リフォームしよう
オレは、兄ちゃんに手を引かれながら、家ん中を案内された。
「ついでだし俺の部屋以外も案内するね」
「うん分かった」
見た目は木でできた小屋っていう感じ。こういうのなんて言うんだっけ。ログハウスってやつ?
げんかん前の階段をちょっと上って木のドアを開けると、すぐ目の前につくえとかが見える。
「ここはダイニング、であれがキッチン」
「改めて見ると、四人でとなると少々手狭だな。ちょっと広げてみるか」
「え、今?」
「あぁ、今だ」
目の前がたてにさけた。
床も天井? 屋根? もだ。
でもそれで見えたのは外じゃなくて、見てるだけで吸い込まれそうな真っ黒ななんかだった。
いや、なんかじゃない、なんもないんだ。
「っ」
オレは怖くて……ちょっぴりだ!
少し後ずさりしようとしてそれもうまくいかなくて、尻もちをつきそうになったところを兄ちゃんに支えられた。
「大丈夫?」
「あっ……うん。ありがと」
どう考えてもみんなオレより強い。オレが一番下っぱ。
師匠も親父も強すぎて意味わかんねえっていうか、いや、無理、怖いんだ。イキってないと体が強張って、こないだのもなんか勝ったんだか何なんだかよくわかんねえし、手抜かれまくってることに変わりねえし、結局傷一つついてねえし。
ただ、兄ちゃんは、いや、兄ちゃんも強いんだけど……。
いっしょだとなんか、落ち着いてきたり、そんな自分がなんかはずかしくなってきたりで……。
「ふふ、春よの」
「ん? 去勢手術か? ああでも元に戻ってしまうのか。厄介だな」
こえぇよ……。
とオレがたまらず体をちぢめてるうちに、いつの間にかつくえも、部屋自体もすっかり大きくなってる。どうなってんだ。
親父のやること、どうなってんのか分かったことなんてねえんだけど。
「皿とかも要るな」と言って親父がポコポコと皿とかコップとかフォークを作ってると、兄ちゃんが話しかけてきた。
「そうだ、ディーは料理できる?」
「え、んー……ちょっと手伝ったことはあっけど、火は使ったことねえや……」
パンの生地こねたり、ナイフで野菜の皮むいたり、イモの芽ほじくり出したり、肉のスジ切ったり、そういうのはやったことあるけど、火を使わせてもらえたことはなかった。
そう伝えると、兄ちゃんはパッと笑顔で「十分だよ」と言った。
「それなら下拵えはお願いできるし、料理も教えるからさ! ごはん一緒に作ろ!
まぁ、俺達お腹空くことあんまりないんだけどね……」
「ふむ、ならば我も何か振舞おうかの」
えっ、師匠の料理?
それって、人が食べて大丈夫なヤツなのか?
……ダメだダメだ!
これ以上考えたら師匠マジでなんかしてきそう!
