おやつにしよう
魔術体系には幾つか種類が存在する。例えば、俺とアカーラとでは明らかに別物。
だからこれから説明することは、あくまでも“俺の”魔術体系だ。
『魔法』ないし『魔術』とは、『魔力』という力を使って世界を読み書きする行為、方法論、技術全般を指す。
その魔力だが、大雑把に二種類に分けられる。
『誰のものでもないもの』と、『誰かのもの』だ。
前者の、世界全体を満たす魔力を、俺の知る言葉では『マナ』と呼ぶ。
後者の、体内を巡る魔力なんかがそうだが、こちらを『オド』と呼ぶ。
大抵の魔術において、術者が直接自由に扱える魔力はオドの方だな。
魔力はそれ自体が世界を書き換える力だ。火を発し、水を飛ばし、風を轟かせる。
そしてその在り方の一つに、“物質として存在する”というのがある。これが所謂『魔素』というもので、魔石は魔素を含む化合物や包含物の結晶だ。
オドも魔素として体内を巡っているから、魔力を知覚・理解していない者であろうと、いい具合に体内を循環しているのだと言われている。
さて、普通は呼吸や食事を介して外界のマナは取り込まれ、オドに転化する。そうして体内を巡り巡ったオドは、最終的に皮膚から体外に少しずつ放出される。放出されたオドは何もしなければそのまま外界に拡散しマナに戻って、世界を循環する。この漏れ出るオドが『オーラ』だ。
まぁ、オーラそのものに物理的な力は無いんだが、なんにせよオーラはオドそのものだ。熟練した魔術師であれば、そこから個人情報をある程度取り出せるし、自身のオーラを断って気配を消したり、逆に偽装情報を撒いて一般人に成り済ましたりもできる。
また、魔力と生命力は相互変換できる。
魔力と生命力は何が違うかというと、ざっくり簡単に言えば、生命力は身体が生きる力で、完全に無くなれば肉体が死ぬ。魔力は魂が身体を動かす力で、完全に無くなれば心が死ぬ。アカーラが言うところの『気』と『精』に当たるだろう。
治癒魔法なんかは魔力で生命力を補い、肉体の回復力を賦活することを基本骨子としている。
一方でその逆、つまり生命力から魔力への変換は基本的には忌避されている技術だ。まぁ火事場の馬鹿力みたいなもんだな。やり過ぎれば寿命さえ縮める。魔力の回復は外部からのマナの取り込みとオドへの転化を促進する専用の魔力回復薬や、呼吸法、瞑想が一般的だろう。
この前のアカーラの指導の下で行なった修行、『小周天・煉精化気の丹功』の『転河車』は生命力から魔力へ意図的に転化する技法の一種だった。……いや、古さから言えばもしかしたら源流なのかもしれんな。
「へぇー……!」
「親父って、もしかしてすげー頭いいのか?」
そうだな、一応『賢者』候補とまで呼ばれたこともあったから、魔法や魔術と呼ばれるものについては人より多少詳しいだろう。……もう国を離れてかなり経ったから、古びて錆び付いたものだがな。
一般に出回っていない新技術・新発見なんかは全く仕入れていない以上、今どうなっているかさっぱりだ。少なくとも現代の精鋭相手だと真正面からの力業が通用するとは限らないだろう。
◇
「実に意義在る、良き話よの」
そう言いながらアカーラが持ち手のない小さな茶杯を揺らし、淡い黄金色の高山茶を啜った。くゆりたつ完熟の果実を思わせる芳醇な香りは、紅茶とはまた違うどこか異国情緒を湛えている。
いや、眼前に広がる光景が完全に異国のそれだからだろう。異境、の方がより言葉としては妥当か。
見たことのない流麗な木細工の手すり。
その遥か向こうには、数々の白灰色の岩山が柱のように幾つも隆起している。あちこちから滝が白い絹のように地へと引かれ、大気に霧散している。漂う霞はあれによるものだろう。
ここ自体も、数ある岩山の一つを軽く抉って作った場所だと分かる。いや、振り向いて見える反対側に同じ色の岩の絶壁が聳えていて、手すりから軽く見下ろせば、広がる眼下には雲だか霞が満ちていて、ほぼ垂直の岩肌がその中に姿を消し、肉眼では地表を捉えられない。
人の家に勝手に繋げられた扉の先。
アカーラが『庵』と呼ぶ、どこだかも分からん秘境のような場所に建てられた、隠居小屋というにはあまりにも塔。8階建てだ。
俺達はその6階のベランダに居る。いやこれはベランダなのだろうか?
若干重力を無視して外側に迫り出したそれは、ベランダというよりも空中に浮かぶ四阿のような趣だ。
そーんなことよりこの、包子と言ったか?
