って言ったんだよ。

 幻聴じゃないぞ。ちゃんと聞こえていた。


 50000ott(おとうと)×義理の親子ボーナス1.3 ってとこだな。


「ところでどのようにして開けるのでしょうか……?」

「特別な操作はありませんわ。正当な所有者であれば、『錠』は自ずと開かれます。私共は『鍵』を受け継いでおりますので」


 元々書庫には鍵がかかっている。と言っても俺以外が開けられないというだけだ。俺が開けようと思えば幾らでも開く。問題は──


「ですが『状態保存』を更新しなければ開いたところですぐ閉じてしまう。ものによっては開けることすらできない。というのは、皆様もご存じでしょう」


 位置、運動量、熱量、術式の状態。様々な要素のあらゆる変化が即座に元に戻る。部屋によって『状態保存』の強度や重ね具合が違うわけだが、例えば目の前の書庫は当時の機密文書が多い関係上、使うとき以外ガチガチにしてある。

 ドアは動かず、引き出しも開かず、本も棚から動かせない。


 ちなみに『状態保存』ばかり使っているのは術式の基本骨子を共通化して魔力の運用効率を上げるためだ。


「ですので、先んじて保存条件を更新します」


 わざとらしく俺は腰からぶら下げていた杖──ニルギリへの船に乗る前に魔銀(ミスリル)をこねくり回してそれっぽく作ったやつだ──を引き抜き、先端で扉をカツカツと叩く。


「『付与術式(テルゴグラム)位置(テーシ)運動量(オーミ)角運動量(ストロフォーミ)一時の間(プロソリナー)解放せよ(エレフテーロシ)』」


 詠唱ぽい適当で無意味な言葉遊び。異国の単語にすると途端になんかそれっぽくなる。300年前の異国だから彼らからしたらまさに古語か。

 ともかく、こんな力なき言葉とは無関係に俺は屋敷全体を未だ駆け巡る勝手知ったる古びた術式を書き換える。


 そして間もなくドアノブに手をかけそのまま押せば、抵抗なく扉は開いた。


「この通り。どうぞ皆様もお入りになって」

「なッ?!」

「ま、まさか本当に……!」

「あぁ、なんという、これは歴史的瞬間だ……」


 さっきから開けるっつってただろう、良い歳したおっさんが驚くなよ。落ち着いて「お邪魔します」ぐらいは言ってほしいものだ。実際邪魔だし。


「書庫の書物には全て『認識阻害』が掛かっているはずです。読まれるのでしたらそちらは解いてしまいますが」

「おお……! お願いします!」

「いや、待て、待ってください! 主任、ここの『認識阻害』の術式も史料として貴重なのではないのですか」


 えー、もうめんどくさ。全部燃やそっかな。







 学芸員(キュレーター)共には「仮に『認識阻害』を解いたとしても、『状態保存』が元に戻しますからご安心を。今は一時的に一部の『状態保存』サイクルを緩くしただけですので」と説明したことで、付与された『認識阻害』の研究は後回しということで納得し、片っ端から物色し始めた。どうやら持ち出す書物の選定をするらしい。俺は指定された棚の『認識阻害』を次々取っ払うだけだ。


 隣で寡黙に立っている侍従風アカーラはともかく、手持ち無沙汰になった息子達もファイリングされた書類をペラペラと(めく)ってみている。まだ『認識阻害』を解いていない棚のものだ。

 判読不能と化しているそれらを見ては、小さく首を(ひね)る。


 うんうん、俺の視界はここだけでいい。


「おー、ほんとに読めねぇ、です」

「文字っぽいのになんて書いてあるか全然わかんないね。『解読』でもだめみたい」

「マルクとディルも読みたいの? ここにあるのは300年以上前のつまらない当時の軍事機密文書ばかりよ?

 報告書の控えだとか、事前調査資料だとか、予算見積書だとか。今見てもほぼほぼ役に立たないわ」

「へー……?」

「そっかぁ……」


 なんか学芸員(キュレーター)共が聞き耳を立てているがそんなことよりも、心なしかカイル(マルク)が残念そうだ。

 いや、ほんとにクソつまらんぞ?


 するとぼそりと、本当にかすかな小さな声で呟いた。


「父さんがどんな仕事してたのか見てみたかった……」



 ハゥアッッッッッッッ!!!!!!!



