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アンデッド少年と脱落賢者の隠遁生活  作者: 鳥辺野ひとり
脱落賢者とアンデッド少年 Ⅰ
5/87

小屋をまともにしよう

土木回




 息子(カイル)は、眠っている。



 覚醒前といい、一応はアンデッドのはずだが寝息を立てて寝ている。そもそも睡眠は必要なのだろうか?

 まあ、発熱毛布によるものだが体温もあって、血色も良くなりすやすや眠っているこの様子を見て、アンデッドだと思う奴はまずいないだろう。


 教会の聖別には引っ掛かるかもしれないが、それを確かめるリスクを負うことは流石にできない。


 息子は特別だから大丈夫という可能性は十分にある。俺の下に転生してくるくらいには天才だしな。



 というかこの状況、俺は自分の息子を抱き潰したということになるのか……?



 息子は……小柄とは言え、やはり年頃だけあって、300年強漫然と生き長らえてきた干物とは比べ物にならない精力だった。


 正直俺は俺で久し振り過ぎたので、不能になっていなくて良かった。相手が息子というのは複雑だが……潜入任務で女に身体を作り変えてハニートラップ紛いの事をしたこともあったのだから、その時の相手に比べれば、いや比べるのは烏滸がましいな、息子はずっと可愛い。

 まあ、性教育というか、リハビリというか、そういうものの……一環だと…………辛い言い訳だな。


 その結果、あのあと息子は間も置かず7回も出した。俺は……俺の事は良いだろう。


 しかし息子の方はそれで体力が尽きたのか、そのまま寝落ちて熟睡。


 まだ体力の限界を把握しきれていない幼子の頃を思い出して、俺は微笑ましくなった。大人顔負けに駆け回り続け、抱きかかえた途端すぐ眠ってしまう。


 大変で、忙しくて、賑やかで、温かで、満ち足りていた。







 ともかく十分な量のサンプルが手に入ったので、色々と検査してみた結果、妊孕(にんよう)能は正常に認められた。胚の形成まで確認したから間違いない。



 現時点ではっきりしている問題点は、


 一つ、いくつかの臓器──魔法で動かしている心臓と、何故か動いている呼吸器、そして生殖器以外だ──が機能していない。特に消化器系と肝臓、腎臓、脾臓が機能していない。今のところは俺の魔力供給で養っているが、それがなければすぐに倒れてしまう。

 食べた物は、そのまま出てくるのか、そもそも飲み込めないのか、あるいは中でただ腐るのか、魔術的に取り込まれて肉体の組成に変更されるのか。

 一度体外からも操作しやすいように魔術を付与した食べ物を使って試してみる必要がある。最悪、俺の胃袋に跳ばすというのもありだ。それに俺は俺で食わずとも魔力で代替できるから、親子揃って家に帰っていれば誤魔化しは効く。

 ただ、息子は料理好きだったはずだ。なるべく早めに解決したい。


 二つ、基礎代謝の停止。肝臓や脳が機能していないし、体は魔力で動かしている。思考も魂で直接行なっている。魔法生物に近い状態だ。その最も大きな弊害は言わずもがな、体温の維持ができないことだ。毛布がなければ室温と熱平衡になるまで放熱なり吸熱なりして体温が室温になってしまう。

 対処しなければ真っ先に異常だとバレやすい問題だが、熱の制御程度だけなら難しくない。その場凌ぎの手ではあるが、体表を適度に発熱させるだけでも気付かれることはなくなるだろう。

 ……風呂での苦労を考えると、できればきちんと熱を生産できるようにすべきだ。


 三つ、新陳代謝、そして成長の停止。新陳代謝それ自体は自動修復の魔法で補われているようだが、成長の方は完全に停まっている。

 これは不味い。息子の見た目的に二年以上経って姿形が全く変わっていないのは流石に取り繕うのが厳しい。つまり一所には一年程度しか居られない上、かなりの距離移動しなければならない。いつまで経っても姿が変わらないのは、突然姿を消す以上に人として怪しい。

 エルフなどの長命種の血が混ざっていて、それが濃く出ているとか言ってごまかすのも限界がある。なんせ完全に止まっているのだから。

 息子には早めに変装魔法──俺はそう呼んでいるが、周りからそれは変装じゃなく変態だろとよく言われた──を教えて、肉体をある程度組み替えられるようにしてあげるべきか。


 問題だらけだな。全く……俺は頼りない父親だ。


 どの道、解決の目処が立つまでは、基本的には小屋から出ないつもりでいる。


 最初は、少年(マール)息子(カイル)ではない可能性が充分にあった、というよりも、俺はついにそういう幻覚を見るようになったのかと感じていた。


 『黄泉還りの術』を使ったのは、短絡的で衝動的な行動と言わざるを得ない。だから本人から早く殺してほしいと懇願されれば、俺は即座に焼却して解放するつもりだった。



 しかし、息子であると分かった以上、もう少し長居することになりそうなこの小屋も、いくらかまともな造りにするべきだ。


 俺が作り上げた領域内が既に外部と空間的にも魔術的にもほとんど切り離されているとはいえ、この小屋自体は野ざらしの掘っ立て小屋。その土間に簡易ベッドを設置して、即席の浴室をくっつけただけだ。