美味いなー、実に美味い! えっ、カイルが作ったって??
そりゃ美味いわけだよなー!!
これも食っていいか??
「父さん、それはただの葉っぱだから食べなくていいやつだよ」
「おっとそうだったのか、見たことない料理だから、勝手が分からんな」
「そう云いつつ、カイルが包んだ品のみを的確に見分けて取っておるの……」
どれがカイルが手から生み出されたかなんて、そんなの一目瞭然、見ればわかるだろ?
「其れ以上何も云うな思うな。不味くなろう」
「カイルの料理が不味くなるだと!!?? 無の境地になろう」
……────────────
「んーっ、このろーばお? 肉はいってるやつ! うんめー!」
「師匠の肉包は肉汁とか香りとか旨味がしっかり閉じ込められつつも適度に生地に広がってて、口に入れた瞬間の満足感がやっぱ違いますね……生地も餡も大きさも全部同じなのに……」
「只包むだけを取っても奥が深きもの。我も伊達に千を越えて居らぬよ」
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「……此奴、何も考えずして、なお息子の手料理のみを見極めとるぞ」
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「うおぁっ、これ兄ちゃんのだったのか……」
「俺にも分かんないのにどうやって見分けてるんだろ。匂いとか魔力かな?」
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「ほれ小童、此の辺りは全部我のじゃ」
「あ、ありがとうございます」
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「……無にも拘らず喧しいとは思わなんだの」
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◇
「結局、魔法とまぢ、ゅ……魔術って、何がちがうん……なんだよ親父、ニヤニヤこっち見んなっ!」
ディルマー、こう頑張って大人っぽい単語を心掛けてるんだが舌が追いついてないんだよな。まったく、弟ポイント加点対象です、はい、+10万ott獲得。
「深い意味は無い……ああ、言葉の違いの話だぞ?
強いて言えば、『魔法』は単に分類的な意味合いで、それを実現する具体的な方法、つまり『術式』だな。それを指したり強調するときは『魔術』と呼ぶ。その程度のニュアンスだ」
『再生魔法』は瑕疵欠損した肉体の構成を復元する魔法だが、それは単一の術式を指していない。手脚を治す術式で肝臓や腎臓も治せるなら苦労しないということだ。
だからこそ再生魔法という難解で膨大な知識を要求する術式構築論は普及せず、ただ“原石”に魔力を注げばそれで済む完全回復薬が珍重されている。
再生魔法も部位ごとに分担すればそれなりに現実的な運用ができると思うんだが。
「ただ俺自身も魔術について深く他人と話す機会からそれこそ200年以上距離を置いていたから、今だとまた違うかもしれんがな」
というか研究も一人で殆ど引き篭もってやってたから、300年位になるか。まだあの頃は論文を取り寄せて読み漁っていた分その辺りの言葉遣いは大丈夫だったが、流石に今はな……。
「真面目な顔と思考でも、カイル手製の包子を正確に選び取るのは流石と云う他無いの」
「纏っている愛が違うんだよ」
「できれば師匠のと食べ比べてほしいんだけど……」
……カイルの頼みなら仕方ない。
いくらか時間が経っているはずのそれは、口に含めば豊かな肉汁が弾力に富んだ生地から溢れて胃へと流れ込んでいく。
同じ材料を同じ分量、同じ容器で加熱していてこの違いは余りに……不自然だ。
「包むときに、調味料や肉汁、熱の移動をコントロールする魔力の膜で肉餡をコーティングしていたんだろう。それが圧力鍋による加熱と同じ効果を実現していた。ただ蒸し上げただけでこれは物理的にあり得ない。
この魔術的な制御が生地にも作用して、熱や水分を逃さない強固な被膜を同時に生み出す。普通はそれができる頃には生地に多くの水分が移動するだろうが、餡の肉汁を魔力で閉じ込めているから成せる技だ」
「そ、そうなんですか?」
「ふっ、余気は取り払った筈じゃが、差異から其処まで見分けるとはの」
魔法薬の分析で用いていたクロマトグラフィ──混合物を吸着体に流し込んで、その流れ込み具合や時間で混合物を分析するやつだ──を効率良くやるために魔力で流し込む混合物を事前にフィルタリングするんだが、それの応用と言っていいだろう。
当時の錬金術を修めている人間なら誰でも知っている。まあ、肝心の当時の人間は普通もう生き残ってないが。
あっ、カイルから尊敬の眼差しが!!!!???
テンションぶち上がってくるーーーーーー!!!!!!!!!!
ミニ○トップの肉まん好きだったんですけど、最近食べるとなんか違う感じがしたんですよね……主に値段が……