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家に帰ろう




 ちなみにこの前(バベドゥラー)の宿には、今朝方「俺はともかくガキ共に竜種はまだ無理だ」と真っ当な正論を掲げ、他の奴ら同様に避難という形でトンズラした。ちゃんと宿泊料は払ってあるんだからその点で文句を言われる筋合いはない。


 まぁ、火炎竜(フレイムドラゴン)の群れの新天地にしたのも、川を流れていく出来たての溶岩流を軽く氾濫させて町の周囲の荒野を愉快でホットな迷路にしたのも俺なんだが。その点に文句言える(気付ける)ような奴はあの町にはいないから問題無い。

 川から溢れさせた溶岩もどうせ2、3日すれば冷めて常人にも渡れるようになるだろう。それまで体内の水分が()つかは知らん。


 料理上手のカイルが「ローストビーフ作れちゃいそうだね」と言っていたから、ローストビーフが無性に食べたくなった。後で最高級の牛肉ブロックを確保しておこう。



 さて、そんなこんなで不死鳥の如く(笑)生まれ変わっている真っ最中のバベドゥラーを発った俺達は、一旦カイルとの新生活のために作った小屋まで戻っている。


 幸いにも、ディルマーの故郷であるかつてハルグラン村があった山は魔鉱石の鉱床ではなかったため、溶岩の川によって町とは隔てられているものの火炎竜(フレイムドラゴン)の営巣地になっていない。

 お陰でそこに移動させてあったその小屋にもすんなり戻ることができたわけだ。


「大丈夫かディルマー」

「……」


 当然、人為的なゾンビの蔓延と浄化で廃村と化したハルグランの中を歩く。アカーラ曰く7年振りの、変わり果てた景色をディルマーは目の当たりにすることになる。


 本人は村に入る手前で気丈に「大丈夫だ」と言い張っていたが、今見る限りあまりそうは見えない。


 黙り込んだまま視線をあちこちの廃屋に飛ばしつつ、首からぶら下げた胸元の、親友であり弟分だったルパーという今は亡き少年の小さな牙を時折その小さな手で握っている。


「ぁ……」


 ある廃屋の前でディルマーの足が遂に止まった。俺達も特に何も言わず足を止める。


 それは、蔦で殆どが覆われた上に屋根も半分近くが朽ちていた。土壁は大きく崩れ、中が見える。下手に足を踏み入れれば、床は抜け柱は折れ、次の瞬間には手前の家屋跡のように倒壊してもおかしくない。


「ディルマー」

「ッ! ……」


 俺が声を掛けながら軽く肩を叩いて、ディルマーは自分の足が動いていないことにようやく気付いたようだ。気まずそうに目を背ける。


「ごめん、なんでもな……」

「故郷を旅立つんだ。挨拶ぐらいしてくるといい」

「っ……わかった、いってくる」


 俺は家全体に強化魔術を施し、崩れないよう一時的に補強する。


 ディルマーは慣れた手付きで崩れた壁の穴ではなく、引き戸の倒れた玄関から中へと入った。







 正直、みんなゾンビになったとか逃げたとかでもう村がなくなってるってのは親父たちからも聞いてたし予想もできてた。


 それでも、実際に見るのは……こわかった。


 だからあのとき、オレはダチの牙と短剣だけ見つけたあと、村に戻らずそのまま親父とカイル兄ちゃんといっしょに山を下りたんだ。



 師匠が言うには、7年ぐらいたってるらしい。

 オレの感覚だと、頭ん中ほじくりだされたあたりからぼんやりしてて、よくわからなくて、だから師匠と修行してたのと合わせて1年ぶりに戻ってきた気分だった。



 オレの覚えてる場所の、あの家も、その家も、この家も、町の宿と比べればボロっちいモンだったけど、目の前のこれはもうどうしようもないくらい、はいきょだ。



 自然と動いた手が空を切って、そういえばのれんがあったのにと思ったら、棒と少しのぼろきれになったそれが下に落ちてた。



「ただい、ま……」



 返事は帰ってこないのに、口から無意味な言葉が勝手にこぼれる。


 みんなで飯を食ってた部屋に入ると、たながこわれててコップとか皿が散らばってた。屋根とか壁に穴が開いてるせいで、つくえも床も土まみれだし雨とか虫にやられてボロボロだ。