「そうね、この辺りとかどうかしら。『想起せよ(アナムネーシス)』」


 俺は丁度いい感じの諜報活動時の記録を引っ張り出し、素早く『認識阻害』を解いてそのファイルを広げる。


「とある国のとある研究施設への侵入作戦の時の経路や見取り図、警備のタイムシートなんかが載ってるわ」

「わあっ! すご、こんな細か……え、この警備どうやって抜けるの……?」

「こいつら()ればよくね、ですか?」

「ほらここ、“生体リンク断絶で警報と施設封鎖実行”って書いてあるでしょ。だめだって」

「えぇ〜」


 ん~ほのぼの~。


 文学作品にもそういう諜報(スパイ)もの(どことなく俺の名前(グレンデール)が見え隠れしたりモチーフにされてたりするのには目を(つむ)るとして)が流行っているようだし、こう、ロマンがあるんだろうな。うんうん。

 現実はクソなんだがな。


 実際どうしたかというと警備全員『白昼夢』にぶち込んだうえで通常と同じっぽく肉体を操作して、俺自身は魔力と物理的な存在を隠蔽して堂々と侵入した。何にも面白くもなければ危機的状況も張り詰めるようなシーンもない。


 そもそも破綻するかもしれない半端な作戦立てそうなヤツは、成り上がる前に全員実地研修時に現場の人間に始末(不慮の事故)されるから当然だ。そんな無能の下にいては嘆くための命すら足りなくなる。


 こんな野暮な話、わざわざ言うこともないだろう。







 父さんはそのままあちこちの部屋を開けていた。


 正直見たことがない部屋の方が多くて、こんなに隠し部屋とか地下室があったなんて昔は全然気付かなかった。


 魔道具の部品がいっぱい置いてある部屋とか、薬の素材や作り置きみたいなのがいっぱい置いてある部屋とか。

 確かに好奇心に負けて変に触ったり飲み込んじゃったりしたら大変だもんね。


 俺も気になるんだけど、俺達についてきてるスタッフさん達がそれですごい父さんに怒られて謝ってたし。ディーも毛を逆立ててピャって手を引っ込めてたし。

 父さんも母さんも怒ると怖いんだよなぁ。


「後は私的な空間、主寝室と子供部屋ですが、ところで一つお伺いしても?」

「は、はい。何でしょうか」


 スタッフさんのリーダーみたいな人が父さんに恐る恐るって感じで応対してるけど、凄い汗……大丈夫かな。


「この邸宅の所有権についてです。認められたと考えても?」

「え……あっ、そ、そうですね。我々としてもここまでご協力いただけましたし、役所の方との手続きに関しましてもバックアップはさせていただきますがすぐにとなりますと、」

「そう、なら構いません。放棄します」

「そ、へぇっ?! 放棄、ですか」

「〝正式に国に返す。『状態保存』がその邪魔になるなら消し去ってもよい〟

 ──それが(グレンデール)の遺志であり、私共が遥々彼の地まで足を運んだ理由です」

「そ、それは」

「しかしながら、既に公共施設というか歴史的有形文化財というか、そう言ったものになっているようですし。引き続き管理して頂けるなら、それでも構いませんわ」


 確かに、これだけいろんな人が見に来てる場所でまた暮らそうという気にはあんまりなれない。なんか色々言われそうだし、それに……辛い思い出もある。


 正直、正面の玄関には、今でもあんまり近づきたくない。



「ただ──」



 父さんは目を細めて俺とディーをちらっと見て、それからまたスタッフさん達にまた顔を向けた。



「貴方がたにプライベートまで公開する必要はないでしょう。『言葉を忘れ(ゼチャースタテロギア)立ち尽くせ(アプラースタテイテ)』」

「──、────?!」

「!? ────!」

「────! ──────?!」



 スタッフさん達が慌てて口をパクパクさせてるけど声が出てない。それに何か半端に身動きを取れないみたい。どういう魔法?

 父さん何するつもりなんだろ。


「さ、行きましょうマルク(カイル)。ディルもね」

「えっ、うん」

「お、おう、はい」


 あ、スタッフさん達はそのまま放置しちゃうんだ。いいのかな。




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