でもそんなオレの心配とは別のことを兄ちゃんは考えてたみたいだった。
「師匠は料理もできるんですね。父さんはあんまり作らないんだけど……」
「ふっ、彼奴は出来るがやらんのよ。
其方が振舞うものなら如何な毒をも栄養とせしめるが、如何な美食も其方が供さねば価値を見出さぬ。
其方に供するならば彼奴も全力を出すであろうよ」
「当然だろ。息子達の作った飯なら、ままごとの木片だって絶品なんだからな!」
普通の形の皿とコップ以外にも師匠が何か言ったのか、見たことない形の器?も作ってる親父がすごい早さで答える。ほんと極端だな。
「そっか……」
兄ちゃんは兄ちゃんで困惑しつつも、ちょっと照れてうれしがってる。
「そういえば、確かに積み木のごはん食べてたね……あれ演技とかじゃなくて、ほんとに食べてたんだ……」
「ああ、愛が染み込んでて美味かったからな」
愛で積み木は食えねえよ。
◇
俺は、広がっちゃったけど多分間取りは変わってないだろうと思って、ディーを奥へと案内した。
「ここがトイレ。ちゃんと水洗式だよ」
「へぇー、ここに座ればいいんだな……これ何?」
「それはトイレットペーパーっていうお尻を拭く用の紙だよ。使う分だけ千切って、使い終わったらそのまま一緒に流すんだ」
前世で小さい頃、千切らないまま流して、ころころとどんどんトイレに吸い込まれていくのを眺めてすごいずっと笑ってたら、母さんにチョップされたなんて事があった気がする。
今思うとそれで顔を床に打ち付けて鼻血出てたし、結構な力でチョップされてたんだなぁ。
力加減が難しかったのかもしれない。
「ぜーたくなかんじする」
「あ、でも沢山使って一度に流すと詰まっちゃうこともあるから気を付けてね」
前世で少し小さい頃トイレ詰まらせてどんどん溢れそうになるのが怖くて泣いてたら母さんがトイレの詰まり直すゴムのお椀みたいなのついた棒突っ込んで、泣いてる俺を宥めるために歌いながらぼこんぼこんやってくれたなんて事があった気がする。
今思うとそれでトイレが床に沈んで水道管壊してたし、結構な力で突き込んでたんだなぁ。
力加減が難しかったのかもしれない。
「そういやさ、オレも兄ちゃんも、しっことかうんこしてなくね? 親父は分かんねえけど、師匠もしてない気がする」
「……ほんとだ」
朝起きてすぐ、寝ぼけてると癖でトイレに行っちゃうけど、別になんにも出ないんだよね……。
修行やってるときなんかは汗とかすごく出るけど、喉渇いて水飲んで、それで終わり。尿意とか全然来ない。便利といえば便利なんだけどね。
「まだその辺の身体の性質が解ってなかった頃に作ったからな」
「親父はどうして大丈夫なんだ?」
そういえばどうしてだろ。
300年も生きてるって時点で、なんかそれぐらいどうにかなってても全然不思議じゃないんだけど。
「錬金術で分解しているからな。屎尿は個人特定に繋がる余計な証拠になり得るし、便意尿意で行動に支障が出るなどもっての外。この程度は基本技能だ」
「基本って……まじかよ……」
「一応云っておくがの、其の様なキッショイ技を修めとる者、今の世にはそう居らぬわ」
「ほお、それは随分腑抜けたもんだな。いや、それだけ平和になったのか」
「父さんは凄腕だもん」
父さんは危ない情報は秘密だって教えてくれなかったけど、それでもどんなお仕事してたか冒険譚みたいに話してくれて、すごく楽しかった。
沢山の悪者や魔王を倒して、お姫様を助ける勇者。父さんと母さんはそんな絵本から出てきたみたいな二人で、だからいつか俺もって思ってたんだ。
結局、俺はお姫様も守れないモブな門番だったんだけど。
「で、こっちが脱衣所と洗面台で、あの引き戸の向こうがお風呂だよ」
「洗たくもんはどうすんだ?」
すると父さんが脱衣所の端にある籠を指差した。
「そこの脇にある籠に入れておけば、まとめて俺が魔法で洗っておく」
「あ、親父が洗うんだ……洗たくってオレにもできる?」
「ん? いつも適当にやってるが、ちゃんと術式にして自動化すればディルマーにも扱えるだろうな。でも別に良いぞ洗濯ぐらい」
そんな父さんの言葉に、ディーは口をムズムズさせる。
「なんか、こう……やくわりっつうか、手伝いしねえと、いごこちが悪いっつうか……」
目をそらして気恥ずかしそうな小声でディーが呟いた。その丸いほっぺがほんのり赤い。
「そうか、後で洗濯するときに教えてやろう」
「うん」
父さんがそんなディーの様子に柔らかく微笑む。多分俺も同じような表情してると思う。
ディーとは血は繋がってないし、ちょっと生意気な時もあるけど……なんだろ、弟っていいなあ。