 トイレにオレの部屋、勇気を出してはじめて開けた父ちゃん母ちゃんの部屋。


 家中見て回れるだけ見てみたけど、どこにも骨もなんにも見つからない。ダチ(ルパー)と同じで灰にされたんだろうな。


 なんとなく分かってたんだ。

 だって、ニオイがしない。


 優しいニオイも、あったかいニオイも。

 誰のニオイもしない。


 外の、森の土とほとんどおんなじだ。



 ──もうここは、オレの家じゃない。



 鼻がツンとして、周りの景色がゆらゆら揺れて。

 あふれて、こぼれて、ぬぐってもぬぐっても止まらない。

 ボタボタボタボタと音を立てて落ちる。



 ちがう。


 オレは、言いに来たんだ。


 だから、ちゃんと、言わなきゃ。



「……父、ちゃん、母ちゃん。あ、あのさ、みんなのっカタキ、とってもらったんだぜ。ほんとはオレがやりたかったけど、オレじゃ、弱っちすぎてさ」


 父ちゃんと母ちゃんの部屋だったところの前で。

 今はもう誰もいない部屋のドアの前で。


 オレは必死で口を動かした。


「むかしっから、言ってたけど。オレ、村を、出るから。ダチの、ルパーと、いっ、う゛っ……いっしょ、に。それ、でっ、世界中、まわ゛るっ、から。だがら……」



 ダチの牙を握って、深呼吸する。



「いってきます……!」







「カイルどうだ?」


 俺の可愛いくて優秀な息子(カイル)が目を(つむ)り、むぅぅーんと(うな)っているso cute.


「……うーん、やっぱだめ」


 俺の顔を見上げながらカイルはぱちりと目を開くと、困り眉で俺にso cute...


「そうか。やはり教会が徹底的に始末したんだろうな」


 いつだか俺がやろうとした“霊的焼け野原”というやつだ。低級動物霊の1つも居やしない。


 定期的に浄化されているのもあるんだろうが、この村の周囲を囲う様に敷設されている魔道具──教会曰く『聖具』だったか──が辺り一帯の霊気ポテンシャルを上昇させているのもある。領域内の物理束縛の無い霊体は斥力を受け、より存在が安定する外部へと押し出されているわけだ。

 しかしいくら人気の少ない場所だからとはいえ、考え無しにそんなことをすれば当然周囲にしわ寄せが出るんだが、知ったことではないというところか。全く雑な仕事だ。



 さて、俺達が何をやっていたかというと、カイルの類い稀なる霊視能力でもって干渉可能な霊体がまだ存在しているかを一応確認していた。まあ見ての通り結果は(かんば)しくない。アカーラも「もう現世(うつしよ)には居らぬようじゃな」と言っていたし、仕方ないだろう。


 おっと、ディルマーが家から出てきた。

 小走りでこちらにやって来る。


「親父……ありがと」


 んんっ、しおらしい……中々の攻撃力じゃないか。これがギャップというやつ……やるな。



 そのまま俺たちは崩れた民家の裏の木々に近づく。


「ほう。禹歩(うほ)にも似ておるの」


 説明する前からアカーラが目の前の2本の木の間を前後左右に数度行き来する。そして9歩目でその姿が消える。

 力業(ちからわざ)とかではなく正攻法で侵入されると何とも無力感を感じてしまう。いや、ある意味見破り方自体が人外の力業(ちからわざ)みたいなものか。


「間違えると置き去りになるからな。二人の脚は俺が動かそう」

「うん」

「よくわかんねえけどわかった」


 3人揃って同じように歩くと、目の前に懐かしの小屋が現れる。まぁディルマーとアカーラにとっては新居なわけだが。


「あぁ、そういえば部屋を増やさないといかんな」

「そっか、父さんと俺の部屋だけだもんね。今度は俺も手伝うよ!」


 うぉぉぉぉおおお!!!???

 腕まくりでふにっふにの二の腕を惜しげもなく晒した上、頑張って力こぶ作ろうとするのはちょっとかわいいが過ぎるぞカイル! かわいいの過積載だ!!

 かわいいところを指差し確認するから止まりなさい!!!


「我は戸口があれば良いぞ。(あん)を此方に繋げる故な」


 こっちはこっちで俺の空間魔法の領域内へ呼吸するように術式を割り込ませ自分の領域と繋げるなどと(のたま)ってるのは、最早流石としか言いようがないし、その程度アカーラならできるんだろう。


「あっ、オ、オレも、手伝うからっ。オレの部屋だし」

「それじゃ、まずはディーの部屋どんなのにするか決めるためにも、参考に俺の部屋見せてあげるね!」

「わかった兄ちゃん」


 おっと息子達とのふれあい日曜大工を楽しむ前に、うっかり二人きりの密室で義兄弟間の過ちが起こらないかチェックしなければ……。

 不本意な事故だったとはいえ前例もあるからな。




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