 せめてちゃんとした床と水回り、それに寝室を兼ねた個室を用意しよう。思春期の子供にはプライベートの空間が不可欠だ。







 潜入任務や破壊工作で建屋に侵入する機会はそれなりにあった。構造だけならある程度把握しているし、どういう工程と順序で作るべきかは知らないが、錬金術などでまとめて成形して組み上げてしまえばあまり関係ない。


 まずは基礎。家そのものを地面から離して、湿気を遮断する。焼き固めた土に、範囲型の各種耐性付与と状態保存、あとは通気の魔法陣を仕込めばいい。

 床下への侵入者防止も忘れない。まあ、余り意味はないのだが……無いとどうも落ち着かない。


 その上に柱を組み、熱と湿気を床下と適度にやり取りするよう細工した床板を敷き詰める。このあたりは木造が一般的なので、一応それに沿った作りにする。……中身は魔法陣まみれなのだが。

 ちなみに木材そのものは足がつかないよう、周囲の木を複製して量産する。小枝から全体を復元するだけなので、人体よりもずっと簡単だ。あとは、風と土魔法で切り刻んで研磨し、魔法袋にも使っている質量軽減の魔法でさくさく運んでいく。


 壁は、その木を隙間なく組み上げ質量を戻し、各種耐性と遮断を付与する。扉と窓は後でくり抜いて作るので今は考慮しない。その方が手っ取り早い。


 そのまま天井と屋根も組み上げてはめ込んでいく。壁と同様の魔法の付与も忘れない。


 あとは、空間魔法で不要な部分をくり抜き、断面を調整。適当に合板を加工してドアを作り取り付ける。蝶番や鍵は錬金術でさくっと用意してしまう。


 窓ガラスも錬金術で用意。一応やや純度と精度を落とし歪にして、それらしくする。さらに一工夫で識別型の認識阻害を付与。俺と息子以外には窓の向こうや窓そのものを知覚できなくする。窓無しの木の小屋に見えることだろう。


 さて内装だ。

 水回りは樹脂パイプを張り巡らせ、以前簡易浴室用に作った給水給湯器を更に出力を上げてそこに接続。排水は川で捕らえたスライムを従魔化(テイム)して放り込んだ浄水槽に流し込み、情報が漏れないよう『忘却の陣』を通して外界の河川上流に分散放流する。


 キッチンは……俺はあまり使わないが、妻と息子が一緒に作ってくれた手料理を今でも昨日のように思い出せる。気が付くと、3口魔導コンロと換気扇、広々としたシンクに包丁、まな板、鍋などの調理器具まで作っていた。

 いかんいかん、ぼーっとしていた。動作確認ついでに水を流して、顔に冷水を叩きつけた。


 トイレは錬金術で強化陶器製のものを作成。給水器の出力を上げてあるので贅沢に水洗式だ。

 浴室も作り直して少し拡張。脱衣スペースと洗面所も用意した。洗濯は浄化魔法で構わないだろう。


 木でテーブルや椅子、ベッドなどの家具を用意する。怪我しないよう、表面や角は丁寧に研磨。ついでに軟化を付与して縁に少々クッション性を与える。

 あとは、その辺の鳥や木片から、マットレスに布団といった寝具一式や、カーテン等を錬成する。今の簡易ベッドよりも遥かにまともな寝心地だ。息子の夢見に貢献できると良いのだが。


 ……そう言えば、照明が無かった。俺は大丈夫でも、工作員の経験も何もない息子が困るに決まっている。ガラス球に各種耐性に加えて条件付きの発光魔法を付与。操作用の魔法陣を仕込んだ金属板を壁に埋め込んで同期させ、操作感度と明かりの具合を見る。まずまずだろう。量産して各部屋にも仕込んでおく。


 最後に、改めて家屋全体に状態保存を付与して完成だ。



 3時間ほどか……ここまで作り込むのは久しぶりだとは言え少々腕が錆び付いていたのか思ったよりかかってしまった。クオリティとしてはそこそこの及第点だろう。


 すっかり夜も更けている。俺は、掘っ立て小屋の中で変わらずすやすやと眠っている息子を静かにそっと抱きかかえて新居のベッドへと移し、発熱毛布と布団をかける。


 あぁ、良かった。ちゃんと息子が居る。

 アンデッドだが、確かにここに居る。


 途中で実は全部幻覚なのではという思いがして心配だったが、杞憂だった。

 そもそも魔力供給路(パス)が繋がっているのだから、ちゃんと存在を感じ取れている。



 少し気分を落ち着かせてから、息子の額に軽くキスをする。



「おやすみ、カイル」



 俺はできたての自分の寝室で眠りについた。





カイル君的には朝チュンになります。(劇的なリフォームのおまけ付き)

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